シクラメン


「これ・・・・どうしたんです?」
忙しくなる12月を前に、早めの大掃除をしに都筑の家へやってきた巽は、窓辺に置かれた鉢に気付いた。
「何が?」
別の部屋で雑誌を束ねていた都筑が部屋から返事だけ返してくる。
「このシクラメンですよ。」
あっ!と声を上げたのが聞こえた。
パタパタとやってくる。
巽は何をそんなに慌てているのだろうと思いながら、都筑を見る。
「ああ、それねえ、・・・・預かりもの。」
「預かった?3鉢も?」
うん、と答えながら陽が他の葉にも当たるように向きを変えてやる。
「誰にです?」
「え?ああ、亘理の知り合い。」
「亘理さんの・・・・?」
「なんかね、シクラメン買ったんだけど元気なくなったって相談されて・・・・しばらく預かることにしたんだ。ようやく元気出てきたんだよ!」
そう言いながら愛おしそうに葉を撫でたりする都筑の様子に思わず巽は魅入ってしまった。
ん?と、巽の視線に気付いた都筑と目が合う。
「あ・・・ほら早く片付けてしまいますよ! ちゃんとやらないとおやつはありませんからね!」
咄嗟にまるで幼児に言うような事を言う。
照れ隠しもあって、やや声が大きくなった。
「なんだよお〜巽が呼んだんじゃないかぁ!」
ぷーっと口を膨らませながら、部屋に戻る都筑を見て巽は咳払いをした。
何でもない彼のしぐさについ見とれてしまう自分がいるのが分かる。
・・・・そうは言ったものの、やはりそろそろ一息入れますか・・・・
巽は足早にキッチンへ向かった。


・・・・はあ、びっくりした・・・・
巽がキッチンへ向かうのを見て都筑は胸をなで下ろした。
巽が来ることは昨日から分かっていたことだがシクラメンの事はすっかり忘れていた。
とっさに亘理の名前を出したが、深く追求されずに済んだ。
とにかく話を合わせるためにも亘理にも一言言っておいた方がいいだろう。
明日出勤したらすぐ掴まえて言わなきゃ!
都筑はキッチンから漂ってきた甘い香りに、手にした紐で雑誌を片付けていった。



「たっだいま〜!」
バーンと勢いよく開けられたドアに巽は眉をひそめた。
「あれ?課長は?」
「会議です・・・・・それよりも亘理さん、ノックしてくださいって、あれほど言ったはずですが。」
「ああ、すまんすまん、思ったより早く仕事が片づいたもんでな。」
「ノックも出来ない社会人は一人で充分ですから。」
「わかったって!で、その出来損ないの社会人はどうした?」
”出来損ない”というところで、巽がムッとしたのが分かって亘理はへらっと笑った。
・・・自分が言うのはかまわんけど、他人が言うのはカチンと来るみたいやな・・・・・
「・・・・昨日から出てますよ、今日の夕方戻る予定ですが。」
今日は金曜日。月曜日の朝から地上へ行っていた亘理は先週末から都筑とは会っていなかった。
「一週間近くも会わんと、なんか淋しいなあ〜。」
「なに子供みたいな事言ってるんです。」
「そやかて、都筑がおると華やぐやろ、何かしらんけど!」
あ、お茶もらうで、と勝手にカップを出し珈琲を入れる亘理を横目に巽はPCに向かった。
「もう冬やなぁ〜。クリスマスまで一ヶ月か。」
窓辺に立ち、亘理は外を眺める。
その言葉に巽が顔を上げる。
「亘理さん、あれいつまで都筑さんのとこに預けて置くんです?」
「はあ?」
急に振られた話が見えずに亘理は首を傾げる。
「シクラメンですよ。もう元気みたいだからそろそろ良いんじゃないですか?」
「シクラメン?何のこと?」
「・・・・都筑さんのところにあなたが預けている・・・・・・知らないんですか?」
「知らん・・・・・な。」
シクラメンがどないしたん?と聞きたかったが、巽が既に何かを考え込んでいるようなので言葉を飲み込む。
何か凄く不味いことを自分は口走ったのか・・・・
でも都筑からなにも聞いていない以上、下手に口裏を合わせるにしては相手が悪すぎる。
亘理はとにかく退散することにした。
「ああ、じゃあ俺帰るわ。あ、これ課長にな。」
お菓子の入った土産袋を課長の机の上に置く。
それじゃあ、とドアを開け、そっと閉める。
・・・・都筑・・・・堪忍なぁ・・・・何かマズイ事になった気がするわ・・・・
閉める間際の巽の表情を見て亘理は心の中で手を合わした。


