「は? 迷子?」
『そう』
「・・・・・都筑さんがですか!」
『そうだよ、俺が・・・・って言ってんじゃん』
「だ、大丈夫なんですか?」
『え? 何が?』
「か、身体とか! 怪我とかしてないんですか?!」
『やだなあ〜迷子だよ、怪我なんてするわけないじゃん!』
「大丈夫なんですね!」
『うん、子供じゃないんだしさ〜おまえ心配しすぎだよ?』
そう言ってけらけら笑う声が聞こえる。
邑輝は目の前にある壁に自分の頭を押しつけた。
今、迷子になった・・・・・と聞いたばかりで子供じゃないと言われても・・・・
「で、どうしたんです? 道が分かったんですか?」
今こうやって自宅にかけた電話に出ることが出来るのだから帰宅しているのは間違いないはずだが・・・・。
『流石にさ、言葉も分からないだろう? 標識も読めないしさ・・・・・途方に暮れちゃっていたら親切な人が助けてくれたんだよ』
「親切な人? 日本語の分かる方でも見つけたんですか?」
『ううん、日本人だよ。こっちへは仕事で来てるって人、その人が声をかけてくれて・・・』
「はあ・・・・それは何よりでした・・・」
とにかく無事のようでほっと一息を付く。
『というわけで大したことないからさ心配しなくてもいいよ?』
「・・・・すみません、急に外国まで連れてきた上、出張になってしまって・・・・・」
『仕方ないよ、仕事だもん』
「ええ。・・・・・でも都筑さん・・・・・やはり誰か世話をしている人をつけましょう。こんなことがまたあったら・・・・・買い物だって頼めるでしょう?」
『えーいいよ〜そんな大げさな! 俺1人でも大丈夫だって!』
自分の方向音痴を認識していないのか、少しは危機感を持って欲しい。
「でも都筑さん・・・・」
『大丈夫だって! それにね、今日知り合ったその人が明日から街を案内してくれるって』
「案内・・・・ですか? えっと・・・その方は一体・・・」
『ちょうどその人もね、今休暇中で時間があるって言ってくれて』
「・・・・家が近いのですか?」
『お隣だよ』
「え?」
『知らなかったよね〜お隣さんね、昨日長期の出張から戻ってきたんだって、邑輝と入れ違いだよね。で、こっちに来て半年になるんだって、だから案内してくれるって』
「あの・・・・もしかしてその方、男の人・・・?」
『え? そうだよ』
「・・・・・・」
「あれ?・・・・もしもし、邑輝?」
『・・・・・・あ、はい・・・・』
「あ、どうしたの? 切れたかと思っちゃったよ」
邑輝の胸に暗雲が広がり始めた・・・・・杞憂ならそれでいいのだが・・・・。
「都筑さん・・・・あの・・・・」
『あ、お湯が吹いてる! ごめん、邑輝! これで切るね』
「え? ちょっと、待ってください」
『あ、でもお湯が! じゃあ気をつけて!』  (いいよ! 俺が消しに行くから・・・・・)
「都筑さん!都筑さん!」
ツーツーツーツーツー・・・・空しく鳴る音・・・・・。
邑輝は沈黙した受話器を眺めた。
な、なんだ・・・・・?・・・・・今の最後に・・・・彼が誰かに声をかけていたような・・・・
邑輝は切られる寸前に微かに聞こえた都筑の声に愕然とした。
・・・・・誰かいるのか・・・・
受話器を戻してベッドに座り込む。
・・・誰か近所の人が・・・・しかし自分たちがまだこの国へ来てまだ日が経たない、知り合いもいないはずだ・・・・・
はっと顔を上げる。
もしかしてその助けてもらった「親切な日本人」なのか!
ああそうに違いない、部屋が隣だと言ったあの嬉しそうな都筑の声を思い出す。
邑輝は頭を抱え込んだ・・・・・・・出張はまだ4日間ある、許されるなら放り出して今すぐ帰りたい。
でもそれは出来ない相談だった・・・・都筑を信用していないのではないが、隙だらけのところがどうにも気になる。かといって電話をかけ直すのも都筑を疑っているようで気が引ける・・・・・でも・・・・・・・どうしたら・・・・・
本当なら、お休みの愛の言葉を交わして甘い眠りにつくはずだったのに・・・・
邑輝は悶々とした気持ちを抱えながらその夜・・・・過ごした。





