遠くでドアの閉まる音が聞こえた気がして都筑は目を開けた。 身体が沈み込みそうになるほどのベッド、窓を覆う立派なカーテン。 見慣れない部屋の様子に自宅でないことを思い出す。 ・・・そっか・・・昨日・・・ はっきりしてきた頭の中で昨夜の事が再生されてきた。 ふらふらと地上に出てきた自分の前にまるで約束をしたように現れた邑輝は、 いつものように都筑を食事に誘い、 そしていつものように此処に来た。 それはまるで決められたことのように・・・。 現れるのも消えるのも気まぐれな猫のように自分を翻弄する存在。 いっそのこと首に鈴でも付けてやりたい気がする。 そうすれば少しは優位に立てるような気がして。自分の物だと言える気がして・・・。 ・・・大きな猫だよな・・・ 猫は飼ったことがないけれど、きっとあんな風に気まぐれだ。 そこまで考えて・・・・馬鹿な考えを振り払い苦笑する。 都筑自身、けして望んだ関係ではないけれど特に抗うこともなく彼と行動を共にする自分が一番分からない。 そっと手を伸ばす・・・広いベッド。 微かに残るぬくもりは、もうこの部屋に自分一人であることを示している。 さっき聞いた音はやっぱりドアの音だ。 これもいつものこと。 そう、いつも目覚めたら一人でまるで何事もなかったかのように朝を迎える。 どんなに自分を手放した夜を過ごしても、 全てを捨ててもいいと思っても、翌朝には現実に放り出される、それも一人で・・・。 いっそのこと朝になれば全ての記憶が消えてしまえれば、どんなに楽になるだろう。 指先に感じるぬくもりがそんな淡い希望さえも否定してくるようで辛かった。 「・・・・さてっと。」 都筑は誰に聞かせるわけでもなく声を上げて、身体を起こす。 今日は仕事には行かないと決めている。。 邑輝と会った翌日は体の怠さが尋常ではないのだ。 それに無理をして出勤して、目ざとい巽や敏感に邑輝の気を感じる密に感づかれ、あまり喜ばしくない方向に物事が進むのも避けたい。 冥府にとって好ましくない存在の彼との関係は出来るだけ隠しておきたかった。 ベッドから降りるとバスルームに向かう。 邑輝のとる部屋はいつも豪華だ。 都筑からしてみればたった一晩、それも邑輝は此処で食事をとることもないのに、なんて贅沢なと思ってしまう。 だから都筑はいつも邑輝のいなくなったこの部屋を充分に使って出ることにしている。 少しくらい時間がオーバーしても全部邑輝の払いにしておけばいいことだ。 大人げない小さな当てつけのようにも思う。 でもこんなこときっと邑輝は気にもとめていないのだろうということも都筑は分っていた。 「ああ、気持ちいい〜。」 自宅の風呂と違い思いっきり手足が伸ばせる浴槽に身体を横たえた。 程よい温度の湯が肌を包み込む。 「・・・今頃もう始まっているよな・・・」 職場の様子を思い浮かべる。 きっと巽は無断欠勤した自分のことを怒鳴っているかもしれない、 それを見ながら密は溜息をついて、亘理とかも・・・・。 都筑はくすくすと笑った。 温かい場所。 口では散々なことを言いながらも、いつも気遣ってくれる仲間達。 生前では得られなかった日溜り・・・かけがえのないもの。 彼らを思い描くとき幸せな気分になる、それは大切な大切な・・・・。 ・・・・なのにね・・・・・ 都筑は溜息をつく。 そんな大切な人たちを自分は裏切っている。 否定してもしきれない心の中の澱みが彼を求めてしまう。 もうどうしようもないほどに。 愛とか、好きとか・・・そんな言葉ではないもので求めている。 もしかしたら邑輝も同じ思いを持っているのかも・・・と思ってしまうほどに 抱きしめられ、囁かれ、自分を見失ってしまうほどに狂わされ・・・。 何もかも失っていいぐらいに叫ばされ、泣かされて・・・・。 でもそれは翌朝には夢のように消えていて、結局は独りよがりであったことを突きつけられる。 そんな目にあっても、また彼と時間を共にして。 いつまで続くんだろう・・・・いつまで続けるつもりなんだろう・・・。 「不毛だよな・・・」 そう言いながら都筑はお湯を両手ですくう。 