Smile

なんとなく気が重い。
シャツに腕を通しながら鏡を見た。
いつもより少しだけ顔色が悪いだろうか・・・・。



昨日はあまり寝付けなかった・・・・今朝も早くから目が覚めて、ぼんやり天井を見つめたり、明るくなっていく窓を見たり。
気持ちが重くなる原因は分かっているけど、考えたくないから考えない。
考えたって仕方ないし。
本当は休みたい気もする。
でも・・・・一人で家にいたって、きっと考えてしまう。
忘れてはいけない事
忘れられない事・・・・・
そして辿り着く所の事を。

せめて人の声が聞こえる所に行かないと
嘘でも笑える所に行かないと・・・・・・



この日が来たって、何がどう変わるわけではない。
数える年が増えるだけ。
いつまで数えるのか分からない。
自分では決められない・・・。

ネクタイを首に掛ける。
髪に手をあてて、はねを押さえた。



時計を見る。
いつもよりもまだ1時間も早くて・・・。
遅刻ぎりぎりが普通なのに、今日だけ早く行くのはやっぱりまずいよね・・・・
何処かで時間をつぶそうか・・・・・
いつもなら布団にくるまって眠り続けてるのに、やっぱりおかしい。
特に今日は月曜日なのに・・・・。



昨夜の残りを少しだけつまむ。
全然足りないけれど、きっと午前中のおやつで、いつもよりも少しだけボリュームのある菓子にありつけるはずだし、大丈夫だろう。


靴を履きながら部屋を振り返る。
今夜だけは夜、戻りたくない・・・・
今日は仕事が終わったら亘理達が飲みに連れて行ってくれるって言ってた。
きっと誰かが側にいてくれるはずだ。
願う人はいるけれど、そんな事は期待しない・・・。

少しだけ溜息をついてノブを握った。
冷たい空気が流れ込んだ・・・・。





「ようやく出てきましたね。」
ドアを開けた瞬間、かけられた声に都筑は驚いてあたりを見渡した。
「巽・・・・?」
少し離れた壁にもたれかかっている巽が目に入る。
「他の誰に見えるんですか・・・・まったく出てくるまでにどれだけ時間を費やせば済むんです?」
「え・・・あの・・・」
「起きた気配があったから待ってみれば・・・」
と、腕時計を見る。
「ゆうに1時間はかかっているじゃないですか、たいした用意もしないのだから、もう少し早くできるはずなのに・・・」
「えっと・・・」
まだ状況が理解出来ない都筑は目をぱちくりさせるだけ。
いつから此処にいたの・・・・
どうして此処に・・・・
聞きたい事が空回りして。
「ほら、寝癖とかはちゃんとしなさいっていつも言っているでしょう?」
そう言いつつ、都筑の髪を手櫛で整える。
さっき自分でやったのだけど・・・と都筑は間近にある巽の顔を見つめる。
触られた所が温かい・・・・そっと柔らかくとかれる感触が嬉しい。

「食事は?」
「あ、少しだけ・・・」
「ということは、ちゃんととってないですね。」
仕方ないですね、とスーツの襟に巽の手がかかる。
何も言わずに服装のチェックをしていくのはいつもの事だけど・・・・でも今日は一段と優しく感じて。
このまま何も聞かずに甘えても良いのだろうか・・・。

「そうですね・・・・・このまま少し早めに登庁しましょう。こんなこともあるんじゃないかとお昼を多めに作ってきたので、それを朝食にまわします。」
「・・・・・」
「なんです?」
黙って巽を見つめる都筑に気づく。
「・・・・・よくわかったね、俺が出る時間。」
その言葉に巽が少しだけ微笑む。
「・・・・・何年過ごしてきたと思っているんですか、2,3年のつき合いじゃないでしょう? あなたの単純な行動ぐらい読めますよ。」
「単純って・・・」
「ほらそんな事よりも、早く行きましょう。」
まだ何か言いたそうな都筑の背中を軽く押す。
「今日はあなたの好きな飲み会もあるんでしょう。それを励みにちゃんと働きなさい。」
「・・・・・うん。」
なにかよく分からない答えではぐらかされた気がしないでもないが・・・・と都筑は首を傾げながらも、巽と共に歩き出した。




「今夜はうちにいらっしゃい。」
しばらく沈黙が続いた後、不意に発せられた言葉に都筑は顔を上げる。
真っ直ぐ前を向いたままの巽の横顔を見る。
「え・・・・・でも、いいの?」
いつもなら平日に呼ばれるとは滅多にないのに・・・。
その問いは、そっと触れた手を握りかえされた事で、返された。
「・・・・・うん。」
短く答える。
そして・・・・手を強く握った。





どんなに時が流れても、心にわだかまる思い、そして記憶・・・・
それらはきっとこれからも消えはしない。
でも一人でないなら・・・・きっと。
共に歩いてくれるのなら・・・・きっと。


都筑はそっと目を伏せる。
何故か涙が零れそうになって・・・・・微笑んだ。


★結局甘いんじゃん・・・

2003・2・24
M・Hinase