幻影




パタンッ・・・・・巽は事務局から回ってきた資料を閉じる。
パソコンに向かい作業の途中だったファイルを閉じて
今目にした資料にあった病院を検索する。
間違いない・・・・以前、あの男が非常勤で勤務していたことのある病院だ・・・
巽は画面の文字を見ながら心の中で舌打ちをした。
もっとしっかり確認していれば・・・・
巽は書類に目を通している課長に目をやる。
・・・・やはり伝えておくべきだろう、今度同じようなことがあったら取り返しのつかないことになるかもしれない・・・・
「課長、お話ししたいことがあるのですが・・・・」
巽は席を立ち課長の前に資料を置いた。


聞こえてくるのは時折流れる庁内の放送と風の音・・・
都筑は屋上に来ていた。コンクリートの冷たい感触が背中から伝わってくる。
閉じていた目を開けると、どんよりとした灰色の空が目に入る。
さっきまでは日が射していたのに・・・・今夜は雪でも降るのだろうか・・・・

・・・・巽と言い合いをしてしまった。
原因は急な出張の取り消し・・・本当なら午後から地上へ密と出かけていく予定だった。
なのに昼前に巽に呼ばれて、他の担当者が付くことになったから、と伝えられた。
召還に伴う調査は嫌いだ。
でも理由も無しに担当を外されるのは納得がいかない。
理由を問いただしても巽は言葉を濁すばかりで・・・・。


結局閉庁時間まで屋上で過ごした。巽や課長に顔を合わせるのが何となく気が引けてしばらく召還課にも戻らずにいた。
そして今、時計の針が9時を指す頃・・・都筑は巽の家へと向かっている。
降り始めた雪が冷たい風に舞う。
あれから随分考えた。
あの巽がこう簡単に担当を変えることをするだろうか。
もしかしたら彼は何か隠しているのではないだろうか。
たくさんたくさん考えて、そして出た結論。
それは・・・・・
都筑は思わず足を止める。冷たい風が頬を叩いていく。
あの白い、禍々しいくらいに白く輝いていた姿を思い浮かべる。
自分の心の闇を暴く男。一度は共に消滅を決心した人間・・・・。
今でも都筑はその名を口にすることを意識的に避けている。
巽も密もあの部屋の者がほとんど口にしない名。
それはまだ傷の癒えぬ自分への配慮だと痛いぐらい感じる。
今度の調査でその男が関わっている・・・それしか考えられなかった。
目眩のしそうな身体を支え、グッと拳を握りしめ、都筑はマンションを見上げる。
カーテンから漏れる光・・・・
それは自分を救う光。
都筑は唇をかみしめ歩みを進めた。


「こちらに座っていてください、今ココアでも入れますから・・・・」
ドアを開けて出てきた巽は、都筑が来ることを予期していたのか突然の訪問に驚く様子もなく、
都筑を部屋に入れた。
毛足の長い絨毯の上に座ると、体中が温まってくる。
さっきまでは感じなかったが随分と身体が冷え切っていたようだ。
「あ、ありがと。」
手渡されるカップで手を温める。
「今日は・・・・」
静かに話し出す巽の声に都筑は顔を上げた。
「今日は・・・・すみませんでした、急な事で混乱させてしまって。」
やや俯き加減の巽の表情は、とても辛そうで・・・・
もう何度この顔を自分は見たのだろう。
職場で見せる顔とは違う顔・・・・
こんな表情をさせているのは自分なのだと思い知らされる。

