穏やかで美味しい時間が過ぎるはずだった。
その小さな瓶が都筑の背広のポケットからテーブルに落ちるまでは・・・・。



さっきまで笑って見ていたテレビの番組だけが二人の間に響く。
一瞬何をしていいか分からなくなった都筑よりも先に巽が薄い色の付いたフレグランスの瓶を手に取った。
「あ、あの・・・」
都筑はテーブルの上のあちらこちらに目を泳がせながら、怖々と顔を上げる。
左手に瓶を載せて眺めている巽にもう先程までの笑顔はなかった。
「これ買ったんですか?」
「え?・・・ああ、うん。」
「いつ?」
「この前の日曜日・・・」
「何処で?」
「何処って・・・・」
「いつからこんなのを付けるようになったんですか。」
「え?あ、あのね、ほらちょっとした興味だよ、好奇心って奴?巽だってつけてるし・・・」
両手を忙しく動かしながら話す都筑を巽は見つめた。
瓶の蓋を取って匂いを嗅ぐ・・・。
「貴方には少しキツイ香りだと思いますが?」
「そ、そうかなあ。そういうのもいいかな・・・とか」
そう思わない?っと都筑が少し笑った。

「都筑さん。」
巽の低い声に、都筑は笑いを引っ込める。そして俯いた。
「・・・・まだ会ってるんですか。」
「・・・・」
唇を噛んで下を向く都筑は何も言わない。
「どうして・・・・」
「ごめん」
「謝って欲しいわけではないんです、何故私に嘘をつくんですか?」
「・・・・」


「都筑さん!」
ごめんなさい・・・・そう小さい声が聞こえたと思った途端、都筑は玄関に走り出した。
「都筑さん、待ちなさい!」
背後から聞こえる巽の声を振り切るように扉を思いっきり強く閉める。
そして閉まった扉を背に都筑は立ち尽くした。



10秒・・・・20秒・・・・
扉は開かない。
拒絶するように閉めたのは自分だけど・・・・こういう時開けて追いかけてくるものじゃないのだろうか・・・・
都筑は耳をすます。
でも靴を履く気配も何もない。
もう巽は諦めて部屋に引っ込んでしまったのかもしれない・・・・
鍵がかかっているわけではないのだから部屋に戻ると思えば戻れる。
・・・でも今更それは・・・・出来ないよね・・・・
都筑は小さく溜息をつくと扉から離れた。


閉めた扉を開けて追いかけてこない巽と
開けられるドアを開けない自分・・・・
どうしても変わらない二人の関係。
また同じ事の繰り返し・・・・





巽は手にしていた瓶をテーブルの上に置いた。
絶対に都筑では買えない、買おうとも思わないだろう高級な物。
その贈り主は都筑が口に出さなくてもすぐ分かる、一人しかいない。

久しぶりの二人の時間だった。
ようやく時間を見つけ都筑を夕食に誘った。
・・・・まさかこんな事になるとは・・・・
巽は重い足取りでカーテンの掛かっていない窓に近づく。
下を見ると寒そうに歩いていく都筑が見えた。キッチンの椅子にはコートと背広が掛けたままだ。
せめてこの上着だけでも届けてやるべきなのかもしれない。
追いかけて腕をつかんで、抱きしめて・・・・
『行かないで欲しい』と言えれば、どんなに楽だろう。
小さくなる都筑の姿に巽は目を伏せてカーテンを閉める。
・・・・でも出来るはずもない・・・・。
都筑が求めるものを力づくで押しとどめても、結局辛いのは自分。
そんな想いをするのならこのままで・・・・とも思う。
心の中はこんなにも独占欲でいっぱいだというのに。
・・・いつまで続けていくのだろう、こんな不毛なことを・・・・
繰り返し繰り返し考えてきたが答えのでないまま今に至っている。
都筑のためと言いながら、一方では自分のためかもしれないと巽は苦笑する。
振り向くとそこには都筑の好物が並んだ食卓があった。






「・・・っ、寒。」
昼間は春のような温度でも日が暮れると急に冷え込むこの時期にワイシャツ一枚はさすがにこたえた。
都筑はマンションの前の花壇に座り込んで白い息を吐く。見上げた部屋は真っ暗だ。まだ仕事かもしれない。
・・・自分の家に帰ればいいのに・・・・どうして此処に来たんだろう・・・・
白い息を手に吹きかける。
この1週間ポケットに入れて持ち歩いていた瓶。
買ってもらったというよりもほとんど押しつけられた物で、匂いも好みじゃなくて使わなかった。
でも時々何かの拍子でポケットの中でその瓶に指が触れると訳もなく落ち着いた。
だから持っていた。お守りのように・・・・。
これはきっと自分にしか分からない事、巽に説明なんて出来なかった。
言葉にするには難しくて、本能的に感じたことなんて上手く話す自信もない。だから謝って飛び出した・・・・あの時出来ることはそれしかなかった・・・・でもこんな薄着でこんな所にいる自分は愚かだと思う。
もう一度手に息を吹きかける。
このまま凍えてしまったら何かが変わるだろうか、
もしそれで変わるのなら・・・・自分はどうするのだろう。