さて・・・その頃都筑は・・・・
「ごめんね、巽さん、お客さんなのに珈琲入れてもらって」
そう言いながらカップに口を付けた都筑はその味に目を丸くした。
「美味しい!」
「それは良かった。お口に合うかどうかちょっと心配だったのですよ」
「うん、俺は好き、これ!」
香りを楽しんでいる都筑に巽は微笑んだ。男なのにとても愛くるしい表情をする都筑から目が離せなかった。
「巽さん・・・・今日はありがとう。本当に助かった・・・・実は結構パニックだったんだよね」
えへへ・・・と照れくさそうに笑った。
「いえ、大したことはしていませんから・・・・ここは街全体の道が大きく円になっているんです方向感覚がおかしくなるのも無理はありませんよ。それよりも・・・・・その呼び方ですが・・・・」
「呼び方?」
「はい、出来れば・・・巽と呼んでくださると・・・」
「え? でも・・・・俺の方が年下だし、今日初めて会った人に悪いよ」
「いいんですよ、こちらに来てから皆知人や友人にはそう呼ばれていますし・・・・その方が私も気軽ですし・・・・もしあなたが良ければ・・・・」
「でもそれなら・・・・俺のも呼び捨てでいいよ?」
「いえ、それは性に合いませんから・・・」
「・・・・う〜ん・・・・じゃあ下の名前・・・・・あ、それはまずいか」
最後の方は小声になった。巽は聞こえない振りをした。
「・・・・いいのかなあ・・・・」
「はい」
「じゃあ、そう呼ばせてもらうね」
にっこりした都筑に巽は目を細めた。



しばらく色んな事を話して時計が10時を指す頃、巽が椅子から立ち上がった。
「じゃあ、今日はこの辺で・・・」
「うん、おやすみなさい」
「明日9時に迎えに来ますよ」
「ありがとう・・・・・もう何て言っていいか」
都筑は片手を差し出した、巽はその手を取り握手する、そしてもう片方の手もそこに重ねた。
「巽?」
「おやすみなさい・・・・今日は疲れたでしょう? ゆっくり休んでくださいね」
「・・・・うん」
では・・・・、そう言って巽は静かにドアを閉めた。

閉まった扉を見つめて、都筑は大きな息を吐いた。
疲れていた・・・・・それは確かにそうだった・・・・・。
都筑はカップを片づけると、ベッドに倒れ込む。

何も知らないこの国へ来て1週間。滞在等の手続きを他の街で済ませ、この街へ来て4日だった・・・・しかも邑輝が一緒にいたのは最初の1日だけ・・・・正直、不安だらけだった。学会への急な出席のためにどうしても出張に行かなくてはならなかった。
邑輝には平気だと言ったのは心配させないため・・・・・自分を連れてこの地に赴任することさえも相当に気を揉んでいた彼のため・・・・。そして今もきっと誰よりも気にかけてくれる彼のため。
本当は淋しくて淋しくて・・・・・毎晩かかってくる電話が唯一の心の支えだった。彼が囁いてくれる言葉が自分を支えた・・・・・。
・・・・・ごめんね・・・・
さっきの電話の事を心の中で謝る。心配かけまいとして無理に明るく、そしてあっけなく切ってしまったことが気になった・・・・。
本当は・・・・本当は・・・・「帰ってきて」「会いたい」・・・・・叫びたくてたまらなかった。

だからそんな時巽と出会えたのは嬉しかった。
今日偶然に出会った人なのに、心細くてたまらない都筑の気持ちを知ったのか、何かと世話を焼いてくれて・・・・。勿論愛しい人の代わりなんて思っていないけれど、それでも彼の顔を見るとほっと一息つけるようで。
「そう思うと・・・・・迷子もラッキーだったのかなあ・・・・・」
ぼんやりと天井に向かって呟く。
とにかく明日も共にいてくれるという。
淋しさを紛らわすためとはいえ、楽しみには違いない。
「巽さんか・・・・・・」
遠い空の下にいる愛しい人の顔と出会ったばかりの人の顔を思い浮かべて微笑んだ。
「あと・・・・4日・・・・・」
そうすれば会えるのだから・・・・・。






