穏やかに晴れた昼下がり。 課内に残る職員達に書類を渡しながら右へ左へとてきぱき動く姿を目で追う。 いつもと変わらぬ風景。 片肘をついてペンを回していた都筑は、巽の背中を見ていた。 いつも気持ちの良いぐらいにまっすぐに伸びた背中。 感情を表に出すこともなく淡々と仕事をこなす様子はこれもいつもの巽。 何も変わった所はなかった。1時間ほど前の昼休みにだって、ちゃんと都筑の分のお弁当を作って美味しく食べた。 他の者には見せない優しい瞳で都筑が食べているのを見てくれたのも・・・。 でも・・・・! 都筑は口を尖らせる。何かおかしいのだ。 ここ2週間のことを思い出す・・・・。 たまたま夜に続けて電話したことから分かったこと。 最近巽が夜10時頃まで留守にいているという事実。 勿論巽は忙しいから残業もよくしている方だが、早く帰宅しているはずの日でもいない。 最初の2、3日はそれでも何か用事が・・・と思っていたのだが、4日、5日と続くと不安になってきた。 それから都筑は必ず夜電話を入れるようになった。 でもいつも留守電・・・・。 ある日心配になって家の様子を見に行ったら、真っ暗で・・・。 帰る気にもならずマンションの角で待っていると車で巽が帰ってきた。 都筑はほっとして声をかけようとしたけれど、巽はすごく疲れていて・・・。 何も言えずに巽の背中を見送った。 それから毎日様子を見に行っている。 計ったように10時過ぎに帰宅する巽の姿をその度に目撃するようになって。 カツンッ。 側で鳴った靴音にはっと顔を上げる。 「何ぼーっとしてるんです!」 あれやこれや都筑が思いふけっている間にペンの止まった様子に気づいた巽がやってきたらしい。 「え?あ、ああ、ごめん。」 巽は都筑の手元を覗き込む。 「・・・・昼から一行も進んでませんね。」 1時間なにしてたんですか!っと怒鳴られる。 「わかったよお。やるってば。」 都筑は改めて書類に向かおうとした。 その顔にすっと巽の手が伸びる。あっという間に顎をとらえられ上を向かせられた。 「何?」 「・・・さっきも思ったんですけど、あなた寝てますか?」 じっと瞳を覗き込まれ、自然に赤くなる。 「ね、寝てるよ!」 嘘だ・・・巽の行動が気になってろくに眠っていない。 「本当に?」 「うん。」 なおも顔を見つめられる。 繋ぐ言葉も見つからず、都筑も巽の顔を見つめて黙り込む。 しばらくそうしていた二人だが、ふうっと巽がため息をついて手を離す。 「・・・おやつ食べたかったらもう一がんばりしなさい、いいですね。」 「・・・うん。」 課長室に戻っていく巽に都筑は小さく返事をした。 ・・・寝てませんね・・・あれは。 書類を机の上に投げ出し、巽は椅子に座り込む。 顔に疲労の色が見える。都筑は昔から何かあると眠れなくなる質のようで、 今の様子はちょっと気になった。 ・・・何か悩み事でも・・・? 自分が知る限り思い当たることはない。色々あった二人の仲も今は安定している。 食欲が落ちているわけでもないようだし・・・と昼間の様子を思い浮かべた。 そこまで考えて、大きく息を吐く。 巽はそこで都筑だけでなく自分も疲れていることを思い出した。 職員の中にいる間は気が張っているがこうやって一人になるとどっと押し寄せてくる。 やはり仕事の後に・・・というのに無理があるのだろうか・・・。 自分の体力に僅かながら自信のあった巽は、日中の仕事に影響を出すことはないと思っていたが さすがに2週間も続くと多少は疲労もたまるようだ。 巽は眼鏡を外し、目を瞑った。 「何処に行ってるの?」 聞けなかった一言。 「何をしているの?」 ずっと聞きたいこと。 さっき顔を見たときに喉まで出かかった。 あんなに疲れるまで、仕事の後に何処に行っているのだろう。 2,3度退庁後にこっそり後をつけたこともあった・・・でも巽はあっという間に気配を消していなくなってしまう。 都筑に気がついているのではないようだが、そもそも誰にも気づかれないようにしているようだ。 巽に言われた書類書きも止まったまま進まない。 毎日気になって眠れない・・・・そろそろ都筑自身も限界だった。 ・・・やっぱり、聞こう!もう昔の自分たちではないのだから・・・ 都筑は意を決して立ち上がった。 「巽!」 ノックしても返事のないことに首を傾けながらドアを開いた都筑は机に突っ伏した巽の姿を見て叫んだ。 