「・・・・・邑輝が絡んでるから?」
僅かな沈黙の後で都筑は呟く。
その問いに巽は一瞬驚いたようだが、ふっと苦笑した。
「気づいていたんですか・・・・」
「うん・・・・」
「そうですか・・・・・」
都筑はココアを一口飲む。甘い味が口いっぱいに広がる。
「・・・・・俺大丈夫だから。もう大丈夫だから。」
呟くように話す都筑の頬にそっと巽は手を添える。
「いいえ、貴方は自分で思っているよりも深い傷を受けています。まだあの男と会うのは早すぎます。」
「・・・・巽」
都筑はその手に自分の手を重ねる。
「巽の言う通りかもしれない・・・・さっき邑輝のことを思いついたら・・・・怖かった・・・」
「それでは分かってくれますね。今回のことに邑輝が関わっているかどうかは分かりません・・・けれどそのおそれはある。今の貴方に彼を会わせる訳にはいかないんですよ。」
巽は都筑の頬を両手で挟み込んだ。
「もう明後日には別の担当者が調査に入ります。今回だけは貴方も黒崎君も関わる必要はありません。」
そう言うとそっと顔を近づける。都筑は目を瞑り唇にその温かさを受け止める。
触れるだけの口づけが繰り返される。
「でも・・・・」
何回かの触れあいが途切れた時、都筑が巽の胸に手をあてて優しく押しとどめた。
「都筑さん・・?」
「でも・・・ね、怖いけど・・・・・それじゃいつまでたっても俺は邑輝と対峙できないよ。」
「ですが・・・」
都筑は巽の首に手を回して微笑む。
「ありがと、俺のこと本当に心配してくれてるんだよね。だけど俺分かったから・・・」
「何を・・・です?」
「・・・・・京都の事件で・・・・・一人じゃないって・・・・。俺の周りにはたくさんの人がいてくれるって分かったから。」
巽が何か言いたそうに辛い顔をして都筑を見る。
「巽が・・・・いてくれるって分かったから・・・だから・・・」
ギュッと抱きつく。
「だから大丈夫だよ!巽!」
「都筑さん・・・・」
自分を抱きしめる力に心が安らぐ。
「怖くないと言えば嘘になる・・・・でももう引きずられないよ、大丈夫。」
背中を撫でる巽の手が温かい・・・・本当に大丈夫、このぬくもりを忘れない限り。
「もう、あんな思いはごめんですよ・・・」
「うん、もうしない・・・同じ思いはさせないよ・・・・約束する。」
本当だよ・・・・巽の耳元で囁く。巽は静かに息を吐き出した。
・・・と、突然都筑は、えいっと巽を押し倒す。
「都筑さん?」
思いがけない体勢に巽は思わず声をあげる。
「好き、大好きだよ巽!」
「まったく・・・・貴方にはかないませんね。」
諦めの微笑みを浮かべて見つめてくる巽の額にキスをする。
お互いの瞳に相手を映して、二人はより深くぬくもりを求め合った・・・・。



2日後、担当にもどった都筑と密は地上へと向かうことになった。
部屋を出る前、巽と二人っきりになった都筑は小指を差し出す。
「約束!ちゃんと仕事、済ませてくる!嘘ついたら針千本飲むよ。」
笑いながら手を出す都筑に巽も小指を絡ませる。
子供っぽいしぐさが返って胸に響く。
でも今はこの笑顔を、言葉を信じるしかない。
都筑が乗り越えようとしているものを、今は見守ることしか・・・・。
「いってらっしゃい」
どうか無事で・・・・
「うん!」
必ず戻ってくるよ!
言外の言葉を受け止めながら、笑う。


いつまでこんな思いを抱き続けるのか・・・
巽は胸に拭いきれない不安を振り払うように業務に取りかかった。
自分達の絆を心の支えにして・・・・・。

2001・10・10
M・Hinase


★6666番のキリ番リクエストでございます。
リクエスト内容は「巽のことは好きだけど、頑張る都筑さん」ということで、邑輝を絡めて・・・・という事でしたが、
申し訳ありません、邑輝は雰囲気だけ・・・ということになりました。
設定としては京都の事件以後、余り日の経っていない頃の巽と都筑です。
都筑が傷つくことに必要以上神経質になっている巽と何とかそれを乗り越えようとしている都筑・・・・ということで
書かせてもらいました。精神的に頑張っている!ということで・・・・・いいでしょうか?(汗;)