こぼれ話その2
「ごゆっくりどうぞ」
その声と同時に置かれたティーカップとシュークリームに目を奪われた。
甘い香りの液体がゆらゆらと揺れて、天井のランプを映していた。
「どうぞ」
都筑が余りにも長い間見つめていたからであろうか、向かいの席から声を掛けられた。
黙って顔を上げると、いつもと変わらない顔でこっちを見つめている。
「ここのものはきっとあなたのお口に合うと思いますよ」
そう言いながら邑輝は珈琲カップに手を伸ばす。
「・・・おまえ、今はちゃんと仕事しているんだろうな」
そう都筑が言うと、少しおかしそうに笑った。
「私はいつだって真面目に取り組んでいるつもりですが?」
「俺が言っているのは・・・・」
「あなたの言う悪事に手を染めていないか・・・・ですよね。・・・・さあ、どうでしょうねえ?」
「邑輝!」
「まあ、落ち着いて・・・ここは知る人ぞ知る名店。みな来る客は静かな時間を求めてやってきます。どうぞお静かに」
「・・・・っ」
穏やかに言われ、立ち上がりかけた腰を下ろした。
「それよりも温かいうちにどうぞ。紅茶も美味しいのですよ?」
「・・・・・」
ふと周りを見渡すと背の高い椅子が広めの間隔で並べられている各席の客の姿は見えない。
けれどそのテーブルに並べられている食器の姿が見え、客の存在は示していた。
色々思うところはあれど・・・此処に来ることを承諾したのは自分だ。
とりあえず、邑輝のお茶に付き合わなけば仕方がない。
都筑は横の椅子の上に置いてある大きな箱を見る。
もしかして・・・すごく高い買い物になるかも知れない・・・
巽の顔が浮かんだ。
・・・怒られるだろうなあ・・・
背中がぞくりとする。
その考えを振り払うように軽く頭を振ると、ティーカップに手を伸ばした。
覚えているのはそこまで・・・・次、都筑が目を覚ましたのは広めの部屋・・・・に横たわっているところだった。
「・・・・っ」
起きあがろうとすると、酷い頭痛で頭を押さえてしまった。
「まだ、薬が残っているかもしれませんよ」
邑輝の声がする。
それでも上半身を起こすとベッドの脇の椅子に彼が座っていた。
「邑輝・・・お前・・・またなにか・・・」
ガンガンする頭の痛みに顔をしかめながら都筑が言えば
「あなたをここにお招きしたかったんですよ」
と、答える。
「何を・・・使った?」
「いえ、ちょっとだけ眠くなる薬を・・・・効き目が分からなかったので少し量を多くしてしまいましたけど・・・」
「おまえは・・・こんなことばっかり・・・・っ」
話すと痛みが響いて・・・・
「ほら、大きな声を出すと辛いでしょう。横になって・・・」
「離せっ」
邑輝は都筑の両肩を押して横にさせ、顔を近づけてきた。
「約束でしょう? 私に付き合うと」
「お茶だけの話だ!」
「子どもじゃないんですよ?」
「あの店までだ・・・離せって」
都筑は身体を押し返そうとするが、痛みの方に気をとられてしまう。
「おやおや聞き分けのない、さあ力を抜いて・・・淋しかったんでしょう? 秘書殿が帰るまでここにいたらいい」
「何をバカなことを・・・・」
ふっと、笑うと都筑の顎を捉え・・・唇を重ねてきた。
「ちょっ・・・・ん・・・」
押さえつける力は強い。
口腔に入り込んだ舌は当然のように都筑の舌を捉えた。
「ん・・・・」
息が上手くできない。
苦しい・・・・そして巽の顔が再び浮かぶ。
このまま邑輝の好きにやられたら・・・・もう合わせる顔がない・・・
「そこまでだ、邑輝!」
思わぬ声の主の登場にふたりして驚いてドアの方見る。
そこには見事に機嫌の悪い少年が・・・・都筑のパートナーがいた。
「そんなバカでもいないと困るんで・・・俺達の平穏な生活の為に返してもらう」
「密・・・」
なんかもう少し言い方があるような気がするが、それでも助かった。
予想外の邪魔者の乱入で、邑輝の気がそがれたのがわかったからだ。
「・・・ったく坊やに邪魔をされるとはね」
都筑の机の上に残されていたチラシから店までの後をつけていたらしい・・・
ならばもう少し早く・・・・と思う都筑だったが、極力関わりたくない(邑輝に)彼なりの行動だったとかなんとか。
都筑を押さえ込んでいた手をのけて邑輝は立ち上がると、
「私からのプレゼントは忘れないようにお持ち帰り下さい」
と言う言葉を残して・・・・・また消えた。
どうやって消えたのか、都筑には分からなかった。
密も分かりたくもなかった。
その後、思いっきりその場で密に怒られ・・・・拳骨を貰った。
以上がこぼれ話にもならないいきさつであった・・・・
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