手の中の水面に映った照明が揺れる。 ・・・・手からこぼれ落ちる湯がその光の像を崩し、消えていく。 繰り返し繰り返し・・・湯をすくう。水面の光が揺らぎ続ける。 せめて・・・せめて・・・目覚めたときに、夜と同じように抱きしめてくれたら・・・・。 そう思う自分が悲しくて、みじめで。 結局はこのお湯のように何も手に残らないのかもしれない。 いつも同じだね・・・・。 目を瞑ったら眠気が襲ってきた。こうやって眠って、次に目が覚めたら何かが変わっているといいな・・・ そんな都合のいい考えに苦笑しながら、都筑は眠りへと落ちていく。 誰かが勢いよくドアを開ける音がしたような気がした。 冷たくて気持ちがいい・・・。 火照った身体がだるいけど。 そっと髪の毛を梳かれる気持ち良さに口元が緩む。 優しい感触が・・・・優しい・・・えっ!? はっと都筑は目を開ける。髪を梳く手がピタッと止まった。 「む、邑輝!」 「お目覚めですか、気分はどうです?」 「な、なんで、此処に・・・。」 「この部屋は私がとった部屋でしょう。」 いるのは当然です、と言わんばかりの顔で都筑を見返す。 「で、でも・・・」 「それよりも都筑さん・・・いい年をしてお風呂で寝ないでください。」 「あ、あの・・・」 「後少し遅れていたら、貴方溺れてましたよ。いくら死神が傷が治せるといっても窒息はやばいでしょう?」 ふう、と呆れたような口調で額のタオルを取り替える。 都筑は大混乱だった。 お風呂で寝てしまった事はさておき、この状況は一体・・・! なんでいつも姿を消す邑輝が此処にいるのか、何故その邑輝が自分を看病してくれているかその状況が理解できない。 そんな都筑の様子を気にすることもなく淡々と邑輝は氷を入れ替えたり、都筑のためにルームサービスを頼んだりしている。 ・・・何なんだ、一体・・・ どうして戻ってきたんだろう。約束一つもした事がないのに。 「何です?」 じっと自分を見つめる視線に気づいたのか邑輝がベッドへと近づいてくる。 「何で、こんなこと・・・」 朝、明るい光の中で見る邑輝は眩しかった。 「・・・・貴方が呼んだからでしょう?」 だから来たんですよ、そんな風に言葉を繋げられて都筑は目を見張る。 「・・・・」 そうでしょう?と、頬を撫でられる、違いますか・・・と。 途端、都筑の目から涙が零れた。 嬉しいのか、哀しいのか分らない・・・けれど涙が止まらない。 邑輝はその涙を指に受け止めながら、震える唇にそっと口づけを落とした。 「なんで・・・なんで・・・・」 夜には与えられなかった優しい感触に張りつめていた気持ちがほどけていく。 「貴方が私を受け入れてくれれば、私は全てを貴方に・・・そう言っていたはずですよ。」 逢瀬の度に言われていた言葉、でも激しい行為の中で告げられたそれはいつも夢の中での言葉だったから・・・。 一度たりとも信じたことはなかった。だから・・・。 「俺は・・・別にっ・・・だってこんなこと・・・」 「貴方を受け止めるのは私、そして私を受け止めるのは貴方です・・・もう分っているはずですよ。」 流れ続ける涙が枕を濡らした。 「邑輝・・・!」 声が詰まって言葉が出ない。邑輝がもう一度口づけた。 今度は少しだけ深く・・・そして長く・・・。 与えられる快感の中で都筑は光に揺れる水面を思い返していた。 両手から多くの物がこぼれ落ちていく。 けれど最後に何か残ればいい。 それが例え一滴でも、この手に残るのならば・・・。 それが幸せでなくても・・・・それでいいと思った。 |
2002・5・24
M・Hinase
| ★キリ番29000のリクエスト作品です。 いただいたリクエストは『都筑・水面・首の鈴のキーワードを入れて』でした。実はほとんど書き上げたところで、やり直した物です。もっと真っ暗でした・・・終わってみればなんだ、ラブラブじゃん;って感じなんですが。ああ、すみません〜! 久しぶりの都筑視点でやってみたのですが・・・・・あぅ。 ただラブなだけではない2人を書いてみたかったのです。 これでいいでしょうか・・・・?(オドオド;) |