「都筑さん?」
驚きを隠せないのか少しだけいつもより高い声がした。
「・・・・・」
声のした方を向けば見慣れたコートに身を包んだ邑輝が立っていた。
「こんばんは。」
「こんばんはって・・・・何してるんです、そんな所で。」
邑輝は薄着の都筑に眉を寄せ自分のコートでその冷えた身体をくるむ。
「とにかく部屋に入りましょう。」
話はそれからです、そう言うと邑輝は急いで都筑を連れてエレベーターに向かった。




「どうぞ」
持たされたマグカップはいつもの物でそのぬくもりに都筑はほっと息をついた。
暖房をつけたばかりの部屋はまだ充分温もってはいなかったが、さっきまで座っていた所に比べれば天国のようだった。
「鍵はお渡ししたはずですが?」
自分のカップをテーブルに置いて邑輝はソファに座っている都筑の前に立つ。
「んー忘れた・・・・。」
カップを見つめて都筑が答える。
鍵の入った上着も巽の所。
「それに・・・・どうしてそんな格好なんです?」
「え?ああ、これは・・・・その」
「上着も巽さんの所ですか?」
その言葉に都筑ははっと顔を上げる、邑輝と目が合った。
都筑がふっと笑う。
「・・・・・何でも分かってるんだな。」
「そうです・・・・と言いたいところですが」
邑輝が隣に腰を下ろす。
「さすがに今日来られるとは思いませんでしたよ。」
こっちに来る予定は無かったんですけど・・・と邑輝が言う。
「そう?俺って運がいいんだね。」
再びカップに口を付ける都筑の横顔を邑輝は眺めた。
予定のない週末はこのマンションでは過ごさない事にしているため、たまたま書類を取りに戻ったにすぎなかった。まさか都筑と出会うことになるとは思いもしなかったのだ。
「・・・私が帰ってこなかったら、どうしてたんですか?」
ふーっと都筑は息をついた。
「さあ、どうしたんだろう・・・・あそこで一晩中いるのもいいかなとか思っていたけど・・・」
やっぱり少し寒いよね、と笑う。
「・・・・・泊まって行きますか?」
都筑が邑輝を見る。
「いいのか?他に行くとこあったんじゃないのか?」
「貴方以上の用事はないですよ。」
「・・・・相変わらず口が上手いな・・・・」
でも悪い気がしない・・・・それは確か。


「身体を温めないといけませんね。」
ひとしきり口づけを交わした後、都筑を抱きしめて邑輝が耳元で囁く。
「大丈夫だよ。」
「でもこんなに冷えていますよ・・・・」
「いい」
「都筑さん」
「いいから・・・・しばらくこうしていて」
首に廻された都筑の腕が邑輝の身体を引き寄せた。そのままソファへと倒れ込む。
「明日服を買いに行きましょう。」
シャツのボタンに手をかけながら邑輝が言った。
「先週も買ったばかりじゃないか」
今日の諍いの原因のフレグランス。
服はまだでしょう?と微笑む顔を睨みつける。
それも見つかって、また同じ事の繰り返しで・・・・。
「おまえ・・・楽しんでるだろう。」
「貴方は違うんですか?」
「・・・・・違うよ。」
その言葉に邑輝はくすっと笑って都筑の胸に顔を近づけた。
別に楽しんでいるつもりは無いと都筑は思う。出来ることなら巽とだって上手くやっていきたい・・・・。
じわじわと与えられる快感の中で、巽の顔が浮かんでは消えた。



週が明ければ、また何事もなかったように日常が始まる。
今までがそうであるように、きっとこれからも。

2002・3・7
M・Hinase

★キリ番22222番のリクエスト作品です。
リクエストは「邑都が高めの三角関係v」と言うことでした。
ものすごくお待たせしてしまって申し訳ありません(>_<)。
で、出来てきたのがこんなんで、尚更申し訳ないです!
中途半端です、すみません!
三角関係と言うことでシリアスかギャグか・・・と悩んだのですが、
シリアスタッチでいきました。えっと読んでどう思われるかは分かりませんが書いた本人は邑都の方が比重が多めのつもり・・・・です、そのつもりです(力説;)。また小悪魔な都筑になってしまいました。