Step



・・・・・やっぱり美味しくない・・・・・
都筑はカランとフォークを皿の上に落とした。
白い皿の上にはスクランブルエッグと野菜が添えてあって、具だくさんのスープもちゃんと用意してあって・・・・・。
でも目の前には誰もいない。
いつも自分が食べる時、温かく見守りながらもあれやこれやと世話をやく巽がいなかった。
もう2週間。
巽はここのところ休日返上の忙しさに朝は都筑が起きる前に出掛けて、夜は深夜遅くに帰ってくる。
顔もろくに見ていない。
職場で会えると言っても仕事中の巽は公私混同をあまり良しとはしない質なのでそんなにべったりできない。
一緒に暮らす前は大目に見てくれたことも、生活を共にすると同時に厳しくなった。
巽が言うには同居しているからこそけじめを・・・・ということらしい。
でもこんなに話が出来ないなんて、
こんなに顔を見られないなんて・・・・。
朝も夕食もちゃんと巽が用意をしてくれているのだが、もうろくに食事をとっていなかった。
・・・・食べる気がしないよ・・・・・

段々空腹も感じなくなった・・・・。
昨夜、それでもと無理に食べたらもどしてしまった。
長い間少食に慣れた身体は普通の量でも受け付けなくなっていた。
吐いて、吐いて・・・・・泣いた。
苦しくて辛くて、洗面台に突っ伏して泣いて・・・・・ベッドに戻った。
泣き疲れて眠る頃まで巽は帰って来なかった。


鏡に顔を映す。
やつれた顔が力無く笑う。
・・・・・やっぱり無理だったんじゃ・・・・
巽だって疲れて帰ってきているのに都筑のために食事の用意をしなくてはならない。
それなのに自分はそれをろくに食べていなくって・・・・・。
・・・・・これじゃ、一緒に暮らす意味ないね・・・・・
幸せになるために踏み出した一歩が自分を苦しめる。
それが辛かった・・・・。




「ええ、そうです。だからその件は先日お話ししたとおりで・・・・ええ、よろしくお願いします。」
受話器を置いて巽は溜息をつく。
処理の終わった書類を端によける。
「巽、少し休んだらどうだ?」
連日の激務を労って近衛が声をかけてきた。巽は目を通したばかりの書類を手渡しながら少し微笑む。
「ありがとうございます。でももう今日でようやく一息ですから。」
片付けてしまいます、と机の上の書類の束を軽く叩く。その一番上の書類には都筑の字があった。
ふと巽は今朝も都筑が寝ているうちに出てきたことを思い出す。
・・・・ちゃんと食事は温めただろうか、朝食もちゃんと栄養がとれるようには作ってきたし・・・・
と、都筑の寝顔を思い浮かべた。
最近都筑の寝顔しか見ていないような気がする。
きっと淋しがっているのでしょうけど・・・・・でも今夜は早く帰れるし・・・・。
この異常な忙しさからももうすぐ解放される。
そしたら旅行でも行こう・・・・そう考えて巽はふっと笑った。

その時、巽の机の電話が鳴った。
「はい、課長室・・・」
「たつみー!おまえ何考えとんねん!」
出た途端、亘理が受話器の向こうで怒鳴った。
「亘理さん?」
「早くホケカンへ来い!都筑が倒れたんや!」
倒れた?! 一瞬その言葉が理解できない巽は頭の中で繰り返す。
「おい、巽、どうした?」
その様子に近衛が肩を揺さぶった。はっと巽は近衛を見つめる。
「え?・・・・あ、都筑さんが倒れたと・・・・ちょっと行って来ます!」
「何? あっ、おい巽!」
言い終わらないうちに巽は部屋を飛び出した。
・・・・都筑さんが倒れた・・・何故・・・・?・・・・・