・・・・亘理さんは知らない・・・・
ということは、都筑は嘘をついたことになる。
都筑は窓際に置いてあるシクラメンのことを気にして、今週は一度も巽の家へと夕飯を食べに来なかった。この調子では今週末も・・・・と思い、何気なく亘理に言った言葉だった。
・・・・でも何故?・・・・・
どうしてシクラメンのことで嘘をつかれなければならないのか、それが分からない。
思い返せば確かにあの時、少し都筑は慌てていたようにも思う。その時はあまり気にも留めなかったが・・・・。
預かった・・・・のも嘘なんだろうか?
次から次へとわいてくる疑問に仕事が手に付かなくなる。
後2時間もすれば帰ってくる。
今日は閻魔庁にいったん戻るはずだ。
・・・・とにかく本人に確かめる必要がありますね・・・・
巽は亘理が飲み残したカップを片づけに席を立った。



「あ、黒崎君。」
巽は資料室からの帰り、召還課を出てきた密と出会った。
「お帰りなさい、お疲れさまでした。課長には会いましたか?」
「はい、今、報告してきたところです。」
「じゃあ、帰ってゆっくり休んでくださいね。都筑さんも一緒ですか?」
「あ、はい。でも部屋には今いませんけど。呼び出されましたから。」
「え?」
「中庭の方に居ると思います。」
それだけ答えると、失礼しますと頭を下げ、密は帰っていった。



中庭にいる・・・・と言われてやってきたが、姿が見あたらない。
池の側にもベンチにも・・・・。
しかし密が嘘を言うはずもなく、巽はもう一度周囲を見渡す。
その時聞き慣れた声が聞こえた。
「もう、困るんだけど・・・・。」
都筑の声だ! 少し木の茂ったところから聞こえる。
「でも・・・・これも元気ないような気がして・・・・」
「そうかなあ、大丈夫だと思うよ。それに今預かっているのも元気になったし。」
こっそり気付かれないように巽が木の陰から見ると
木を背にした都筑と赤いシクラメンの鉢を持った男が見えた。
「じゃあ、これから都筑さんの家に行ってそれ見せてもらっていいですか?」
「え?これから?俺の家に?」
「はい、ダメですか?」
ずずっと都筑に近寄って来る男に、思わず後ずさる都筑だが木を背にしてそれ以上は避けられなくなっていた。
「いや、ダメって言うか・・・・ほら、今、俺出張から帰ってきたばっかりで・・・・。」
「疲れてるんですよ!」
という声と同時に草むらから出てきた巽に、2人が息をのんだ。
「た、巽・・・」
何でそんなところから・・・と言いたかったが、状況が状況だけに言えない。
「都筑さん!アンタ、帰庁の報告もせずに何してるんですか!探しましたよ!課長がお呼びです。」
さあ、と腕を取って引っ張っていく。
「あ、あの都筑さん!?これを・・・・」
突然のことに言葉を失っていた男が手にしているシクラメンを差し出す。
「すみませんが・・・・」
巽は都筑を背中の後に隠して振り向く。
「この人、別に園芸店開いている訳ではないので、他をあたってください。それに見たところ元気いいようですし、問題ないでしょう?」
少しだけ微笑んだ顔が怖いかも知れない。
「あ、はい・・・・」
男はそれ以上は何も言えずにそこに立ち尽くしていた。