「大丈夫ですか?」
巽はさっきから足取りの重そうな都筑を振り返った。
「うん・・・・」
そう答える都筑の顔色はあまり良くない。
「・・・・・少し休みましょう?」
しかし、広い公園だ周りに入れるような店もない。
ふと目に入った大きな石の所に連れて行く。ちょうど木陰になっていた。
「ごめんね、ありがと。少し休めば大丈夫だから・・・」
手を添えて身体を支えてくれる巽に力無く微笑みながら都筑が座った。

ふたりが出会ってから数日。
毎日のようにあちらこちらを観光して・・・・今日は住んでいる街から離れた寺院へと来ていた。此処は巽も来たいと思っていた有名なところで、ついついはしゃぎすぎたのかも知れない。
朝から何となく元気の無かった都筑にあまり気を配ることなく、公園にもなっている園内を動き回ってしまった。
目を瞑ってじっとしている都筑の横顔を見て巽は後悔していた。
「・・・・すみません、つい柄にもなくはしゃぎすぎたようで・・・・」
「・・・・ううん、本当に気にしないで・・・大丈夫だから・・・」
浅い呼吸で話す都筑が辛くて・・・。
「少し休んだら戻りましょう? 通りに出ればタクシーでも拾えますから・・・」
「・・・・・大丈夫・・・・俺こそ本当にごめんね。なんか今日は変で・・・・」
巽はそっと背中を撫でた。
確かに今日は暑い・・・・水分も用意していなかった事が悔やまれる。
「都筑さん、ちょっと待っていてくださいね。何処かで水を買ってきますから」
「・・・・いいよ、大丈夫」
「そんな顔色で大丈夫って言われても・・・・ね、此処にいてください・・・・」
そう言うとすっと立ち上がった。
都筑がはっと顔を上げる。
「行かないで! 本当に大丈夫だから!」
「すぐ戻ってきますから」
すぐです、そう重ねて言うと門の方へと走り出してしまった・・・・大声を出す気力もなく都筑はぐったりしながらその姿が消えるまでじっと見ていた・・・。




園を出て歩いて5分もかからないところで水を手に入れる事が出来た巽は早足で戻っていた。
本当に今回のことは自分の落ち度だと唇を噛む。
ここ何日か共に行動して分かったのは、彼が誰かと同居していると言うこと。
それはたぶん・・・・・男だと思った・・・・何故ならファンシーな小物はあっても女性ものは全くというほど部屋の中では見かけなかったし、いつも同じ時間にかかってくる電話に『邑輝』と呼びかけていたから・・・たぶんその同居相手の名前だろう。
都筑自身に聞くのもためらわれ特に突っ込みはしなかったが、都筑の容貌を考えてもそれは不思議ではないと思われた。確かに男だが・・・・どことなく愛くるしい感じがして、可愛いようで綺麗な・・・・そういう印象があったからだ。今まで男性をそういう対象に見たことがなかった巽でさえ、もう今ではすっかり彼から目が離せなくなっているのも確かだ。
そして・・・・たぶんふたりはもう夫婦のようなものではないかとも思った。都筑の指にはいつも光るものがつけられていたからだ。
部屋にあった本棚に並ぶ題名から医学関係の仕事をしているのだろうということも推測出来た。
ただどれ1つも都筑の口から語られたものはなく、また巽も聞かなかったのだが。

園内に戻り・・・・都筑の姿を探す・・・・・と、そこにもう1人の男の姿があった。
どうやら他の観光客の者らしい・・・・都筑が座っている石に座り肩に手をかけて、何かとしゃべりかけていた。身体を揺らされて苦しそうに首を振り続ける都筑の様子に巽は走り出した。








どんなに元に戻そうと思っても、顔が緩んでしまう。邑輝は家路を急いでいた。
もうすぐあの愛しい顔を見ることが出来るのだと思うと、自然に微笑んでしまう。
初日こそあんな風だったが、日ごとにトーンの落ちてくる(本人は元気そうだったが)都筑が心配になり、大急ぎで仕事を繰り上げて、夜になってしまったが、一日早く戻る事が出来た。
大切な学会だったとはいえ、外国に来た途端1人にしてしまったことが申し訳なかった。
邑輝はお土産で一杯になったトランクを持ち替えると、マンションのエレベーターに飛び乗った。

