こぼれ話その1
「うわっ」
つい声をあげてしまった。
都筑の目は目の前のガラスの向こうにある赤や黄色、オレンジ、そして美味しそうなチョコの色に釘付けだった。
店内には甘い香りが満ちていて・・・・幸せな気分になる。
次から次へと箱に収められるケーキから目が離せない。
都筑は喉を鳴らして見つめていた。
先日若葉から借りた雑誌に載っていた店、今日が開店3周年記念ということで一日限りのセールをしていたことを思い出したのだ。
当然平日、行けるわけもないと諦めて忘れていたのだが、出張中の巽にメールを打っていて急に思い出したのだった。
仕事を抜け出したことを怒られるかも知れない・・・それは思ったが、でも目の前の楽しみだ。
後で怒られたって、今これを食べられれば幸せだと思える都筑だった。
「でもなあ・・・結構いい値段・・・・」
都筑はトレイにつけられた値札に溜息をつく。
セールとはいえ、有名な店・・・高いのだ。
ふと自分の手持ちを見る・・・お札が1枚・・・・・。
これじゃあ3つも買ったら予算オーバーだよね・・・・。
どう見てもこの中から3つ選ぶのは難しい。いや実際帰るのは2つだ・・・ますます大きなため息をついた。
「奇遇ですね」
項垂れる都筑にかけられた声。
え?と顔を上げれば、そこにはいつもの白いスーツの邑輝が微笑んでいた。
「邑輝・・・」
周りから、きゃーとかわーとか言う声が聞こえる。
どうしてお前がこんな所に・・・とか
何をしているんだ・・・・とか言葉は浮かぶが、顔を見つめたまま、言葉を失った。
「お買い物ですか?」
そう言うと邑輝はガラスケースに目を移す。
それでようやく都筑も彼から目を外し・・・・答えずにケーキを見た。
「どうぞ、都筑さん、私に構わずお買い物続けてください」
さっきから様子を見ていたに違いない。もしかしたら店に入る前からつけられていたかも知れないのだ。
「・・・・・」
買うといっても、まだその2個が決められず、迷っている最中。しかも邑輝が声をかけてきたことにより思考が混乱して、集中出来ないまま、黙り込んでしまう。
せっかく楽しくみんなが買い物をしているところで、大声を張り上げたくもなかった。
「・・・・」
そんな都筑の様子を見て邑輝はふっと、笑うと・・・・
「ここのケーキ全種類1個ずつ入れて貰えますか? 贈り物でリボンもつけて欲しいのですが」
と、店員に注文を出した。
きゃ、すごいv と、店のあっちこっちから声があがる。
既に長身の男がふたり、それもかなり人目を引く容姿のふたりがガラスケースの前にいることだけでもかなりの注目の的なのに、この注文の仕方もそれに輪をかけて話題となったようだ。
・・・・全部?・・・・
あまりの買い方に呆然としている都筑を見て邑輝が笑った。
そして僅かな時間の後、大きな箱が手渡された。
すると当然のようにそれを都筑の前へと差し出す。
「どうぞ、都筑さん」
「え?」
「これをあなたに・・・私からのほんのお礼ですよ」
「な、なにを・・・」
「おや?受け取れませんか? 今あなたの目の前で買った物ですよ? 何も入れていませんし・・・」
「いや、でも・・・」
「大丈夫ですよ、何かと交換条件なんて・・・・でも、あなたの気が引けるのならば、このあと少しだけお茶に付き合ってください。ほんの1時間ぐらい・・・ちょうど次の仕事までの時間が空いていて困っているんですよ」
・・・・お茶だけ?・・・・でも・・・・
”あいつにはくれぐれも気をつけなさい”
巽の言葉が頭をよぎる。
そしてそれは言われなくても分かっていることだった。
「どうしたんです? 貰ってくれないのですか?」
もはやふたりは店中の注目の的だ。
何をするにしてもここで押し問答をしても始まらない・・・・。
「・・・・分かった、じゃあ、貰う。何処に行けば良いんだ?」
「良かった。ではこちらへ・・・いい店があります、きっと気に入ると思いますよ?」
そうして外に出るように促す。
箱を手にして・・・それでも迷っていた都筑は、先に行った邑輝が振り返った時、目が合い、決心した。
別にお酒を飲むわけでも何でもない。
とりあえずは不本意だが、このケーキのお礼なんだから・・・と自分に言い聞かせる。
いざとなれば逃げればいいわけだし・・・。
ずっしりと重くて甘い香りを漂わせる箱を抱え、都筑は店外へと向かった。