その瞳の中に・・・




今日の巽は抑えきれない不機嫌さに包まれていた。
自然ときつくなる言葉に部屋中の空気が変わるのも分かっていた。
課長室にいる時も視界の隅で、自分の様子をちらちら見ている課長にもいらいらする。
いくら何でもこれではいけないっ、と仕事に精を出すふりしても、
まったく片づかないことに、またいらいらしてくる。
それもそのほとんどが都筑の仕事の後始末だ。
そのことが余計不機嫌さに上塗りをする結果となっていた。

バンっと勢いよく席を立つ巽に課長の肩がビクッと揺れた。
「課長、しばらく隣にいますので!」
そう宣言すると都筑の提出した報告書を手に巽は課長室を後にする。
「ああ。」
と返事をする課長は、これで室温が一気に2,3度上がるような気がした。
・・・・まったく心臓に良くない・・・・
巽が少しでも長い間留守にしてくれることを祈りながら
ふう〜っと大きく溜息をついて机にうつぶせた・・・・。


置き場所のない机の上にドサッと書類の束が遠慮なく置かれる。
「ひっ!」
突然、視界に現れた物体に目を大きく見開いて都筑は巽を見上げた。
「何。驚いてるんです。」
「何か声かけてから置けよ!びっくりするじゃんか。」
礼儀だろ、そんなの!と文句を言う。
「ほう・・・・・それは失礼しました。貴方から礼儀という言葉が出るとは思いませんでした。」
いつもよりずっと低いトーンは他の職員の体温を下げるのには充分だった。
「あ、俺、経理の方に行かないと・・・」
「俺も俺も!」
そそくさと部屋を後にする職員が後を絶たない・・・・
「都筑さん、これ全部やり直しです!」
ぴしっと書類を指さし、ぷーっとふくれている都筑を見下ろした。
「う・・・そだろ?これ全部?」
「ええ、全部です。」
さっきまでの勢いはどこへやら、途端に都筑は肩を落とし上目遣いで見上げる。
まったく、アンタって人は・・・・!
巽はますます不機嫌度が高まって行くのを感じていた。


事の起こりは先週末の約束のキャンセル。
急な仕事でどうしても抜けられなくなった巽が都筑との約束を果たせなかったこと。
事情を話した巽に電話口の都筑は、がっかりして、ぞれがずっと気になっていた。
だから翌日、ゆっくり休みたいのを諦めて昨晩仕事から戻ってから作ったアップルパイを手に都筑の家を訪れた。
ベルを鳴らしても反応が無く、仕方なく合い鍵を使って入ると途端に漂ってくるお酒の匂い・・・・約束が反故になったことでやけ酒でもしたのかと、巽は反省した。
寝室を覗くとシーツにくるまって眠り込んでいる。
その様子に苦笑しながらも、巽は脱ぎ散らかした服を片づけ、洗濯をし、食事まで作ってやった。甘やかしついでに昼過ぎまで寝かせてあげた。
そして寝ぼける都筑を起こして食事をさせ手作りのアップルパイでお茶となった。
「おいしーっ」
と、口いっぱいに頬張る都筑の頬に付いたパイの欠片をぬぐい取りながら巽はずっと気になっていることを聞いた。
「で、外で飲んだんですか?」
大量に飲んでいる割には家の中にその痕跡がないことから巽は尋ねる。
「うん、・・・・・ちょっと飲み過ぎちゃったな。」
「一人で?」
「え?いや、亘理も一緒に。」
「二人で飲んでいたんですか?珍しいですね、あなた達ならいつもどちらかの家で酒盛りでしょう?」
「昨日は、ちょっとね。亘理と会ったの2件目だし・・・・。」
「2件目?」
はっ、と口を押さえたが、もう遅かった。
『今日のことは内緒や、わかったな!巽に言ったら・・・・』
亘理の言葉が都筑の頭に浮かんだ・・・・。
「・・・・じゃあ1件目は一人ですか?」
「う、うんそうだよ、昨日はね〜そんな気分だったし・・・あ、本当におしいしねえ、これ!」
話題を変えようとしている態度が見え見えな都筑を前に
巽は目をすうっと細めた。
「都筑さん・・・・本当のことを言いなさい・・・・」
「た、たつみ、怖いよその笑顔・・・」

