一緒に住むようになって2ヶ月が過ぎた。
仕事の種類が違うから、いつも同じ時間に帰れるとは限らないけれど、それでもなるべく時間を合わせて、時には相手を待って一緒に帰る。
道々で話すたわいのない会話・・・世の中のことだったり、庁内で流れる面白い噂だったり、地上ではやっている事柄だったり・・・・そんな事を互いに話しながら夕食をとり、くつろいで、そしてキス・・・・・。
寝る前にそっと頭に置いた手で少しだけ引き寄せて・・・・与えられる甘い甘い熱。それはとっても素敵な物・・・・・・。


「なんだかなあ」
都筑は廊下の窓にもたれて空を見上げた。
「どうしてあんなに鈍感なんだろう・・・・」
溜息が出る。
最初はあの手この手と面白がってドキドキしていたけど・・・・段々なんか自分が哀しくなってきた。
そんなことを考える自分はおかしいのかな・・・とまで思って。
でも普通だよね・・・・そう思い直して・・・・・。

そう・・・・彼ら、巽と都筑は既に一緒に暮らし始めて2ヶ月あまり。
過去のすれ違いからすったもんだして、ようやく、本当にようやくまた新たなスタート地点へと立つことが出来た。
きっとこれからも色々あるに違いないけれど、それでも今度こそ2人で歩めると・・・・思っていた。勿論その思いは今も変わらない。
しかし、都筑はこのところある悩みが頭から離れなかった・・・・・それは・・・

『キスよりも先に進めない!』

ということ。
キスはくれる・・・・優しいキス。
でも・・・・・いつもそこまで・・・。
何度か雰囲気的に・・・・・と思っても、すーっと身体を離していく巽に、最近は寂しささえも感じていた。自分に問題があるのか・・・・・とまで考えて。



「つーづき! なに景気の悪い顏してるねん! この幸せ者が! 巽は一緒やないんか?」
廊下の端から大きな声をかけてきた亘理の方を向く。
「あんまり大きな声で言うなよ、此処はあんまり人がいないからいいけどさ・・・・」
「なんで?」
「巽が公私混同することは嫌うだろ? 此処にいる間は同僚として・・・・と言われてるんだから」
「公私混同ねえ・・・・」
亘理は半分呆れた様に笑った。
自分たちのことは見えにくいのだろうと思っていたが、かなりの重症や・・・・と思う。召還課の部屋で彼らのことを知らない者は誰1人おらず、また2人が醸し出すあの、何とも言えないピンクの世界(端から見ればそう見える)を作り上げていることにまったく気付かないままだとは。
「で、その幸せ者が何、溜息ついてるねん?」
「・・・・・なあ、亘理・・・・・・俺って何か変かなあ」
「は?」
都筑の顔をまじまじと見てしまう。
「色気とか・・・・そんなのないかなあ」
「は?」
・・・・色気?
「いやあ・・・・・・あるんやないかなあ〜少なくとも俺らよりかはずっと・・・・」
じーっと見てくる都筑の視線に耐えかねて、亘理が答える。
「なんでそんなこと聞くんや?」
「・・・・・別に・・・・」
「おいおい、それはないやろ? 巽となんぞあったんか?」
「別に! 何もないよ」
急に語気が荒くなる都筑を見つめた・・・なんや、こいつ・・・・あ!・・・・・・ぽんと亘理が手を打った。
「何?」
「おまえら・・・・・・もしかして・・・・まだ?」
その言葉に、ぱぱぱっと都筑の顔が赤くなる。
「なっ・・・・何言って・・・・」
「図星かい・・・・・・そりゃあまあ何とも・・・・・」
「べ、別にいいだろう、あっちいけよ!」
「まあまあ、別に恥ずかしがることやないやん」
「恥ずかしがることだろう!何言ってんだよ!」
「ほらほら、そんなにぎすぎすしない・・・・あれ?」
「な、何だよ」
「・・・・・・・・でも・・・・あれ?・・・・・おまえ達初めてやない・・・・よな?」
都筑の顔がもっと赤くなる。
「前コンビ組んで時だって、きっと・・・・あ、おい何処行くねん、都筑ー!」
亘理が言い終わらないうちに都筑はかけだしてしまった。
「行ってしもうた・・・・・・いやあ、そりゃ、まあ・・・・・・・大変やな」
端が介入してもややこしくなるのはこの2人の常だということは十分に分かっている、よって特に何もする気はないが・・・・。
「まあ焦らんと時間の問題やで・・・・都筑」
きっと・・・・・な、もう姿が消えた廊下の端を見ながら、亘理は微笑んだ。




