「Scene」





綺麗だな・・・・と思う。
リズムよくキーの上で弾む指先も、すっと伸びた姿勢も。
スーツ姿がとても綺麗だと思う。
小言を聞くことが多い声だけど・・・とても深みのある声だと思う。
いつまでも見ていたいな、聞いていたいな・・・・いつもそう思っている。
外は雨で・・・・他には誰も残っていない。
2人だけだ。




「都筑さん・・・・?」
ぼんやりと巽を見つめていた都筑は画面から顔を上げた巽と目があった。
「へ?」
「へ?じゃないですよ、手が止まっていますよ。」
「あ、ああごめん、ごめん。」
えへへっと慌ててペンをとって書類に向かう都筑を巽に溜息をつく。
仕事で残業となった巽の帰りを待つと言って、課長室に押しかけてきた都筑に巽はたまっている書類書きを渡し、自分の仕事を続けていた。
でも都筑は10分と続かなくて、顔を上げればぼんやりと窓の外を見たり巽を見つめていた。
「・・・・都筑さん。」
資料をめくりながらペンを走らせる都筑に声をかける。
「なに?」
「・・・まだ少しかかりますよ。先に帰ったら・・・」
「そんなあ、晩飯作ってくれるって言ったじゃん!」
「ですが、まだ時間かかるし・・・あなたも早く帰った方が・・・」
「やだ!」
都筑は少しだけ表情を曇らせる。
「・・・・巽、迷惑? 遅くなって晩飯作るの・・・。」
巽は都筑の表情に戸惑いながら静かに答えた。
「いえ、1人分作るも2人分作るも同じですからね、そんなことはないですよ。・・・ただあなたが・・・」
「大丈夫、ほらっちゃんとやるからさ! ね!」
何が、ねっ! なんだかよく分からないが・・・と、巽はとりあえず画面に目を戻す。
とりあえず仕事を早く終わらせることの方がいいだろう。少しだけひっかかることが無い訳でもなかったが。




都筑は手を止めてそっと巽を見た。少しだけペースアップしたように見える。
仕事を終わらせるために、少しでも早く帰れるように・・・と巽が思っているのは確かだった。
聡い巽のことだ、何か思うことがあったのかもしれない・・・でもそれを口にしないままの巽に安堵すると同時に少しだけ不安になる、我が儘な感情。
なるべく言動に出さないようにしているが、ほんの瞬間に自分の不安定さが出てしまう。
昔からその点には敏感だった巽が気づかない訳はないのだ。
都筑は巽には分からないように小さく息をはいた。




長雨が続いている。
一昨日も、昨日も、そして今日も雨だった。
ここ、2,3日見続ける夢は久しぶりで、その分心に重くのしかかっていた。
もう見ないかと思ったのに・・・・。
幸せを感じると必ず、見る夢。
そして会う人。





何処までも続く闇に一人立っている。
・・・・音も何も無い世界。
不安のあまり右も左も分からないまま歩き出すと、遙か向こうに光の点が見えた。
その方向に歩き出すと、小さいけれど確実にその光は強くなって、身体も心も優しいぬくもりに包まれる様な感触。
少しずつ・・・少しずつ近づいてくる光に手を伸ばした瞬間、右腕を捕まれる。
はっと振り向くとそこにいるのは、自分。
そう、あの幼い自分がいた。
無表情なその顔に足がすくむ。
『何処に行くの?』
『・・・・・』
何も答えられない。答えるとそれ自身を失ってしまいそうで、口に出せない。
『自分だけ行くの? 僕は動けないのに?』
『また失ってしまうかもしれないよ・・・・いいの?』
『・・・・・』
その子が笑う。
『またこっち来る? 前はよく来ていたのに、ちっとも最近来ないね。』
『・・・・もう行かない。』
くすくすとその子が笑う。
『無理だよ、麻斗。』
絶対ね・・・・そして目が覚める。
屋根を打ち付ける雨音・・・・それがその子の駆け足の音ように、そして笑い声のように聞こえて。
膝を抱えて朝を迎える・・・・眠れないままに。