「え?」
呼び鈴をして出てきた人物を邑輝は見つめてしまった。
「・・・・誰です?」
その言い方にムッとしたのか巽が眉を上げる。
「あなたこそ」
「私は自分のうちに帰って来たんです。いったいあなたは・・・・・」
巽は軽く頷いた。
「あ、ああ、もしかして邑輝さんですか」
・・・・この人が都筑さんの・・・・・
「巽です」
巽は簡単に名乗って、戸口に立つ男をさっと下から上へと見た。
その態度に今度は邑輝が眉をひそめる。
そしてその名前から・・・・・彼がその話題の隣人である事に気付いた。
「いったい・・・・ちょっとどいてください。都筑さん?」
戸口に立つ巽を押しのけて、邑輝が部屋の奥に呼びかける。
「ちょっと、寝てるんですよ、今! 静かにしてください!」
その言葉に、部屋に行きかけた邑輝が立ち止まる。
「寝てる・・・・? それはどういう事です」
「言ったとおりです、今具合が悪くて寝てるんです、それで・・・・ちょっと」
巽が事情を説明しようとドアを閉めた時には、すでに邑輝の姿はなかった。



「都筑さん!」
寝室でベッドに横たわる都筑の姿を見た邑輝は持っていた上着も放り出して近寄った。眠りが深いのか邑輝の呼びかけにも答えることなくぐっすりと眠り込んでいた。
邑輝はさっと都筑の首筋、額を触り、少し熱があることを確認した。
「・・・・・・まだいたんですか。これは一体どういう事です」
邑輝は部屋の入り口に巽の気配に振り向きもせず問う。
「・・・・・・あまり眠っていなかったようです。今朝顔色が悪かったようですから・・・・」
そこで巽は簡単に事の次第を話した。
「じゃあ、あなたは具合の悪そうなこの人を連れ出したあげくに、1人放っておいたと・・・」
「確かに彼の様子に気付くのが遅くなりましたが・・・・その点は反省しています。でも、別に放っておいていた訳ではありません!」
「・・・・・結果的に同じ事でしょう? あなたのやったことは! 変な者まで絡んでくるような状態にして・・・・。まったくこの人もどうして毎日出歩いたりしたのでしょう・・・・・疲れがたまっていることぐらい分かっていたでしょうに・・・・」
「・・・・・・・淋しかったんでしょう」
邑輝が巽の方へ顔を向けた。
巽も見返す。
「聞けばこちらに来てまだ1週間あまりらしいじゃないですか。急な転勤、慣れない土地での生活・・・・一番不安になる頃でしょう?」
「・・・・・・煩いですね、あなたに言われなくてもそんなことは百も承知ですよ!」
「今回のことはあなたにも原因がありますよ」
「・・・・・・巽さんとおっしゃいましたね。私が留守の間、都筑さんがお世話になった事は感謝します。でも今後一切私たちのことには関わらないでください」
「・・・・・・嫌ですね」
「!」
あっさりと返された言葉に邑輝は思わず目を見開く。
「都筑さんに与えられるべきは安らぎです、そのためなら私はそうなるべく努力しますから。あなたのように泣かせたりしません」
「言わせておけば・・・」
「この1週間近くどれだけこの人が苦しんでいたか、少しは分かっているつもりです」
「・・・・・帰ってください」
邑輝は拳を握りしめて、静かに言った・・・・怒鳴りつけたいのを我慢する。
そんな邑輝を巽はしばらく見つめ、背を向けた。
「・・・・ではお休みなさい」
ドアはパタンと音を立てて閉まった。
そして玄関から足音が遠ざかるのを確認して・・・・・邑輝は都筑を覗き込んだ。
・・・・何が分かると言うんだ・・・・
巽から投げかけられた言葉が胸に残る。
辛い思いをさせていることなんか、分かっている。分かって分かって分かりすぎるぐらい・・・・。
急に現れて何を分かった風なことを言うのだろう・・・・邑輝は都筑とのこれまでを思い、そっと頬を撫でた。
世界中で誰よりも誰よりも愛しい人なのに。




