嘘と真実




「えーっ!!!」
昼3時・・・・秋晴れの爽やかな風が吹き抜ける召還課。
定時まで後2時間、ちょっと気怠さが漂う部屋にその声は響き渡った。

「な、なんや?」
机に突っ伏して惰眠を貪っていた亘理は一気に現実に引き戻された。
寝ぼけた顔のままあたりを見渡す。
今日は仕事が多いのか、職員はほとんど出払って部屋にいるのは僅かな人数。
亘理は椅子ごと振り返って密の方を見る。
亘理が振り返ったのを感じたのか密は読んでいる本から顔も上げず、
課長室のドアを指さした。


「ちょっと、大声出さないでください!」
巽はあまりの都筑の声の大きさに眉をひそめる。
「だって・・・嘘だろう?! あんなに約束したじゃん!」
食べかけていたおやつのクッキーの欠片を口の周りにつけながら思わずソファから立ち上がる。
向かいに座ったままの巽を見下ろす形になった。
「・・・だから、こうやって謝っているじゃないですか。」
ため息をつきながら、都筑を見上げる。
「本当に?本当に今回もダメなの?」
「ええ、緊急の会議が入ったんですよ、私もさっき連絡受けたばかりで・・・・。」
「そんな・・・・。」
「分かってください。仕事ですから・・・。」
巽はソファから立ち上がり、ポケットからハンカチを取り出すと
立ちつくす都筑の口を拭おうと手を伸ばす。
すると、バシッ、と都筑が巽の手を払ってきた。
「都筑さん・・・」
唇をかみしめ、睨みつけてくる。
「俺に触るなよ!・・・巽の嘘つき!楽しみに、楽しみにしていたのに・・・・もういいよ!」
いつもなら皿まで舐めそうなぐらい執着するおやつもそのままに、都筑は課長室を飛び出して行った。


「・・・・都筑かあ〜今の。」
ドアを眺めながら呟く亘理に
「あんな怪獣のような声を出す奴なんか他に知りませんね、俺は。」
と密はまたも顔を上げずに答える。
その時、バーンと大きな音を立ててドアが勢いよく開いたと思えば、
顔を真っ赤にして怒った都筑が出てきた。
この音にはさすがに驚いたのか密も都筑を見る。
「なんや、またかいな・・・」
椅子に掛けてあった上着を怒りにまかせて取った都筑はその声が聞こえたのか亘理を振り返る。
「何?亘理!」
ひぇ〜目がすわっとるやないか・・・・
「いえいえ何でもありません。」
そう言うと亘理はいそいそと自分の机に向かう。
「どっか出るのか?」
と問いかける密に
「ああ、ちょっと地上へ行ってくる。」
と一言だけ答え、都筑は部屋を後にした。


勢いで出てきてしまったが・・・・何の用事があるわけでもない。
都筑は迷った挙げ句通りに面した洒落た喫茶店に入った。
注文を終えて、ウィンドウ越しの通りに目をやる。
大きな鳥の彫刻のある目の前の広場は名所らしい。
待ち合わせをしている人々でいっぱいだった。
・・・何回も時計を見て、鏡を取り出して、きょろきょろと辺りを見回して・・・・
雑踏の中に待ち人を見つけると幸せいっぱいの顔になる女の子達を見ていたら、自然に頬が緩んだ。
そして次の瞬間、それは数日後の自分に重なる。

約束をしていた・・・。
今公開されている映画はちょっと前から楽しみにしていたもの。
映画見て、食事して、オープンしたてのフラワーパークにも行く予定だった。
そんな当たり前の事が初めてだったから・・・・
こんなに長い間側にいたのにお互い気づかなかった気持ちにやっと気づいたから、
とっても大切な存在って思えることにとても嬉しかったから・・・・。

仕事だって分かってる。
でも、もう2回もキャンセルされているのだ。今度こそは大丈夫って約束したのに。
考えれば考えるほど悲しくなってくる。
所詮巽にとって一番は仕事だ。きっと自分なんて、その次の2番、いや3番かもしれない・・・・・・・
自分にとって巽が一番でも、きっとこれからもこれは変わらない。
目に映る景色がぼやけてきて、都筑は慌てて目をこする。
いくら何でもこんな店の中で泣くわけにはいかない。
都筑は運ばれてきたケーキにフォークを刺しながらじっと涙を堪えていた。