「雨、やみませんね。」
その声に顔を上げるとすぐ側に巽が立っていて、窓の方を見ていた。
横顔が綺麗だな・・・・そう都筑は思う。
「そうだね・・・。」
巽は都筑の書類に目を落とす。
「もういいですよ、帰りましょうか。」
「え? 仕事は?」
あれからまだ10分しか経っていない。
「目途はつきましたから後は来週でも大丈夫でしょう。」
「来週?」
巽の言葉に思わず聞き返す。
「何です?」
「いや、だっていつも仕事持って帰ったりするから・・・その・・・」
「たまには私だって週末は仕事抜きにしたいですからね。」
言外に自分との時間を作ってくれるつもりだと感じた。
「巽。」
・・・・話してみようか、眠れない理由を・・・・夢で会う少年のこと。
昼間とは違う、自分しか見ることの出来ない優しい表情を向けてくれる巽にすがりつきたくなる。

でも・・・・どう話す? その少年は・・・・・・誰でもない自分なのだ。

「・・・・・ううん、何でもない。」
ん? と少しだけ首を傾げる巽に首を横に振った。
巽の目が少しだけ曇る。
ああ、また不安にさせている・・・そう思うと都筑は胸が痛んだ。
そっと巽の手を取って口づけを落とす。
綺麗な指先・・・心の中で”ごめんね”と繰り返す。
そっと頭の上に置かれた巽の手が髪を梳いてくれた。
優しい優しい気持ち。この優しさに溺れれば、全てを託せればどんなにか・・・。


「ねえ、献立は何?」
髪を梳く手が止まる。
「・・・・・あんたね、ムードっていうものがあるでしょうが。」
呆れたように嘆く巽の腰に腕を廻し都筑は見上げた。
「えー? だっておなか空いたもん!」
いつもの会話、いつもの空気、早く自分を満たして欲しい。
「ふう・・・・魚、焼いた方がいいですか、それとも煮た方が?」
再び髪の毛梳き始めた感触に目を細める。
「うーん、焼いたの! 今日はそういう気分かな!」
「はいはい。じゃあ帰りましょう。雨がひどいですからね。」
そう言いながら荷物を取りに離れる・・・ぬくもりが消える。
巽の腕を、都筑は咄嗟に掴んでいた。

「都筑さん?」
夢が重なる。
自分の腕を掴んだ少年はどんな気持ちだったのだろう。
「どうしたんです?」
都筑はその声にはっと手を離した。ひらひらと振る。
「何でもない、何でもない。ほら肌寒いから温かかったなあ〜とか?」
笑いながら腕をさする、一瞬凍るほどの冷たさが背中を走った気がした。
「ほら、湯たんぽみたいな!」
慌てて言葉を繋ぐ。



気づかないで・・・・気づかないで・・・。
こんな自分を見つけないで。
綺麗な瞳で見つけないで・・・・。



「巽って体温高いね!」
気持ちがいい〜と言うと、巽は大きな溜息をつきながらもう一度振り向く。
「都筑さん。」
「ん?」
上着を着かけた都筑の正面に立つとその頬に口づける。
「な、何?」
巽の突然の行為に都筑が慌てた。
「・・・・今日は、夢・・・見させませんから。」
「え?」
都筑は巽の顔を見つめる。
ふっと笑うと巽は都筑を引き寄せてその顔を胸に押しつけた。
そして耳元で囁く。
「私がいますから・・・・。」
大好きなその声が身体の力を抜いていく。
少しだけ・・・・少しだけ・・・・心の中の彼が薄れた。
このぬくもりは欲して、欲したもの。



「ありがとう・・・・。」
それしか言えない、今はまだそれしか。
だからあんな自分を見つけないでね。
汚したくないから、誰も・・・・。




激しく降り続ける雨が全てを切り離す。
自分を苦しめる雨音が今夜は・・・今夜だけは子守歌になるかもしれない。
苦しくて、辛くて・・・でもそれ故に大切で。
いつか壊れるかもしれない心を今だけでも委ねられたら。


「ありがとう・・・。」
都筑はもう一度呟く。


聞こえるのは巽の鼓動と雨音だけ。
でも一人で聞く雨音とは違う、やわらかな音色のように思えた。
今夜はきっと夢を見ない。
彼にも会わない。

涙が零れそうになって都筑は、巽の身体をぎゅっと抱きしめた。

2002・6・29
M・Hinase


★記念企画と言っておきながら、なんでハッピーな話にしないんだ、私は!(笑)
すみません・・・・こんな系統ばっかりで・・・・;
バカップルでも書けば良かったのかも・・・・・(>_<)。

どうしても囚われる都筑・・・というのも魅力的なものでつい・・・つい。出来心です・・・。
でも一応ラブラブなんですよ・・・・ええ、そうなんですよ・・・たぶん。


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