「美味しいですか?」
巽は冷茶を出しながら、都筑の前に座った。
「うん、勿論!・・・・でも」
「でも・・・なんです?」
「まだおやつの時間じゃないけど・・・・」
と壁に掛かった時計を見上げた。まだ9時過ぎだ。
「まあ、今日は急ぎの物もないですしね、構いませんよ」
「そう?」
昨日渡された書類は確か急いで出せと言われたような気がするが・・・と、心の中で首を傾げた。でもそれを此処で言うのは得策ではない、まだ半分もできあがっていないのだ。
「・・・・まあ、俺は嬉しいけど」
そう言いながら、ぱくっと巽特製の水羊羹を頬張る。始業1時間も経たないうちにおやつに有りつけるなんて思いも寄らなかった。
きっと何かいいことがあったに違いないと思う。
・・・・あとで聞いてみようっと・・・・
とにかく今は目の前の幸せに浸ろう!そのことに都筑は専念した。



見ているだけで美味しいということが十分に伝わる都筑の様子を見ながら、そっと巽は溜息を漏らした。
本人も妙だと思っているかも知れないが、あまりこういう事を詮索しない方なので助かる。
・・・・・でも・・・・どうしたもんだか・・・・
自分の中で考えがまとまらずに始業早々都筑を課長室へと連れてきた・・・・・・というより保護してきたというのが正しい。昨日、亘理から聞いた時は、何をバカな・・・・・と話半分、あまり気にしていなかったが、今朝の他の職員の様子を見て、そうもいかなくなって・・・・・。
とりあえず、彼らの目から都筑を此処へと非難させたのだった。

都筑に替えのお茶を入れてやるべく立ち上がり冷蔵庫からボトルを取り出す。
コップに注ぎながら、巽は昨日の亘理の言葉を思い出していた。


それは昨日の終業後、帰り支度をしている時のことだった・・・・・

「よう、もう帰るんか?」
カーテンを閉めていた巽が振り向くと、亘理が開けたドアに寄りかかっていた。
「これからまた忙しくなりますからね、帰れる時に帰っておかないと」
「都筑は?」
「とっくの前に帰りました」
全く急ぎの物があるっていうのに・・・・ちょっと目を離すとこれだ・・・・と、ぶつぶつ言う。
「そうかあ」
そんな巽を気にすることなく亘理はドアを閉めた。
「何か用なんですか」
「・・・・・・ちょっと巽に耳に入れておきたいことがあるんやけど・・・」
と亘理が声を潜める。
「なんです?・・・・何かろくでもないことでしょう・・・・・」
嫌な予感がしながらも目で椅子に座るように促した・・・。

「はあ? 都筑さん激写コンクール?!」
「しっ、声が大きい!」
慌てて亘理は自分の口の前に人差し指を立てた。
「・・・・・いいか、これは内密の話なんや。召還課の職員がほぼ全員参加してる。期間は明日と明後日の2日間や。被写体は都筑のみ! あいつのショットをみんなで狙う・・・・こういう話」
「・・・・・・バカな・・・・なんで都筑さんなんですか。それにそんなの撮ってどうするんですか」
「・・・・巽・・・・・おまえ知らんのか、都筑はアイドルやないか。都筑のあんなシーンやこんなシーンを撮って、みんなで楽しもうっていう・・・」
「悪趣味な・・・・」
「仕方ないかもなあ、都筑可愛いし」
「それは黒崎君や閂さんも加わっているんですか?」
「もち」
巽は眼鏡の縁を押さえて息を吐く。
「・・・・なんでアンタがそんなことを私に言うんです? あなたも参加してるんでしょう?」
「まあな。一応形だけ。でもよく考えたら都筑が可哀想やないか、昨日一晩考えて・・・・おまえに打ち明けたんや」
巽は目を細めて胡散臭そうに見つめる。
「・・・・・・」
「あ、その目信じてないな! ホントの話なのになあ・・・・・明日になって慌てたって知らんで」


そして翌朝、朝礼のために部屋に入った巽の目に止まった物は各職員の机の上にある各種のカメラ・・・・・それはデジカメだったり、カメラ付き携帯だったり・・・・そしてそれをそっと隠す様なしぐさをする。さりげなく亘理を見ると・・・な、言った通りやろ?・・・とウィンクをして・・・・そして今に至るのだった。

「巽ー! どうしたの?」
コップを持っていったまま帰ってこない巽を不思議がった都筑の声で我に返る。
「あ、すみません、今持っていきます」
そう返事をして、また溜息をついた。
とにかく都筑の写真を撮らせる訳にはいかない、それだけだ。それも都筑に気付かれないように・・・・。




