| お昼休みも終わろうという午後、渡り廊下を歩いていた都筑は中庭を見ていた。 春の花が終わり、紫陽花の花々が昨夜の雨で埃を払われてキラキラ輝いていていた。 紫陽花は土壌の性質でその色を変えるという説がある。それにより赤みがかったり、青になったりするとか・・・・詳しいことは都筑も知らない。 でも1つの木に青い色の花と紫の花が咲いている様を見るのが好きで、心地よくて・・・・窓枠に腕を乗せ紫陽花の作り出す模様を眺めていた。 ・・・・ん?・・・・ 中庭の隅、花壇になっている所に人影を見た。どうやら2人・・・・男女のようだ ・・・・中庭でデートか・・・え? あれは・・・・ 顔は見えないが見慣れたスーツの後ろ姿・・・・・巽だった。 女性の方は知らない。たぶん何処かの課の職員だろう。何かの包みを持ちながら一生懸命に俯きながらも話していた。男性は・・・・巽だが、彼もそんな彼女の話を聞いてあげているようで、時々相づちを打っているのが分かった。 都筑は何とも言えない気持ちになってきた。でもどうしても目が離せない。 女性が包みを差し出した。巽が少し間をおいてそれを受け取る。 そして一言二言言葉を交わすと、女性は走り去って・・・・。その場にはそれを見送る巽がいた。 その表情までは分からないが、いつまでもその子が走り去った方向を見ていた。 ・・・・ちょっと、なんだよ!・・・・ 胸の中でざわめきが起こる。 明らかに何かの贈り物をされていた。しかもそれを受け取って・・・・姿をいつまでも見つめて。 「何やってんだよ」 小さく呟く。 都筑は顔をこわばらせながら、その場を離れた・・・。 とんとん。 いつもよりも15分も遅れてノックの音がした。 「どうぞ」 巽がそう答えると同時にゆっくりと扉が開く。 もそっと、都筑が顔を出した。 カップにお湯を入れていた巽はなかなかドアの音が閉まる音がしないのに振り返った。 「・・・・・どうしたんです?」 「・・・・ううん、何も」 そう答えながらドアを閉める。そしていつものようにソファに座り込んだ。 その様子を見ながら、巽は少しだけ首を傾げる。 元気がないように見えるが・・・・気のせいだろうか。 「遅かったですね」 「・・・・・え?」 ぼんやりと紅茶を飲みながら一緒に出されたクッキーを眺めていた都筑は巽の呼びかけに顔を上げた。 「あ、何?」 「今日は来るのが遅かったですね、って言ったんですが」 「あ・・・・そう?」 時計を見上げ都筑が答えた。 「・・・・・何かあったんですか?」 少しだけ心配そうに巽が眉を寄せた。 「え? なんで? 別に何でもないけど・・・」 「そうですか? なんか変ですよ」 「だから気のせいだよ。あ、このクッキー美味しそうだね」 見つめてくる視線に耐えかねて都筑が話を振った。白い丸いお皿にのせられた一目で手作りと分かるそれに・・・・けれど・・・それはたぶん・・・・・。 「巽が焼いたの?」 1枚をつまみながら、微笑んだ。 「・・・・ああ、それはいただき物ですよ」 「へえ〜・・・・・あ、少し甘すぎ?」 口の中に広がるチョコ風味の味が、何故だろう今日は美味しくない。 「そうですか? 確かに少し甘過ぎる気もしましたが・・・・私が焼くのもこれぐらいの甘さでしょう?」 「えーそうかな」 「そうですよ、甘い物好きの人に合わせてあるんですから」 「う〜ん・・・・」 都筑は紅茶に口を付ける。口の中に残る甘さが何となく嫌だ。 巽が焼いてくれるものとは全然違う。確かに都筑は甘いものが好きだが、こんな甘さは苦手だ・・・たとえ同じだろうと言われても自分にはそう感じられなくて・・・。 紅茶をすすりながら、部屋を見渡す。 すると奥のテーブル、いつも巽がお茶の用意をしてくれるテーブルの上にさっき見かけた包みがあった。 それを見た瞬間何かイライラしてきた。 「ごちそうさま」 パンと手を合わせて都筑が立ち上がる。 「え?」 「何?」 驚いたように都筑を見上げてくる巽を見下ろす。 「何って・・・・まだ来てから5分も経っていないじゃないですか?」 「・・・今日はもういいや。ありがと」 「都筑さん?」 にこっと笑ってドアの方へ向かう都筑の腕を巽が慌てて捕らえた。 「ちょっと待ちなさい」 「なんだよ」 「どうしたんですか、何怒ってるんです」 「別に何も怒ってないよ、何さっきから変なことばっかり・・・」 「変なのはあなたでしょう、どうしたんですか」 「だから・・・・何でもないって! 