願い


昨日まで降り続いた雨が嘘のように晴れた休日
巽は都筑のアパートへと足を運んでいた。
もうお昼が近い、どうせ都筑の冷蔵庫には何もない事を見越して
昼と夜の献立分の食材を買ってきた。

そもそもの始まりは1本の電話。
珍しく早起きをした都筑がかけてきた。
『巽、今日お昼頃来てよ、見せたいものがあるんだ!』
あ、それからお昼も作ってくれると嬉しいなあ、とか
おやつもあるといいけど・・・とか
ほっといたらどんどん出てきそうな注文にいい加減に返事をして切った。
でも買い物に出ると、無意識にケーキの材料やお昼どころか夜の食事の分まで
かごに入れてしまって、売り場で一人苦笑したものだ。
全くあの人のことになると、どうしてこうなんでしょうねえ。
自分の甘さに驚きながらも、おいしそうに食べる姿を思い浮かべ
幸せを感じる巽であった。

チャイムを鳴らすと駆けてくる足音がしてドアが勢いよく開く。
「早かったね!」満面の笑顔。
「こんにちは、都筑さん。・・・それからドアを開ける時は相手を確認しなさいと
いつも言っているでしょう? 物騒ですよ。」
「えーっ、だって、巽だと思ったんだもん。大丈夫だよ!」
巽から荷物を受け取りながら都筑は事も無げに言う。
「用心するに越したことはありませんよ、気をつけなさい、いいですね。」
「心配性だね〜巽は。・・・それにしてもたくさん買い物したんだね。」
2つの買い物袋を眺めながら、コーヒーを差し出す。
「・・・2食分ですからね。」
短かく返ってきた言葉に都筑は一瞬目を見開いて・・・微笑んだ。


巽のおいしい食事を充分楽しんで、ケーキまで焼いてもらって
都筑はこの上なく幸せを感じていた。
「ごちそうさま! ほんとにおいしかったよ!」
ぱんっと胸の前で、ごちそうさまをする。
「それは、どうも。」
巽も自分の料理をおいしく食べてもらって悪い気はしない。
それに都筑は出された料理を残さないから作りがいもある。
食後の茶を飲みながら、巽はふと思い出した。
「それで、見せたいものって何ですか?」
思えばこの用事で来たのだ、忘れるところだった。
言われて都筑も思いだしたように答える。
「ああ、そうだったね。えっと・・・んーどうしようかなあ。」
「どうしようかなあって、あなたそれを見せたくて呼んだのでしょう?
・・・・まさか私に食事を作らせる口実じゃないでしょうね〜。」
途端に巽の怒りのオーラーを感じて、慌てて都筑は言った。
「ち、ちがうよ! 本当に見せたいものはあるんだよ、ほんとだってば!」
「じゃあ、見せてください。」
「んー、夜の方がいいかなって思ったんだけど・・・もう少し待ってくれる?」
「何なんです?」
「えへっ、ナイショ。」
「内緒って・・・」
納得がいかないが、こんな花のような笑顔で言われたら、
もう何も言えなくなってしまう巽だった・・・。

それから2,3時間は二人で世間話をしながら過ごした。
時には焼き上がったケーキをぱくつきながら、
そして時には巽の背中に寄りかかりながら話す都筑に
巽は少々のスパイスを混ぜて受け答える。
すると面白いように、ふくれたり涙ぐんだりする表情が楽しくて
1週間の疲れも消えていくようだった。


やがてしゃべり疲れた都筑が巽の膝に頭を預け寝入ってしまう。
膝にかかる重みはとても愛おしい。
起こさないように髪をなでながら、まるで雛を抱く親鳥のような気持ちが胸一杯に広がる。
職場では絶対にしない、出来ない表情をきっと今の自分はしているのだろう・・・
このまま時間が止まってしまえばいいのに・・・
この人さえいれば他には何もいらない・・・
死んでなおそう思える人に出会えたことは奇跡のようだ・・・
巽は都筑の額に口づけた・・・。優しい時間が流れる。




夕方の涼しい風が部屋に入ってきた。
目を瞑り都筑の頭を抱え込んでいた巽は、かすかな音を聞いた。
サラサラ・・・風に何かが揺れる音・・・寝室の方からだ・・・
そっと都筑の頭をクッションにのせ、立ち上がった。
サラサラ・・・やっぱり音がする。
寝室に入ると、ベランダで揺れるそれを見つけた。
・・・・これを見せたかったんですね、きっと。
巽は近づくと揺れる葉を手に取った。
赤や黄色、青と色とりどりの紙で飾りが付けられ所々に短冊があった。
一人で作ったんでしょうか・・・それにしても・・・
けして大きくはない笹に器用に作られた綺麗な飾り。
甘いものが食べたい、給料が上がりますように・・・という文字も見えて笑ってしまう。
いつから作っていたのか・・・・たいしたものですね。
(この情熱のほんの少しでも仕事に向いてくれたら・・・)
感心すると同時に都筑に言えば、きっとまたふくれるような言葉を心の中でつぶやいた。


内緒にしていたものを先に見てしまった。
後で上手く反応しないといけませんね、そうしないとまた拗ねられてしまう。
そう思いながらその場を離れようとした巽は
上の方につけられた1枚の短冊に目がとまった。
青い紙に書かれたその文字を読む。
「都筑さん・・・」
思わずつぶやいた。
私も・・・同じ気持ちですよ・・・。温かい気持ちでいっぱいになる。
リビングに戻ってきた巽は、まだソファの上で寝ている都筑の上にかがみ込んだ。
「ありがとうございます・・・都筑さん」
少し開いた唇に触れるようなキスを落として囁く。
「ん・・・・」まるで返事をするように身じろぐ都筑に微笑みがこぼれた。
軽く頭をなでて、立ち上がった巽はエプロンを取り、キッチンに向かう。
大切な恋人にとびっきりの夕食を食べさせよう。
またあの笑顔を自分だけに見せて欲しいから。
やがて軽やかな包丁の音が聞こえてきた・・・。



『これからも 巽と一緒に綺麗な星空を見られますように・・・麻斗』
オレンジの光の中で、短冊が風に揺れた・・・。

2001・7・2
M・Hinase

★「巽都」で甘いもの・・・・というリクエスト内容でしたが、どうでしょうか・・・・。
 もっと甘く出来たら良かったのですが(>_<)、ちょっと消化不良です・・・。