「なーんか変だよね?」
お昼、食事をとった後、中庭へ行ってくるという都筑に巽は付いてきた。いつもなら・・・・どうせ昼寝をするのでしょう・・・・と、放ったらかしにされるのに。
芝生の上に寝ころんだ都筑は青空に浮かんだ雲を眺めて呟いた。
「何がです?」
都筑の側に腰を下ろしながら、周囲に気を配る・・・・さっきも廊下の隅で潜んでいた職員を影で捉えて放り出したところだ。どうやら亘理の話は本当らしい・・・・既に朝から何人もの職員のカメラを破壊して回っっていた。もちろん都筑は何も気付いていない。
「だって・・・・今日・・・・巽ってば、優しいしさ」
特別に優しくしている自覚はないが、側を離れずに世話を焼いているのが都筑にはそう取れるらしい。
「なんかあった?」
寝ころんだまま隣の巽を見上げる。
「別に・・・・思い過ごしでしょう? 私はいつもと変わりませんよ」
そう言った時、後ろの方で、微かにジーッという音がした。
・・・・・ちっ、馬鹿が!・・・・
後ろに回した手をすっと動かして、木の影にとけ込んでいる自分の影を伸ばす。
「そうかなあ〜」
「そうですよ、私もたまにのんびりしたいことがあります」
そう会話しつつも、そっと影は伸びていき・・・・・やがて、わっと言う小さな声が聞こえたがすぐに静寂が戻る。どうやら寺杣だったようだ・・・・。
「まあ、巽は普段働き過ぎなんだよ」
そう言って目を瞑る・・・・・もっとゆっくりした方がいいんだけどね・・・・と、言いながらやがて眠りに落ちていった。
「・・・・・やれやれ、のんきなものですね・・・」
そう呟いて、周囲の気配を探る・・・・どうやら今はいないようだ。
まったくとんでもないイベントだと首を回す。おかげで仕事が全然はかどらない。
いっそ早引きして、明日も休みを取ろうかと思ってしまう・・・・勿論都筑を連れてだが・・・・。

「う〜ん・・・・」
寝入っている都筑が寝言を言い出す。
「もう食べられない・・・・・」
あれだけ食べてまだ食べる夢を見ているのか・・・・呆れながら都筑の寝顔を見つめた。
綺麗な顔をしていると思う。時には可愛くなるし時には・・・・くるくると表情が豊かなその顔が
元々年齢よりも若く見える都筑だが(百を超えている方の年齢ではない)、寝顔はその神秘的な瞳が隠されるためか、よりいっそう幼く見えて・・・。


風がさーっと吹いた。
木陰で受けるそれはとても気持ちがいい・・・・巽は都筑から目が離せなかった。
都筑の前髪が揺れる・・・・・・。
巽は本当に引き寄せられるように・・・・・そっと顔を寄せた。
額にそっと口づけを落とす・・・
・・・そして鼻の頭・・・・・・
・・・起きないことを確認して、薄く開いた唇に触れた・・・・・・・。


もうそろそろ部屋に戻らないといけない・・・と思っていた頃に、ひょっこり亘理が顔を出した。
「なんやこんなところにおったんか、もうすぐ昼休み終わるで」
「・・・・ちょっと一休みですよ・・・・・・しかし、不本意ながらあなたの言ったことは正しかったようですね、馬鹿な鼠がうろちょろしていますし・・・・」
「ああ、みんな悔しがっていたわ、中にはこれのためにその手の携帯買ったモンもおったみたいやで」
「・・・・・まったく呆れてものが言えませんね」
「まあ、それだけ都筑が人気あるっていうわけやし」
「・・・・・困ったもんです・・・・」
「・・・・あれっ、亘理?」
2人の話し声にぼんやりと都筑は目を開けた。
「よう」
「そろそろ戻りますよ」
「うん・・・・・ねえ、亘理なんか、今日みんないないよね?」
「そうかあ?」
「ボードには別に今出張に出ている奴らっていないのに、見かけないよね」
「俺は会うけど?」
「ふ〜ん・・・・ま、いいか」
のんきな言葉とあくびをする様に亘理と巽は目を合わせて微笑んだ。
よっと、というかけ声と共に都筑が起きあがる。
「じゃ、また後でな」
「うん!」
ほら、早く行きますよ、と巽に半分引っ張られるように建物の中に入っていく都筑を見送りながら・・・・・・亘理はにやりと笑った。
「ま、せいぜい頑張ってな」
そしてポケットの中の小さな機械を取り出した・・・・。