「どうしたんです? 味、気に入りませんか?」
いつもより黙りがちの都筑に巽が声をかけた。
「ううん、美味しいよ」
「・・・・ならいいんですけど・・・・」
「ごめんね、ホント! 何かぼーっとしちゃって」
「それはいつものことですけどね」
「・・・・・・」
少しムッとして、箸を進める。その様子に微笑んで巽も食事を進めた。


食事が終わって・・・・巽は片づけをしている間、都筑はリビングのソファに座り込む。そっとズボンのポケットから小瓶を取り出す。今日家に帰る前に前からチェックしていたお店に寄って買ってきたもの。かなり高かったのが痛かったけど・・・・。
ふと巽を振り返って、気付かれないようにして手のひらに少し液を落とす。そしてそれを耳の後ろに少しだけつけた・・・・・途端にぱ〜っと香りが身体を包んだ。
「・・・・・効くのかな・・・?」
お店の人とのやりとりを思い出す。
恋人と過ごすのならこれがお勧めですよ・・・・と出された小瓶。ラベルには『スペインジャスミン』と記されてあって・・・。
花言葉のことも言っていたよな・・・・・と店員の台詞を思いだし、もう少しだけ出してみる。
・・・・・こんなにまでしても・・・・無駄かも知れないし・・・・
そして買ってきた紅茶もジャスミンにして・・・。



それを気にし始めてから、色んな手を使った。
そういう物がテーマになっている雑誌をさりげなく目に付くところに置いてみたり、ワザと薄着でじゃれついたり・・・・でも雑誌は同じ号に浮気特集があったため、逆に問いつめられる事になったり、じゃれついても、仕方ないですね・・・・とキスだけで・・・・此処まで来ると、なんかもうこの先へは進まない!と固い決意があるように思えてしまう。
それかただの鈍感か・・・・・。

でも初めてではないのだ。
亘理が言うようにずっと以前・・・・・あのすさんでいた頃に身体を重ねたことがある・・・・・でもそれは恋人の甘い物ではなくて・・・・・辛く悲しい癒し・・・だった。
だからこそ、今確かめたい物があると思っているのだが・・・・。
そんなことを考えながら・・・・また耳の後ろにつけた。




「そんなに付けるもんじゃないですよ?」
「わあああ」
背後からかけられた言葉に都筑は椅子の上で飛び上がってしまった。
「た、たつみ・・・・いつの間に」
「いつの間にって・・・・・ぶつぶつ言いながら香りを漂わせていますからねえ・・・・って、これですか?」
驚いたことでカーペットに落とした小瓶を取り上げる。
「わ、ダメ!ダメだよ!」
慌てて、都筑が巽からとろうとする。
ふたは閉めていたため瓶からはこぼれ落ちなかったが、都筑が動くたびに何とも言えない香りが部屋中に充満する。
「ちょっと・・・・・スペインジャスミン?・・・・買ったんですか?」
片手で暴れる都筑を制しておいて小瓶を高く掲げる。
「返してよ! 巽!」
「今日おかしいのはこのせい?」
「違うよ、たまたまこれは目について・・・・・」
「ほう?」
「なんだよ、ホントだってば! もういいだろう返してよ!」
「はい、どうぞ」
ふっと息を吐いて、巽は小瓶を都筑に渡した。