勢いよく開けたドアの音に亘理と密が振り向く。
睨みつけるように巽を見る2人の間からベッドの上の都筑の姿が見える。
ゆっくりとベッドへと近づいた巽は青白い都筑の顔を見て息をのんだ。
「都筑さん・・・・・」
明るい日射しの中、異常にやつれた姿に呆然と立ち尽くした。
「巽さん!これは一体・・・」
「まあ、待ちや坊・・・・」
両手を握りしめて巽にくってかかろうとした密を手を挙げて亘理が制した。
「亘理さん・・・・都筑さんは・・・・」
「ろくに食べてないようやな。」
「え?」
そんなはずは、ちゃんと食事の管理はしていたはず・・・・。
亘理の言っている意味が分からず巽は都筑を見下ろした。
「・・・・・食べてない・・・・それも結構長くな。」
「そ、そんな・・・・」
言葉を失う巽を見ながら亘理が言葉を続けた。
「おまえ・・・・一緒に暮らしとったんやないんか! なんで都筑がこんな状態になるまで気がつかんのや! そんなんやったら一緒におる意味ないやろ!」
「・・・・・」
ただ都筑を見つめるだけの巽に亘理が散々文句を言う。それでも一言も巽は言い返さなかった。
「あー腹立つわ、ほんまに!処置はしたからな、もうすぐ目は覚めると思うけど。」
いい加減にせえ!と、最後に言い、何か言いたそうな密を引っ張って亘理は部屋を出てしまった。
都筑と巽が部屋に残された。




あれから2時間・・・・巽はずっと都筑の顔を眺めていた。
こんなにも血の気のひいた顔にどうして気がつかなかったのか・・・・いくら朝も夜も暗いうちに寝顔を見て、起こしてはいけないと寝室も別にしていたとはいえ・・・・あまりの不甲斐なさに自分が嫌になる。
都筑の頬にそっと手を伸ばす。いつもはなめらかな肌が少し荒れているようだ。
こんな事にならないように決断した同居だったのに・・・・。
「ん・・・・」
都筑がうっすらと目を開けた。
「都筑さん!」
「あ・・・・巽・・・・」
ぼんやりと顔を少し動かして巽を見る。
「俺・・・・・」
「気分は・・・・どうですか?」
「う・・・ん、大丈夫。」
「都筑さん、食事をしていなかったんですね。いつから・・・」
「あ・・・うん、ごめん。・・・・もう1週間以上になる・・・・」
「そんなに!でも何故です?」
「・・・・・だって誰もいない食卓でいつも一人で食べるなんて・・・・美味しくないんだ。」
「それはそうですが、でも・・・・」
「それに巽・・・・一緒に暮らしだしてからの方が話もしてないし顔も見てない。」
「そう・・・・ですね。」
巽はここ2週間を振り返る。家には寝るために帰っているようだった。
「淋しくて淋しくて・・・・・一緒に暮らしているから余計感じられて・・・・もう限界で・・・・」
辛そうに目を閉じる都筑に巽は何も言えない。
本当にそうだった。
遅く帰っても抱きしめてあげれば良かったのだ、朝早くても声をかけて抱きしめて口づけて・・・・一緒に暮らしているという事実に甘えていた自分が情けない・・・・巽は都筑の上半身を両腕で抱え込んで抱きしめた。
「巽?」
巽の身体の重みを受け止めて都筑が目を開ける。
久しぶりに感じる巽のぬくもりが嬉しい・・・・ずっと欲しかったもの。
「すみません・・・・もっと早くこうすれば良かった・・・・。」


自分のペースに都筑を巻き込みたくない・・・・そう思って過ごしていた。でもそれでは別々に暮らしている時よりも、もっともっとお互いを遠くに置いてしまうことになる。一緒に住んでいるからこそ出来ることやお互いにやらなくてはならないことがあったのに・・・・。
「巽・・・・」
都筑の腕が巽の背中に回った。
目を合わせ口づける。最初は啄むように・・・・そして段々深く・・・・。


唇を離した時にはお互いの息が上がるほどだった。
「たつみ・・・・」
都筑の髪をかき上げる。
「これ以上は食べてからですね。」
今日はお粥を作りましょうと、巽が微笑む。
「今までの分も抱きしめさせてくださいね。」
一日も早く健康にならないと、と巽が意味ありげに笑う。
息がかかるほどの距離で囁かれる言葉は身体に染みわたる響きを持っていた。
「馬鹿・・・・」
いいでしょう?と顔を近づけてくる巽に都筑は触れるだけのキスをした。




少しだけ・・・・また少しだけ2人の距離が近づいて、ちょっとだけ幸せへの階段を昇ったかもしれない。
そんな恋人たちの生活はまだ始まったばかりだった。

2002・1・29
M・Hinase

★20000のリクエストSSとなります。
リクエストが19000の続きのような感じだったので・・・・こういう風にしました。たぶん満足されないと思います、リクエストどうりではないので・・・・申し訳ないです。○んしんネタは読むのは一向に構わないのですが、書けない・・・・のです(^_^;)。女の子バージョンをやっていれば別ですけど・・・・ごめんなさい。
これで勘弁してください。新婚旅行ネタにもなりませんでしたね。