はあ〜っっと、巽は机の上に突っ伏した。
もういい加減にして欲しい、諦めるという言葉を知らないのか!と怒鳴りたくなる。結局お昼に中庭から戻ってくる間でも何人のカメラを昇天させたことか・・・・そんなにして欲しいのか・・・・と、顔を上げる。
と、アイスティーを飲んでいる都筑と目が合った。
・・・・・・欲しいのかも知れない。
「大丈夫? なんか疲れてるよねえ?」
「・・・・・ええ、ちょっとね・・・・・」
そう言うと体を起こして窓の外を見た。
ふと向かいの建物から感じる気配・・・・・密ものだ・・・・・巽が立ち上がった。
何かが切れたような気がした。
いきなりカーテンをシャーっと閉める。しっかり影で補強することを忘れない。
「た、巽・・・?」
突然薄暗くなった部屋に都筑が戸惑いの声を上げた。
すたすたとドアの方へ行くと結界をはる。
「巽?・・・・あの・・・・」
「・・・・・今日は早引きをしましょう、もう仕事になりませんからね」
「え、そんなに悪いの?」
「ええ、疲れ果てていますから・・・・・」
そう言いながら都筑の隣に座り込む。
「じゃあ、少し休まないとね」
ぽんぽんと、自分の膝の上を都筑が叩く。
「・・・・・・都筑さん」
「いーよ、此処に頭のっけてさ。巽今日変だもん・・・・休まないと」
・・・・・原因はあなたなんですが・・・・と言いたいのを飲み込む。
「ありがとうございます・・・・・でもその前に・・・・・」
巽の手が肩に置かれたと思うと、ぎゅっと引き寄せられ・・・・・
「ちょっと・・・・・んっ・・・・・」
いつもよりも激しいキスを受ける・・・・・それに賢明に応えている間に、すっかりソファに寝かされてしまった。
「た、たつみ・・・・・まさか・・・」
「ちょっとだけ・・・」
「え?・・・・・あっ、だって・・・ちょっと・・・巽疲れているって・・・・やっ」
「疲れているからですよ・・・・・後はちゃんと面倒見ますから・・・・・」
・・・・・・・・
・・・・・・・・


しばらく課長室の扉は開かなかった・・・・・・。




さて・・・・・

「わああ、ちょっと巽それはいかんやろ・・・・・」
PCの画面を見ながら、亘理は呆れたように笑う。
「ああ、でも惜しかったなあ〜ちょっと角度が悪かったか? まさか此処でおっぱじめるとは思いもせんかったしなあ〜。・・・・相当ストレス溜まっとんたんやな・・・・」
音が入っていないのがいいのか悪いのか、時々見える都筑の足にドキドキしながら、もう一つのPCの方で今日の成果を整理する。
マウスを操作して出てきたのは・・・・・昼休み、木陰にいた2人の姿だった。
「いやあ、こんなに上手くいくとはな・・・・」

自分でもびっくりだった。
巽言ったことは嘘ではない・・・・・しかし本当でもなかった。被写体は巽も含まれていたのだ。つまり2人のラブラブ写真を撮るコンテスト。
召還課のメンバーと始めたそれは題して「激写! バカップル!」。
巽が聞いたら瞬殺されそうなこのコンテストに、亘理は褒美として優勝者のお望みの薬を作る権利を与えることになっていた。
褒美として弱いか・・・と思っていたが、結構な反応。何を望んでいるかは知らないが密まで参加してくれて。でもそのまんまでは面白くない。そこで亘理は嘘の情報を混ぜて告げたのだった。
そうすれば巽は必ず都筑のボディーガードに回る。鈍い都筑と違い巽は敏感だ、ことごとく通常の盗撮は排除してくれて・・・・亘理はにんまりする。
「やっぱ俺って天才〜!」
机の上の小さなメカをそっと撫でる。撮る時のシャッター音も出ない、光の具合も自動で調整する優れもの。まして今回情報を流したことにより、巽は完全に油断していた、もう撮り放題だった。
「へへーん、巽、日頃の恨みや」
同時に他の者の優勝も阻止出来て何よりだ。疲れ果てた巽はたぶん明日は登庁してこない、都筑もだ。実質の勝負は今日だったのだ。
「さてと・・・・後はこれを上手く修正して・・・・サイトで発表! 一人勝ちや!」
勝利の感動に浸る・・・・いつもやられてばっかりじゃ割に合わない!
笑いが止まらない亘理だった・・・・。


そして・・・・・


「た、つみ・・・・? どうしたの?」
汗で濡れた前髪をそっと梳かれながら都筑が何かを考え込んでいる巽を見上げた。
「いえ・・・・・何か引っかかるような・・・・・」
「何が?」
「いえ・・・・・」
そう言いながらもまだ、う〜ん、と考え込む巽。
都筑は首を傾げて・・・・・・・・その頬にキスをした。


今日も平和な召還課・・・・・・?

2003・8・1
M・hinase