「・・・・あ・・・」
その感触が懐かしかったのか、都筑の目が開いた。
「・・・・都筑さん」
その声にゆっくりと首が動く。
「・・・・邑輝? ああ、また夢だ・・・・・」
力無く微笑む都筑に邑輝は苦笑した。もう何度も見ているに違いない。
「いいえ、都筑さん・・・・本物です。一日早く帰って来たんです」
頬から額へと手を滑らせ髪を梳く。
「・・・・・帰って・・・・? 邑輝? え?・・・・・本物!」
ガバッと起きあがる。
「ああ、ダメですよ、寝てなくては!」
身体を支える邑輝の首に都筑が腕を回した。
「お帰り・・・・お帰り!」
「・・・・・・はい、ただ今・・・・」
至近距離で目を合わせる。互いの目の中にいる自分を見つめる。
「すみませんでした・・・・あなたに淋しい思いをさせてしまって・・・・」
その言葉に都筑が首を振る。
「違う、違うんだ、おまえが悪い訳じ無いよ! ちゃんと毎晩電話くれたし、国際電話なのに長電話しちゃったし・・・・・でもそれだけで満足出来なかった俺が悪いんだから」
「・・・・・都筑さん・・・・」
ぎゅっと抱きしめる腕に力を入れると都筑が顔を寄せてきた。
そっと唇を重ねる・・・・・この会えない間、夢に見続けたものだった。


ひとしきりぬくもりをかわすと都筑が顔を上げる。
「あ、邑輝ごめん、まだ着替えもしていないのに!」
「構いませんよ。あなたが寝付くまで此処にいます。
「ダメだよ、ちゃんとお風呂に入ってパジャマに着替えないと」
「大丈夫だから、あなたこそベッドに戻りなさい」
さあっと、布団を整える。
「ダメダメ! ほら約束忘れたの?」
「え?」
その様子にしょうがないなあ、と都筑が首を傾げる。
「ほら、これ!」
そう言うと都筑は自分の今着ているパジャマをつまんだ。
「・・・・・そうでしたね」
「『一緒に寝られる時は、お揃いのパジャマを着る!』大切なことだよ!」
都筑の言葉に苦笑した。
そう言えば彼と暮らし始める時にいくつかの約束事を決めたのだった。そのほとんどはたわいのないものだったが、絆を確かめる大切な行いでもあった。
「わかりました。それではシャワーを浴びてきますので、先に寝ていてくださいね」
「うん!」
この短い時間にみるみるうちに顔色が良くなってきた都筑が元気よく頷いた。それを与えているのが自分だと言うことが、邑輝を喜ばせた。

「さあ、肩まで布団を掛けて・・・・あとで水を持ってきましょう」
「ありがとう・・・・・・あれ?」
ごそごそと布団に潜り込みながら、都筑が声を上げた。
「なんです?」
「・・・・・えっと、巽・・・・あ、お隣さんなんだけど、いなかった?」
「彼なら会いましたよ、ちゃんとお礼を言って、今日は引き取ってもらいましたが・・・・」
「そっかー。すごいお世話になっちゃったんだ」
「そうですか」
そのことは追々聞いていこうとは思っている。
「うん。また改めて俺も言わないと・・・・」
それには答えず邑輝は立ち上がる。とにかく早く都筑を休ませることが先決だ。
「それでは・・・ちゃんと寝ていてくださいね」
「は〜い」
手をちょこんと出して合図をする都筑に微笑んで、ドアノブに手をかけた。

「あ、邑輝!」
「なんです?」
ドアを開けて足を踏み出したところで、振り返る。
「あのさあ、邑輝と巽って似てるよね!」
「は?」
邑輝は固まってしまった。
「・・・・・ど、どういうことでしょうか・・・・?」
私とあいつが・・・・冗談じゃない!
「えー? 思わなかった?」
「思いませんよ!!」
「そうかなあ、ここのところずっと思っていたんだよ?」
「・・・・・都筑さん・・・・」
何処がどう似ているのですか!と叫びたい気持ちを抑えつける。都筑は今、病人なのだ。
「・・・・・と、とにかく寝なさい、いいですね。私もすぐ来ますから」
「うん・・・・・」
そう、返事をしながら考え込んでいる都筑。
どっと疲れの出た邑輝は溜息をつきながらドアを閉めた・・・・・・。


これから先が思いやられる・・・・ふと邑輝はそう思った。
せっかく見つけたマンションだが、引っ越しを考えなければならないか・・・・そんなことを思いながらバスルームへと足を進めた。
そしてベッドの上ではまだ都筑が、う〜ん、と考え込んでいた・・・・。




波乱に満ちた海外生活は今始まったばかりだった・・・・・。

2003・8・12
M・Hinase