離してよ」 「いいえ、何か言いたいことがあるんじゃないですか?」 「何もないってば!」 がっと、巽の腕を振り払った。 「ごめん・・・・なんか、ほら、意味もなくイライラすることってあるじゃん、そういうのなんだよ」 「でも・・・」 「本当にごめん、何もないから、大丈夫だから!」 「都筑さん!」 そう言うと都筑は飛び出していった・・・・。 残された巽は、テーブルの上の食べかけのクッキーと空の紅茶のカップを見つめた。 何かがおかしい、明らかに何かに腹を立ている・・・・・でも都筑が何にそんなに怒っているのか皆目見当の付かない巽だった。 「最悪・・・・」 飲みかけのペットボトルを抱えて、都筑は公園のベンチに座り込んでいた。 目の前の大きな時計は8時を指している。 いくら日が長いとはいえ、もう空には星が瞬き始めていた・・・・公園には他に誰もいない。 「なんだかな〜」 おやつの時、あれ以上あそこにいると何を言い出すか分からなくなって飛び出してしまった・・・まるで子供のようだ・・・・大きく溜息をつく。 別に巽が浮気をしたわけではない、女の子から手作りの菓子をもらっただけだ。それもそれは都筑のおやつへと回ってきた。 見方によれば酷いかもしれないけれど、経済的なことを優先する巽なのだから、どうせ貰った時点で『今日のおやつ代が浮きました』ぐらいに思ったんだろう。 それは充分分かっている、分かっているのだ。 でも・・・・・頭で分かっていても心がついて行かなかった。 いかにも女の子らしい可愛い包み。 手作りと分かる不揃いの形・・・・でもそれだからこそ巽に対するあの子の想いが伝わってくるようで・・・たまらなかった。 何も巽は悪くないのに・・・・・定時になって慌てて飛び出してきた。 帰ることを伝えずに出てきたため、きっと昼間のことも重ねて、『もう何もない』では済まない状況にはなっているだろうな・・・それを考えると気が重かった。 ・・・・・・やはりあそこは我慢して、おやつを食するべきだったのだろう。 「あ〜あ・・・・」 どうすればいいんだろう・・・・・この明らかに嫉妬と分かる感情を持った自分が嫌で、そしてそれをどう処理していいか分からない自分がいて・・・・。 「どうしよう・・・・」 お腹が空いてきた・・・・・こんな気持ちでも空腹を覚えるなんて、笑っちゃいそうだ。 本当なら週末の夜、巽の家で夕飯を食べていたのに・・・・。 今更家に行けるわけもなく、都筑は星空を見上げた。 「どうして・・・・・・なんだろうなあ・・・・・・」 ぽつりと呟く。 可愛い女の子だったら・・・・・何も悩まないで済むのかもしれない・・・・ そんなことまで考えて、少しだけ笑った。 RRRRRR・・・ 応答のない呼び出し音だけが響く。 巽は受話器を置いた。戻ってから料理をする合間に電話をかけ続けていた。 ・・・・どうしたんでしょうねえ・・・・ 昼間、おやつの時に既におかしかった言動を思い出す。部屋に入ってきた時から何か考え込んでいる風で・・・・。 けれどさっきから考えているが何も思い当たらない、朝にはいつも通り『今日はごちそうになるねv』と笑っていたのに・・・・。 あれ以後、昼過ぎまでの所で何かあったと思うべきだろう。でも分からない。 ただ何となく、これは勘だが・・・・・悪い夢にうなされているとか、眠れない・・・・とかそういう類のものでないような気はする。もうつき合って長い、都筑のそういった変化は誰よりも早く気づく自信があった。その点はいいのだが・・・・・現に、都筑は何かに戸惑って、悩んでいる・・・・だから今もこうやって巽の家にも来ないのだろう。 「困りましたね・・・」 時計を見上げる・・・8時半。 何処で何をしているのか・・・・・こう連絡の付かないままではどうしようもなかった。夕方も話をしようとしたら速攻で帰られてしまって・・・・。 はあ・・・、巽はもう一度大きな溜息をつくと、テーブルの上に並んだ料理を眺めた。 その時電話が鳴る。 はっと、巽は慌てて受話器を取った。 「都筑さん?!」 「・・・・」 「都筑さんでしょう? 今どこにいるんですか! 都筑さん!」 「・・・・・・ちょっと・・・・電話口で大きな声だすのやめ」 「え?・・・・・亘理・・・・さん?」 