勤務時間中にもかかわらず飛び出したまま都筑は5時になっても戻ってこなかった。
「職務放棄やなあ〜、都筑のヤツ」
気にしないそぶりをしながらも何度も課長室から出てきては様子を見に来る巽に亘理は声をかける。
「・・・・まったく、どうしようもありませんね。減俸ものですよ、これは。」
深々とため息をつきながら、ボードに明日の予定を書き込む。
「たしかにな。・・・・おまえらもいい加減にせえよ。」
「何がです?」亘理の言葉に巽が振り返る。
「喧嘩・・・・夫婦喧嘩は犬も喰わんってな。」
「誰が、夫婦ですか・・・・」
「お?違うんかい?」
「何、馬鹿なことを言ってるのですか。都筑さんと夫婦なんて願い下げですよ。」
ほお〜っと、亘理が面白そうに笑う。
「・・・・なら、巽。しばらく・・・・そうやな2,3日でいい、都筑をほっといてみ。」
「はあ?」訳の分からない巽は首を傾げる。
「まあいいから、俺の言う通りにしてみろって。どうせ喧嘩してるんやろ。ならちょうどいいやないか、ちょっと都筑から手を離してみたらって言うてるんや。」
そう言うだけ言うと、じゃあなと亘理は手を振りながら部屋を出ていく。
後に残された巽は何故そんなことを言うのか理解できないままその背中を見送った。


それから数日間、いつものように遅刻をしてくるかと思っていた都筑が定刻に出勤しているのを見て、
召還課の職員達はびっくりした。
しかも、あの巽が一切都筑に関わってこない。
いや、一切というのは無理だが、あれだけ都筑の服装チェックや生活態度まで口を出し、挙げ句の果てに課長室でお茶付きのおやつまで出し、苛めているのか甘やかしているのか分からなかった巽が連絡事項しか伝えず、都筑も必要最低限のやりとりしか返さないのだ。
普段、何かにつけ二人がいるところを目にすることが多かった者にしてみれば、この状態は・・・一切関わっていない・・・・ことになる。周囲の者が皆、二人の間に何かあったことを察していた。

課長室のドアを閉め、机の上にファイルを置いた巽は一息入れようとお茶をいれる。
あの喧嘩以来、都筑はおやつも食べに来なくなった。
課長室にも入らない。何か用事がある時は密に頼んでいるようだ。
意地になっているのだろう、遅刻もしてこない。
何かを振り切るように仕事をやっているように思う。
・・・・あの時だって、あんなに都筑が感情的にならなければキスでもして次の約束でも交わそうと思っていたのだ、なのにあのまま今日に至って・・・結局、亘理の言ったままになっているのがちょっと面白くなかった。
こんなに事を大きくするつもりもなかった。
確かに約束を反故にしたのは自分だが、フォローをする間も与えない都筑にも腹が立つ。
今しばらくは、仕方がないか・・・・そう巽は考えていた。


それからさらに数日が経った頃。
巽は亘理の言った言葉の意味を徐々に感じ始めていた。
召還課で電話が鳴っている・・・・巽は課長室のドアを開け顔を出す。
部屋には都筑しかいなく電話を取っている姿が目に入った。
「はい。・・・・あ、俺ですけど・・・・ええ、はあ・・・・」
また都筑宛の電話だったようだ。そう、また、だ。
ここのところ非常にこのての電話が多くなっているようだ。
受け答えから何かに誘われているらしい。
思えば・・・・召還課にわざわざ書類を持ってくる者が増えたようだった。
以前はFAXで済ませていた課からも人が来るようになった。
そのほとんどが都筑に声を掛けていく。
ある者は食事に誘い、ある者は映画に・・・そしてある者は手みやげ付きで誘いをかけているようだった。
気にしないようにと思っても嫌でも目に入ってくる。
正直なところ気が気ではなかった。
都筑がどれくらいそれらを受けて、断っているのか・・・巽には全然分からない。
あれ以来ろくに言葉を交わしていない。
洗面所でたまたま耳にした、自分達が別れた・・・という噂。そのことが変に耳の中に残っている。

「ええ、じゃあまた。」
受話器を置いた都筑と目があう。
一瞬、都筑の瞳の中に柔らかな懐かしい光が浮かんだ気がした。
しかしそれは次の瞬間には消え、ぱっと顔を背けてしまった。
巽もまた、ドアを閉めてため息をつく。
・・・・こうなったら頑固なのはあの人の方ですからねえ。どうしたものやら・・・・
とにかく都筑と話をする機会を持たなければ、このままでいいはずはない。
巽はある決心を胸に机へと戻った。