「あの・・・・巽?」
ずっと引っ張られている腕がそろそろ痛い。
前を向いたまま振り向かずにずんずん歩いていく巽は無言のままだった。
課長室に行くものと思っていたが、駐車場の方に連れて行かれる。
「あ、あの・・・課長が呼んでるんじゃあ・・・・」
それには答えず巽は助手席のドアを開けた。
都筑も何も言わず、乗り込んだ。
運転席に着いた巽はキーを差し込んだが、エンジンをかけることもなくじっと外を見ている。
空気が重い・・・・。
・・・・やっぱり怒ってるんだよね・・・・
都筑はそっと巽の様子を見ながら小さく息を吐いた。
話を合わせておこうと思った亘理とはすれ違いで会えず、あの場面を見られたことで決定的だった。
何といっても彼の手にはシクラメンがあったのだ。
「巽・・・・ごめんなさい。俺、嘘をついた・・・」
「何故?」
問いかけてくる声が冷たい。
「前のことがあったから・・・・巽に嫌な思いさせたくなかった・・・・花のことだったから何もないんだけど・・・・でもやっぱり嫌かも・・・・って。そう思ったらとっさに嘘ついてた・・・・。ごめん・・・・。」
何の返事もないことが辛かった。
前に・・・・気がつかなかったとはいえ、デートもどきをしてしまったこと、何も知らずにあの男の前で酔いつぶれていたこと、後から亘理に聞かされて気付いて慌てたけど、その時はまったく都筑が鈍くて分からなかったからさんざん文句を言われた・・・・。
そのことがあったから、結構巽がそのことを気にしていたようだから・・・・。でもそのことが余計事態を悪くしたことに、今更ながら気付く自分が情けなかった。
はあっ〜と巽が溜息をつくのが聞こえた。
怖くて顔が見られない・・・・嫌われたらどうしよう・・・・都筑の視界が滲む。
自分が悪いのだけど、でも辛い。


「泣かないでください・・・・」
肩が震えている都筑に気付いて巽が静かに言った。
泣きたいのは自分の方だと、前にも思ったような気がする。
「ごめんね・・・・・ごめん・・・・」
「もういいですから・・・・」
「花が心配だったんだ・・・・・今日のは元気だったけど預かった花は本当に枯れそうで、何とかしなくっちゃ、って・・・・・もう関わらない方がいいって思ったんだけど・・・・ごめんね。」
「・・・・分かりましたから・・・・・泣かないで・・・・」
そっと頭を撫でると、都筑が抱きついてきた。
「ごめん・・・ごめん・・・・。」
繰り返し繰り返し謝り続ける都筑の背中をさする。
こんな事を何回繰り返しているだろう・・・・そしてこれからも何度も繰り返すのだろうか・・・・
そう考えると巽は目眩がしそうだった。
でも、だからといって都筑の側を離れるつもりはない。そんなことをすればどれだけ苦しむかは経験済みだ。
・・・・預かったシクラメンが元気がなかったのは本当だったのだろう、花好きの都筑が見逃せないほどに・・・・
でもそれを故意に・・・・シクラメンをそうさせたとしたら・・・・あの男・・・・・
巽は都筑には聞こえないように小さく舌打ちをする。
・・・・出る杭は打て、ですね・・・・
泣きじゃくる都筑の額にそっと口づけをしながら、巽は明日中に済ませなくてはならないことと
都筑の家にあるあのシクラメンをこれからでもすぐに箱に詰めて送り返してやろうと考えていた。




翌週、一人の職員がこの時期にしては異例の都市庁(北海道)への勤務を命じられた・・・・。

2001・11・27
M・Hinase

★12000番のリクエスト作品ですv
リクエスト内容は「バカップルな巽都」だったのですが、他の作品で都筑さんにちょっかいを出していた例の職員を絡ませて欲しい・・・・と言うことで、こういう内容になりました。哀れ・・・・出すぎた行動が彼をこんな時期の都市庁勤務に・・・・(笑)。
それにしても長い・・・・・すみません、長い割にまとまりがなくて・・・・。
少しずつバカップル要素は散らしておりますが・・・・如何でしょうか?
これからもこの二人をあたたかく見守ってやってください(*^_^*)。

それにしても密・・・・何か怒ってる・・・・?(笑)。