「そうや・・・・・ああ、鼓膜が破れるかと思ったわ」 途端に取り乱した自分が恥ずかしくて、声の調子を整える。 「なんです、今頃、何か用ですか?」 「・・・・・うわ、すごい態度の変化」 亘理が笑うのが分かった。 「亘理さん、今手が離せないんです、用がないなら・・・」 「アホ、あるからかけとるんや」 「だから何です、手短に・・・」 「お宅のお子さん、公園のベンチで眠りこけとるで」 「え?」 「聞こえんかったか? だーれもおらん公園で、一人ベンチで寝てるんですけど?」 「・・・・都筑さんですか?」 「他に誰がおるんや・・・」 公園に・・・・・? 定時で飛び出しだしてから、ずっとそこにいたのだろうか・・・。 「どこです、そこの場所を教えてください」 「わかった、わかったからそんなに叫ぶなって・・・・まったくおまえら、手がかかる・・・・あのな、ここは・・・」 亘理から場所を聞くと同時に、巽は外へと飛び出してしていった。 ふわふわした感じが気持ちがいい・・・・ 柔らかな、そして温かいものに頭を撫でられて・・・・・。 ゆっくりと目を開けると、撫でられていた動きが止まった。 「・・・・・・」 「起きましたか?」 この声は・・・・巽! ガバッと都筑が半身を起こす。 公園にいたはずなのに、此処は巽の家で、ベッドの上で、そして側には巽がいて・・・。 「お、俺・・・」 「公園のベンチは流石に堅いでしょう?」 「あ・・・・」 そうだ、確かベンチで・・・・ 「俺、寝てたの・・・?」 「そうみたいですね、亘理さんが見つけて知らせてくれたんですよ」 「亘理?」 「夜になってもあなたは来ないし・・・・心配していたら電話を貰って・・・・此処に運んできたんですよ」 「そ、そうなんだ・・・・・・」 バツが悪い・・・・、都筑は俯いて薄い掛け布団を握りしめた。 その様子を見ながら、巽は亘理のことを考えていた。 買い物ついでに偶然に見かけて・・・・彼はそう言った。 でも、たぶん・・・・彼なりに都筑の様子がおかしいのを気にかけていたのではないだろうか、そう思う、そして都筑を見つけたのだろう。 何も亘理は言わないし、巽もあえて問いはしなかったが・・・そう思った。 「ごめんね」 小さな声が聞こえ、巽は我に返る。 「・・・・・どうしたんですか、今日は・・・」 「うん・・・・」 まだ話しづらいのか俯いたままだ。 「都筑さん・・・」 そう呼びかけながら、ベッドの端に座る。 そっと肩を抱きしめると、素直に身体を寄せてきた。 「まだ話してくれませんか?」 「・・・・・・・・」 「何かあなたの気に障ることをしたんでしょうか?」 都筑の頭を抱き寄せて、顔を髪に埋める。 「・・・・・・・みっともないから」 「え?」 「俺・・・・やきもちやいたから」 「やきもち?・・・・・急がなくていいです、ゆっくり話してください」 ぽつりぽつり・・・・と話し始める内容に巽は何も言わず聞くことにした。 中庭で女性から包みを受け取るのを見たこと その貰ったものがおやつに出てきたこと そしてその味を巽が褒めたということ・・・・・等々。 「褒めてないでしょう、別に・・・」 話し終わって大きく息を吐く都筑に巽は静かに言った。甘さは自分が作るのと一緒とは言ったが特別に褒めた記憶はない。 「でも・・・・美味しいって言った」 どうやら都筑の中で『巽が褒めたことに変換されているらしい』。自分の思いこみのままに記憶を変えてしまう所が都筑には時々あった。 「・・・・・それで怒ってたんですか?」 「別に怒ってたわけではないけど・・・・」 「そうですか? でも此処へ来なかったでしょう?」 「・・・・・・嫉妬しちゃったから・・・・・なんかそんなのが嫌だったし・・・・そしたら・・・・」 そしたらあのベンチから腰を上げる気がしなかった。 今こうやってふわふわのベッドで巽に抱きしめられていると、不思議に気持ちが落ち着く・・・・・さっきまで悩んでいた自分が馬鹿みたいに思えて。 「・・・・すみません・・・・私が無神経だったんですね」 まさか、菓子を貰うところを見られているとは思わなかった。それをそのままおやつに代用したのも迂闊だったかもしれない。確かに告白を伴うものではあったが、いつも答えは決まっている。それ以外のものは持ち合わせてはいない。 「最近忙しくて、ちゃんと手作りのおやつを作れなかったものだから・・・・つい」 つい、心の中で『これで1回浮いた』と思ってしまったのも確かだ。 