そして横に座る。
「言いたいこと・・・・あるんでしょう?」
「え?」
「言っておきますが・・・・鈍感な訳ではありませんよ。・・・普段つけない香りを付けてみたり・・・・雑誌を読むようにワザと目に付くところに置いていたり・・・・」
「巽・・・・・気付いていたの?」
誰でも気付きますよ・・・・という言葉は言わなかった。ここ最近の都筑の様子がおかしいことはとうに気付いていたから・・・・・そして何に対して・・・・かも。
「ならどうして・・・・・どうしてなんだよ!」
「・・・・都筑さん」
「俺、何か変? おかしい? 」
「何言ってるんです!」
「だって・・・・」
泣きそうに俯く都筑をそっと上に向かせた・・・・・・巽が少しだけ微笑む。
「・・・・・・・・そんなに気にしているとは思いませんでした」
「巽・・・・どうして・・・」
「私だって花言葉ぐらい知っていますよ」
「え? そうなの・・・・・」
「謝らないといけませんね。そんなに悩んでいたなんて・・・・でも当然ですね、すみません。」
「巽・・・・・じゃあ、どうして? なんで・・・・」
「昔・・・・」
そう言い始めてそっと都筑を抱き寄せた。

「昔・・・・あなたとそういう関係になった時、あなたは泣いてばかりだった。そして私はそれを慰める様にあなたを・・・・でもそれはあなたに負担を与えるばかりで・・・・あの時のこと反省ばかりなんですよ・・・・・今もね」
巽が悲しそうに微笑む。
「あれは!・・・あの時は俺があんなんだったから・・・・でも今は!」
「ええ、そうなんです、あのころよりはるかに安定してるあなただということは分かっているんです。でも・・・・どうしてもそれが頭をよぎって・・・・共に暮らすことを決めた時から考えてはいたのですけど・・・・。でも・・・・まさかあなたに聞く訳にはいかないでしょう? 何回かそんな風になりかけたこともありましたが・・・どうしても迷いが先に立って・・・・またあなたに負担ばかりかけそうで・・・・・それに今度はもうこんな状況です、私自身歯止めがきかないかもしれないし・・・・・」
「巽! 俺、ずっと、ずっと思ってた。それにあの頃だって俺自身は別に負担なんかじゃ・・・・・」
ぎゅっと巽は都筑を抱きしめた。
触れあいたい、出来れば溶け合いたいほどに・・・・・・・・・・もう昔の2人ではないのだから。



「香り・・・・・強いですね」
誘われるような・・・・・香り。
「つけ・・・・過ぎだよね・・・・?」
照れくさそうに都筑が呟く。
「いいんじゃないですか? それぐらいがいいかも知れませんよ? それよりも・・・・・いいんですか、本当に・・・」
花言葉のままに・・・・・
「うん・・・・・・いい。俺もずっと望んでいたことだから・・・・」
そうやって抱きついてくる都筑の身体をそっと撫でると、ビクッと震えるのが伝わってくる。
それは巽の身体の中にも熱をともす。
都筑の肩を抱きしめながら、そっと立ち上がるように促す。
「やっぱりベッドへ・・・・ね?」
「巽・・・・・」
願っていたのに・・・・何かとても恥ずかしい。
「あの・・・・お風呂・・・」
「あとで・・・ね、その時も香りに包まれましょうか」
浴槽に香りを浮かべて・・・・・・
「・・・あ、あの・・・・巽なんかすごくやらしい・・・・」
都筑は小さく呟く。
寝室の扉を開けた巽が振り返る。
「おや? あんな官能的な花言葉を持つ物を身体に振りまいていた人に言われたくないですねえ?」
「////////」
「ジャスミンティーもそのつもりだったのでしょう・・・・?」
「////////」
真っ赤になって黙り込んだ都筑を引き寄せて、キスを落とした・・・・それは始まりの合図だった。










スペインジャスミン・・・・・花言葉は「快楽・肉欲」。
この夜、全面的に許可の下りた巽が都筑を啼かせ続けたのは言うまでもなく・・・・・・。

翌日ベッドから起きあがれなかった都筑は
『前言撤回!』
と、心に誓ったとか誓わないとか・・・・・・でもそれはまた別のお話。

2003・7・30
M・Hinase