| はじめの一歩 「ふう〜」 思いっきり溜息をついて都筑は寝ころび空を眺めた。 青い空に白い雲が流れていて、程良く吹く風に桜の花びらが舞っている。 季節に関係なく咲く冥府の桜の木の下にやってきた。 昼休み。 いつもなら何分も前から時計とにらめっこして、針が重なると同時に課長室に飛び込んで巽の特製のお弁当を食べるのだが・・・・。 ・・・・もう3日目か・・・・・ この3日間ろくに口を利いてない。 それどころか目も合わしていない。 だからお昼を一緒に食べるなんて出来なかった。 「はあ〜」 もう一度大きく溜息をつく。 目を瞑ると思い出すのは、あの日の会話・・・・巽が切り出した話。 コトッ・・・。 食事の終わったテーブルに置かれたもの。 都筑は目の前に置かれたその物体と向かいに座る巽を交互に眺めた。 「・・・・なに?」 「鍵ですよ。」 「そ、それは見れば分かるけど・・・・えっと、何処の・・・・。」 都筑の問いに少しだけ目を見開いて巽が答える。 「・・・・此処のに決まっているでしょう。」 「・・・・・」 都筑の目が自分からすっと鍵へと移るのを巽は見つめていた。 「ずっと考えていたことです。・・・・・こうやって貴方がうちで食事をすることも多いですし・・・・それなら・・・・・・と思っていたんです。」 確かに都筑が3日と開けずに巽の家で夕食をとるようになって随分経つ。そして大概の場合はそのまま泊まり込むことにもなる。それが週末の場合は連泊することも少なくはないのだが。 「これって・・・・・。」 都筑は鍵を見つめたまま呟く。 ・・・・俺が此処で暮らすってことだよね・・・・・? 後の言葉を飲み込む。 単に自分が留守の時に家に入っていていいという意味で巽が鍵を渡すのではないことは分かっていた。ここ数ヶ月、都筑は何かにつけそういうことを匂わされていたから。 例えば一緒に買い物に行った時も 『2人で使うならこれぐらいのソファがいいですね。』とか 『カーテンの色はどれが好きですか?』とか まるで結婚を控えているカップルのような話題を巽は都筑に振ってきていた。 ・・・・だからこうやって目の前に置かれた鍵の持つ意味も、巽が言わんとすることも都筑にはよく分かっていた。 「あの・・・・巽・・・・」 「都筑さん、私とでは嫌ですか・・・・?」 その言葉に都筑ははっと顔を上げる。 「そんなことないよ!そんなこと!・・・・でも・・・・」 どう説明すればいいのだろう・・・・・形にならない不安が心を埋めていく。 唇を噛みしめる都筑を哀しげに巽が見つめる。 お互いにかける言葉が見つからなくて・・・・そのまま都筑は巽の家を後にしてしまった。 テーブルの上の鍵をそのままに。 「なんや、また昼寝か?」 頭上から降ってきた声に目を開けると桜の幹に手をついた亘理が笑っていた。 「寝てないよ、ちょっと休んでいただけ。」 そう言うと都筑は身体を起こし木にもたれかかるようにして座り、亘理もその横に腰を下ろした。 「で、何の用だよ。」 「冷たいなあ〜せっかく届け物持ってきたのに。」 「届け物?」 ほらっと都筑の膝の上に綺麗な小さな布に包まれた四角い包みを載せる。 綺麗な椿の模様の入った布は見慣れたものだった。 「これ・・・・」 「昼休みに書類届けに行ったら、あいつがこの包みを前に置いてえらい暗い顔しとったからな。まあ理由聞いても答えんやろうし。前におまえがこの包みを開けるの見たことあったからな・・・・『俺が届けたるわ!』って持ってきた。」 「・・・・・」 都筑はそっとその包みを撫でる。自分用にいつも作ってくれるお弁当。それはいつも決まった和風の布でくるまれていて・・・・・。 昨日も一昨日も作ってきてくれていたのかも知れない。そう思うと少しだけ心が痛んだ。 「何があったかは知らんけどなあ、何事も一歩踏みださんと始まらんやろ?」 