「綺麗ですね。」
突然頭上から声がして、都筑は顔を上げた。
「あ、巽。おはよう。」
下から見上げる都筑に微笑んで、その横に腰を下ろす。
「おはようございます。だいぶん大きくなりましたね。」
目の前の大きな花の塊を見つめる。
「うん、今年も元気に花を咲かしてくれたよ。」
つん、と花を突っつくと、うんうんと頷く様に揺れる花に思わず笑みがこぼれる。
こんなに優しい気持ちでこの花を見つめることが出来る日が来るなんて思いもしなかった。



・・・綺麗な色だ・・・

それが都筑を見た最初の印象。
吸い込まれそうなその瞳に釘付けになった。
でも都筑本人は過去の辛い体験からだろう瞳のことを触れられるのは嫌なようで、それが話題になることはなかった。
その上仕事の後、精神的に安定しないときは必ず目を傷つける。
そんな都筑を見るのが辛くて、側にいても何も出来ない自分が嫌で苦しくて・・・・。

逃げるような形で彼の側を離れてから長い年月が流れ、都筑にもパートナーが出来た。
巽との関係もあの頃とは違う穏やかなものが存在するようになり、また2人で語り合う事も多くなった。
そして今では・・・。

けれど・・・それでもまだ瞳のことは気にしていたけれど。




「あなたにプレゼントがあるんですよ。」
そう言って差し出された植物に都筑は目を開いた。
「あなたは園芸が得意でしょう?」
巽は微笑みながら机の上にその花を置く。
「花・・・好きでしたよね?」
「・・・好きだけど・・・・それは・・・」
それは紫陽花だった。鮮やかな紫を代表的な色として持つ花。
「悪いけど・・・巽、それは・・・」
もらえない。まして自分で育てるんて・・・。
「都筑さん。あなたが自分の瞳の色嫌っているのはよく知っています。辛い思いがあることも。
残念ながら、私にはすぐにそれを変えることは出来ません。でもこのままじゃ、あなたはいつまでも前には進めない。急がなくてもいいから少しでも前を向いて欲しいんですよ。」
私の我が儘ですけどね・・・と言葉を続ける。
「巽・・・」
頷くことが出来ない都筑は佇む。
どうしても忘れられない過去。
辛くて辛くて夢に見て、泣いて・・・・。
忘れられたらどんなにか楽だろうと。
「でも、やっぱり・・・」
俯いたままの都筑に巽は小さく溜息をついた。
「それではこれは私が育ててもいいですか?」
「えっ?」
「その代わり・・・・これをもらってください。」
同じような鉢を都筑の方に置く。
やっぱり紫陽花だ。
「巽!」
嫌だって言ってるのに!
「そちらは白い紫陽花が咲く苗だそうですよ。」
「え?白?」
「はい。そしてこちらが紫系だと。」
「白ならいいでしょう?」
でも・・・・と迷う都筑の手に小さな苗を持たせる。
「お互いに綺麗な花を咲かせましょうね。」
多少強引とも思われる方法で押しつけられた紫陽花。
その日から都筑はこの花を育てることになった。




あれから何年かたって・・・庭に咲きそろった紫陽花をふたりで眺める事が多くなった。
「でも巽、人が悪いよね。騙すんだから。」
その言葉におや?と巽は首を傾げる。
「騙す?人聞きが悪いですね、あれは本当に間違えたんですよ。」
同じ苗でしたからねえ〜と飄々と言う横顔が憎たらしい。
白だと思って育てた花は咲いてみると見事な紫で、慌てて巽の所に行くとそっちに白い花が咲いてあって・・・。
間違えましたね・・・と笑う巽に、まんまとやられた・・・と思ってももう遅くて。
此処まで気づかない自分に呆れたものだった。
「ま、もういいけどね。」
結局は咲いてしまったものを散らすわけにはいかず、世話をすることになった。
「それに・・・」
と、都筑は言葉を繋げる。
「この花で良かったと今は思えるから・・・」
優しい瞳で呟く都筑を巽は見つめた。



何回目かの花の時期。
少しだけ他と違った色の花が咲くようになった。
紫は紫なのだが、それは一つの花の中に赤紫と青紫が混じった珍しいもの。
まるでそれは巽と自分を表しているようで、妙に照れくさくて・・・・そして幸せだった。



紫の色も・・・・
自分の瞳の色も・・・・
自分が他と違う事を示すもので、いまだに好きとは言えないけれど
それでも少しずつ受け入れている自分もいると都筑は思った。
巽の言うとおり、急がずに少しずつ変わっていければいいのかもしれない。




「でも今にして思えば、紫陽花をあなたにあげたのは失敗だったかも・・・と思うんですよ。」
突然の言葉に都筑は驚く。
「何で?」
「だってこの花の別名は七変化、花言葉は移り気とか浮気とか。ろくなものじゃなかったですね。」
「ちょっと待てよ、それじゃ、俺が移り気みたいじゃん!」
「違うんですか?」
「俺がいつフラフラしたって言うんだよ。」
「美味しい食事につられて何処へでも行きそうですからね。」
「巽、おまえねえ!」
人を犬猫のように・・・・!と睨みつける。
その様子に巽は笑いながら立ち上がる。
「さて、それじゃあ、美味しい朝ご飯を作りましょうか。」
いらないんですか?と、まだ座り込む都筑に声をかけて、巽は家の中に入っていく。
「・・・・う〜もうっ!分かったよ、食べる!」
そう言って歩きかけて、紫陽花を振り返った。

今年も綺麗な花を咲かせてくれた。来年もその次もずっと・・・・と願ってしまう。
そうしていくうちに、きっと・・・・きっといつの日か好きな色と言える日が来るかもしれない。
愛する人が好きだと言ってくれるのならば・・・。

2002・6・7
M・Hinase

★キリ番30000のリクエスト作品です。
お待たせした上にリクエストを全然クリアしていない作品となりました。
リクエストは「巽都 シリアス」だったのに・・・・;なんかラブラブ? でも少しだけ少しだけナーバスな事も練り込んだつもりなんですが・・・・申し訳ないです。本当に・・・・・・(>_<)。
軽いシリアス・・・と(謎)思って貰えると・・・・;ああ、本当にすみません。それも季節ネタです・・・・;