震え上がる都筑から聞き出した昨日の1日の行動は巽の怒りを買うのに充分で、隙だらけの都筑に説教しまくった。
偶然に他の職員と会ったまではいいとして、どうしてその後映画に食事、これだけでも充分デートじみているのに、その後酔わされるだけ酔わされておいて・・・・・
どうしてこの人は気付かないのか・・・・
話から推測するに、おそらく亘理が機転を働かせた・・・ようだ。
そうでなかったら、今頃・・・・その先を考えるだけで、またしても巽は怒り心頭に達するのだった。


密も亘理もいなくなり二人っきりになった巽は都筑の手直しを監視していた。
勿論お小言付きで・・・・。
「ま、これはOKでしょう。次はこれですね。」
「え、まだやるの?休憩しようよ!」
「休んでたら夜中までかかりますよ!」
「・・・・」
「都筑さん?」
「まだ昨日のこと怒ってるんだ・・・」
巽は黙っている。
「俺だって、反省してるのに・・・・ぐすっ・・・・」
「アンタね・・・」
涙ぐむ都筑に、泣きたいのはこっちだと溜息をつく。
いくら本人に自覚がないとは言え、もう少しその『隙だらけ!』という雰囲気を周りにまき散らすのは辞めて欲しい・・・。その度にはらはらするこちらのことも少しは考えて欲しいものだ。
「もう・・・・いいですよ。怒ってませんから・・・・」
自覚のない人に振り回されている自分が結局負けである。
「本当?」
俯いたまま問うてくる都筑に
「本当ですから・・・さ、片付けてしまいましょう。」
と言い、肩に手を置いた。

鼻をすすりながらふと都筑が巽を見る。
息がかかるような距離で涙に濡れた紫の瞳が瞬く。
泣いたせいだろう、いつもより潤んだ瞳が儚げだった。
・・・・吸い込まれそうなその色はいつも自分を惑わす・・・・
そう、それだけで充分だった。そして願わくばその瞳の中には自分だけを映して欲しい。
他の誰も映さないで欲しい・・・・
自分を見つめたまま黙り込んだ巽に都筑が首を傾げる。
・・・まだ怒ってるのかな・・・・

と、急に巽の顔が迫ってくる。
「え?た、たつ・・・」
後の言葉は発することが出来ない。都筑は突然のことに目を開けたままパニックになる。
此処は職場で、そして真っ昼間で・・・・それから誰がいつ戻ってくるか分からないのだ。
「んっ・・・・ちょ、ちょっと巽、待って・・・・」
ようやく少し離した際に都筑は抗議する。
巽とキスするのは嫌じゃないし、もちろん嬉しいことだけど、流石にここでは・・・・
しかしそんな都筑の戸惑いなど関係ないと言わんばかりに巽はもう一度都筑に口づける。
寸前に
「いいんですよ、見られても・・・・」
と囁きながら。
・・・・いつも私がその瞳の中にいるように・・・・・
自分の願いが都筑に届くように、巽は都筑を抱き寄せた。


2001・10・18
M・Hinase

※イラスト:猫様  文:日生 舞

★8000番のキリ番リクエストでございますv
リクエスト内容は「描いたイラストに話をつける・・・」と言うことで
お題は「不意打ちのキス」でしたvv   キリ番初の合作となりました。
どういうシチュエーションがいいか悩みましたが・・・・
二人の服装からやっぱり職場?ということで・・・・。如何でしょう(^_^;)?
お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、
この話は例のあの部屋の中のSSを踏まえての話となります。
(まだの方は是非そちらもお読み下さい〜)
こんなのを部屋で目撃した日には他の職員はどうしたらいいものか・・・・(笑)。
秘書殿は時たま周りが見えなくなるようでございます。
毎回の事ながらリクエストに沿わないような気がして、申し訳ないです。
みなさま、ここは猫様の可愛いイラストを楽しんで、
文の方は忘れましょうね(>_<)。