包みを撫でる都筑を横目で見ながら亘理が言う。 「逃げてばかりじゃいつまでも前へは進むことはできんしな。」 亘理の言葉が胸を刺す。 それはいつも自分に問うてきたこと・・・・でも答えが出なかった。 考えても考えても、先立つのは怖ればかりで・・・・・都筑は見つめることが出来なかったのだ。 「ま、それだけでも食べてやり。」 亘理は立ち上がると、ぽんぽんと都筑の頭を叩く。どう考えても年上のはずなのにいつも都筑と話していると自分が上のように感じる亘理だった。 「・・・・・あ、亘理。」 都筑が背中を向けた亘理に声をかける。 「ありがと。」 それだけ伝えた都筑に亘理は振り向かずに片手だけを挙げて応えた。 開いた包身の中は色とりどりの野菜と玉子を挟んだサンドイッチ。 一口食べる。 食べ慣れた味が口の中いっぱいに広がった。 「たつみ・・・・・」 溢れた涙が頬を濡らした・・・・・。 資料室の前。 都筑はドアのノブに手をかけ大きく息を吸う。 昼休みが終わって駆け込んだ課長室に巽はいなくて、あっちこっち姿を求めて探した。人に聞いてやっと資料室に行ったということが分かり此処まで走ってきた。 走り回って息が苦しい。 都筑は目を瞑って深呼吸を繰り返した。 苦しいのは、胸がドキドキするのは走ったからばかりではない。 きっとそれはこれから伝える言葉がさせる動悸・・・・・・。 ガチャ。 静かに開けた扉の音が響く。 都筑は身体を滑り込ませながら見回すがそこに目指す姿はなかった。 後ろ手にドアを閉める。 部屋の中を少し歩くと立ち並ぶ棚の向こうからパラパラと書類をめくる音がする。 都筑が隙間から覗き込むと巽がファイルを片手に資料を見ていた。 壁に掛けてある時計の音と巽がめくる紙の音・・・・・静かな空間がそこにあった。 都筑は巽の後から手を廻し背中に頬を押しつけた。 「!・・・都筑さん?」 突然の事にかなり驚いた巽は持っていたファイルを床に落としてしまった。 「なんですか?びっくりするじゃ・・・」 「ごちそうさま・・・・」 巽の言葉を遮るように都筑が言った。 「とってもとっても美味しかった・・・・俺の好きな物ばかり。」 ありがとう・・・・くぐもった声に背中が温かな空気を感じる。 「・・・・それはありがとうございます。貴方が美味しいって言ってくれることが何よりですよ。」 都筑が甘えるように顔をすりつけてくるのを受け止めながら巽は前に廻された手に自分の手を重ねた。 「たつみ・・・・・」 「はい。」 「今日一緒に帰ろう? 明日も明後日も・・・・・ずっと・・・・同じ場所に。」 だから・・・・都筑の言葉が消えて抱きしめる力が強くなる。 怖いけど・・・・でも踏み出さなければ何も始まらない、手に出来ない・・・・。 もう泣きたくない、あんな思いは二度としたくない。 過去の出来事がいつまでも自分を苦しめるけど・・・・・。 「都筑さん。」 巽は内ポケットから鍵を取り出す。 そして自分を抱きしめる都筑の手のひらにそっとそれを握らせた。 その上からまた自分の手を重ねる。 「ええ、帰りましょう・・・・・私達の家に。」 うん・・・・と小さく応える都筑の肩が震えていた。 それは冬のある日の昼下がり。 遠回りした恋人達の小さな小さな一歩。 窓からそそぐ柔らかい光の中、ふたりはいつまでもお互いのぬくもりを感じていた。 |
2002・1・29
M・HInase
| ★19000のリクエストSSです。 リクエスト内容は新婚旅行とかにん○ん話とか・・・・甘い巽都・・・・・ということでしたので、まずはプロポーズ編ということでv 甘々にはならなかったですね、申し訳りません(>_<)。 とりあえず順を追って・・・・ということで・・・・・(汗)。 なおこの作品は連作となります(20000のリクエストと)。 |