「ううん、もういい。俺がつまんない事考えたから」 「都筑さん・・・・」 ぎゅっと両手を巽の身体に回す。 そうすると抱きしめ返してくれた。 それだけで、いいと都筑は思った。 ・・・・・・実は最近、女の子達が巽の噂をよくしている所に行き当たることが多かった。みんな一様に『格好いい』『つき合いたい』『彼女がいるのか』・・・・・・・そういう話題がほとんどだった。 巽はもてる・・・・。 普段あの部屋にいる限りには忘れてしまいそうだったが、閻魔庁内でも巽は注目の的だった。 格好良くて、仕事も出来て、料理もうまいと来ている・・・・もてる男の条件を全部兼ね備えていて・・・。だから、そんな話を聞く度に少しずつ少しずつ不安になっていったのだ。 何一つ自慢出来るもののない自分が、巽の側にいてもいいのかと・・・・そう思うまでに。 突然、抱きついて目を閉じていた都筑の身体が傾く。 「え?」 つい声を上げてしまう。 どさっ、と身体がベッドの上に跳ねた。 「巽?」 目を開けると、余裕のない表情で巽の顔が迫っていた。 「都筑さん・・・・いいですか?」 「え? いいって・・・・・あ、あの・・・」 「あなた、可愛すぎます」 「は?」 何それ・・・と言おうとした口は塞がれた。 「んっ・・・・・」 いつもよりも激しい口づけで身体を押さえ込まれる。 口腔を蹂躙していく巽の舌に気を取られていくうちに、あっという間に服をはだけられた。 「はっ・・・・はあ、ちょっと待って、巽・・・・」 ようやく身体を押し上げて唇をはずす。 「何ですか」 何ですかじゃないだろう?・・・そう思ったが息が上がってしまって上手く言えない。 「本当ならあなたに食事をと思ったのですけど・・・・」 先に食べさせてくださいね・・・・と耳元で囁かれた。 いつもの巽なら絶対口にしないような台詞に、目を見張る都筑。 でもしっかりと押さえ込まれた体は動かなくて・・・・。 「あ、あの・・・・・俺、お腹空いて・・・・あっ」 「後でゆっくり食べましょう」 そう言ってもう途中で止める気がないことを巽の手が示している、敏感なところを触られ、握られて身体が跳ねた。 「ちょっと、巽・・・・・やっ、やめ・・・・」 「もうやきもちを焼かないようにしなくてはね・・・」 訳が分かったような、勝手な言い分のような・・・・そんな言葉が投げかけられたが、もう都筑に聞く余裕はなかった。 空腹も感じないほどの快感の渦にあっという間に巻き込まれていった・・・・・。 「それで?」 都筑は亘理の部屋でコーヒーを啜っていた。 あの日のお礼を・・・と思ってやってきたのだ。 「それでって?」 「上手くいったんか?」 相変わらずビーカーでお湯を沸かしながら、都筑の方を見る。 「うん・・・・まあ」 「なんや、頼りない返事やな」 「・・・・・だって・・・」 話しどころではなかった、「やきもちをやいた」という都筑の言葉が引き金になったのか、あの日の巽はすごかった・・・・翌日は休日にもかかわらず、ベッドから一歩も出ることが出来なかったのだ。 でも、まあそれも愛されている・・・という1つの証拠になるのかもしれない。 ずいぶんな結論だと思うが、それもまた事実だろう。 「おーい!」 「あ」 「何ぼーっとしてんねん、まったく・・・・」 「ああ、ごめん。でも本当にあの日助かったよ、ありがと」 「いや、たいしたことはないけど・・・」 その時内線が鳴った。 「ほーい・・・・・あ? ああ、おるで・・・・ちょい待ち」 ほれっと内線が都筑に渡される。 「あ、巽・・・・うん。え? うん、コーヒーもらって・・・・・あ、うん、わかったよ」 ふうっと溜息をつきながら、内線を切る都筑に亘理が笑う。 「帰って来いってってか?」 「あ、うん。急ぎのものがあるからって・・・」 「そうですか・・・・・ま、がんばれや」 「・・・・・うん。じゃあまたね」 仕事に呼び出されたことが不満そうだが、それでも構われるのは嬉しいのだろう。少しだけ笑って部屋を出て行った。 「やきもちか・・・・」 どっちもどっちかと思うけど・・・・と亘理は微笑んだ。 またいつもの時が流れる、彼が笑い、すべてが上手く回って・・・・。 何よりも大切な事だと亘理は、中庭を駆けていく都筑を見ながらコーヒーを飲んだ。 |
2003・6・20
M・Hinase