「巽、巽!」 あわてて駆け寄り身体に手をかける。 「ん・・・っ」 軽く揺さぶると、巽の目がうっすらと開いた。 「巽!大丈夫?」 都筑の声に、少しだけぼんやりしていた目がぱちっと開く。 「あ・・・・あ、すみません。」 ガバッと身体を起こした巽がばつが悪そうに都筑を見た。 「いつの間にか眠ってしまったようですね、私としたことが・・・すみません、お騒がせして・・・」 「たつみ!」 少しだけ苦笑した巽を都筑が睨みつける。 「はい・・・?」 滅多に見ない都筑の様子に、つい返事をしてしまった。 「何してるの?毎晩毎晩。俺知ってるんだからね、仕事の後、巽が何処かに行ってるって。」 「えっ?」 唇をかみしめて立ちつくす都筑を巽は見上げる。 「知ってるって・・・」 「そんなに疲れて・・・何してるんだ!俺にも・・・俺にも言えないこと?」 巽が視線をはずす。その様子に都筑は心が塞がるような気がした。 考えたくもなかった事が頭をよぎる。そんなことはないと思っているのに・・・。 「・・・・巽、誰か好きな人出来たの?」 「えっ?」 その言葉に巽は目を大きく見開いて都筑を見る。 「俺のこと・・・・飽きちゃった・・・?」 涙が滲んできた。 「ちょっと、待ってください。」 巽が慌てて立ち上がる。首を振りながら都筑の肩に手をかける。都筑は床を見つめて涙をこらえていた。 「・・・・都筑さん・・・分りました。お話しします。」 しばらくの沈黙の後巽が口を開く。 都筑はギュッと目を瞑る、別れの言葉が告げられるのだろうか・・・・。 「都筑さん・・・・私はですね・・・・その・・・実はスケート教室に通っているんです・・・。」 言いにくそうに話す巽の言葉を都筑は心の中で繰り返す。 ・・・そっか・・・スケート教室に・・・・やっぱり・・・え?・・ええっ? 「はあ?」 思いもよらない単語に声を上げてしまう。都筑は恥ずかしそうに目をそらす巽を見つめた。 「スケート教室・・・・って?なんで?」 「そ、それは・・・私が出来ないからですよ。」 「・・・・出来ないって?巽が?それって・・・あっ!」 そこで都筑は2週間前の会話を思い出した・・・・巽の家で夕飯を食べた後の雑談。 都筑が何となく口にした”スケートしたいなあ〜”という言葉。 テレビで放送された大会を見ていて何気なく言ったことだった。 その時は季節はずれですよ!と言う巽に『今は1年中出来る施設があるんだよ』とかなんとか言ったりして・・・。 結局近々行こうねと約束させて終わった会話。 そのことをずっと気にしていたんだ・・・都筑はやっとパズルが埋まったような気がした。 「巽ってば・・・・」 言ってくれたら良かったのに・・・・。目を合わせようとしない巽に都筑は言葉を飲み込む。 言えれば苦労しないか・・・ちょっと可笑しくなった。愛しい人は意地っ張りだ。 「だから内緒にしてたんですよ。」 くすくす・・・と笑う都筑の声に巽が嫌そうに言う。 「・・・で、出来るようになったの?」 どうしてもゆるむ口元を隠しきれずに都筑が尋ねる。 「ええ、おかげさまで!」 自棄になった巽が言い放つ。一瞬二人は見つめて、そして・・・・・吹き出した。 「馬鹿みたいですね・・・私達。」 「ホント。こんなことで悩んでたのかと思うと、情けないよ。」 「都筑さん・・・。」 巽が都筑の頬に手をあてた。 「今日は家にいらっしゃい。内緒にしてた償いをしますよ。」 「うん。久しぶりの夕食だね。」 「それと・・・・」 巽は後の言葉を都筑の耳にそっと囁く。途端、都筑の顔は真っ赤になる。 「え?そ、それは・・・ほら、俺寝てないし・・・んっ・・・」 都筑の言葉は巽に吸い込まれた・・・・・。 これからは何でも話をしよう? どんな小さな事でもね。 今日も平和な平和な恋人達の昼下がり。 |
2002・5・9
M・Hinase
| ★28000のキリ番リクエストです。 リクエストは「都筑の知らない巽の秘密」でした。 これ、実は悩みました・・・すごいシリアスにもなるリクだったもので; でもあえて今回は軽く、甘いものにしてみました。まあ秘密といえるものでもなかったですね・・・・巽の浮気って最初の方、思われた方います?・・・・いないかな・・・この文じゃあ(苦笑)。さりげなく(?)バカップルなの分りました?・・・・召喚課の人たちって大変だな〜(爆)。 |