いつもより早めに仕事を終えた巽は和菓子を持って都筑の家へと向かっていた。
甘いものが好きな彼だがこの手みやげは今日の主役ではない。
もしかしたら誰かの誘いに外出しているのかもと不安に思っていたが、
カーテンの隙間から漏れる明かりにホッとする。
呼び鈴を鳴らすと、バタバタという足音がしてドアが開く。
「巽・・・・」
思いもかけなかったのだろう、都筑は目を見開いて巽を見つめた。
「話を・・・・したいと思って。」
巽はその瞳を見返しながら静かに答える。
口をギュッと結んで黙り込んだ都筑だが、部屋にはいるよう身をひいた。


いつも・・・・都筑が巽の家に行っていたので、巽がこの部屋に入ったのは久しぶりだった。
雑な部屋を想像しがちだが、思ったよりはこざっぱりしている。
単に物が少ないこともあるのかもしれない。
「で、話って・・・・?」
手元の湯飲みを見つめて都筑が言う。
「謝らなければ・・・・と思って。約束を破ったこと、すみませんでした。」
「いいよ、もう。」
「よくはありません、今度は必ず行きますから。」
「だからいいって!」
「都筑さん・・・・」
「無理しなくていいよ、巽が忙しいのは分かっていたんだ。俺とのことに時間がさけないのは・・・・仕方ないよ。・・・・巽の中では仕事が一番で、それはもうどうしようもなくって、いつも俺ばかりで・・・・。」
上手く自分の気持ちが言い表せないのがもどかしい。
言葉が出てこなくなる。俯いてしまう。
「都筑さん、そんなことはありません。いつでも私は・・・」
「・・・いいんだ・・・・もうこんな思いするぐらいなら・・・・俺・・・」
「都筑さん!」
大きな声で話を止められて、驚いて顔をあげた都筑は
巽に顎を捉えられ口づけられた。
強い力で背にしてあったソファに押しつけられる。
こんなの嫌だ!
目を瞑り押しつけてくる巽の胸を押し返そうとするが、どうにも動けない。
せめてもの抵抗で手の届く範囲の所を叩く。

・・・・その時、都筑は自分の頬に違和感を感じた。
それは頬から顎に流れ落ちる。
その濡れた感触に都筑は動きを止め、自分の頬に手をあてた。
やっぱり濡れている・・・・涙?
そう思った瞬間、不思議なぐらいに体から力が抜けた。
そして都筑は閉じ続けた口をすこしだけ・・・・開ける。
二人の口づけは深いものへと変わっていった・・・・。


巽が自分のために涙を流してくれるなんて初めてで、
それが嬉しくて、都筑はもう全てを許してしまった。
たった一粒の涙がこんなにも自分を溶かすなんて思ってもみなかった。
このことを覚えていられる限り、自分は、自分達は大丈夫と思える単純さにどうかとは思うけど・・・・。
都筑は巽の胸に頭を寄せて幸せをかみしめていた。

都筑の重みを受け止めながら、巽はとりあえず一息つく。
上手い具合に涙が出てくれる特技に感謝だ。
どういう風にしようかと悩んだが、一粒で都筑の機嫌はなおったようで助かった。
今までこの技を都筑に使ったことはなかったが、思った以上に効果的だったことに胸をなで下ろす。
とりあえずは・・・・取り戻した都筑を感じよう。
あとのことはそれからだ。聞きたいことも沢山ある。
しかし、今はこの腕の中にある温かさが逃げないよう両手でしっかり抱きしめる。

もしかしたらあの涙は嘘ではなかったかもしれない・・・・
眠りに引き込まれるまどろみの中、ぼんやりと巽は考える。
もう疲れた体と頭では判断は出来ないけれど。
でも、それでも・・・・都筑を大切に思う・・・・その気持ちは真実に違いないのだから。

2001・9・25
M・Hinase


★6000のキリ番リクエスト「攻めの人に涙を流させて」ということでしたが・・・・こんなもので申し訳ありません。なんかまとまらないし、絞りきれてないで、駄文になってしまいました。お待たせしたうえに、これかい?というようなお話になりましたね・・・・。巽にこんな涙を流させました。それにしても長すぎだ、日生!
実はもっとシリアスバージョンもあったのですが煮詰まって、途中で止まっております。もし出来ればそのうちUPするかも・・・・?
なおこのSSにつばさ様が美しい挿絵をつけてくれましたv宝物の部屋にて見てくださいませvv