| 「チョコと言葉と・・・」 |
| 「・・・・・・」 3時のおやつ。 いつものように課長室を訪れていた都筑はテーブルの上に出されたチョコレートをまぶしたクッキーを見つめた。 「食べないんですか?」 いつもなら出すと同時に口の中に放り込むのに、今回に限ってじっと1枚を持ったまま動かない。 そんな都筑に巽が声をかけた。 「え? ああ、食べるよ。いただきまーす!」 一瞬の間の後、都筑が食べ始める。 少しの間、何事もないようにして食べる都筑を見ていたが・・・・ 「わあ〜」 とか良いながら、美味しそうに食べている様子に巽もカップに口を付けた。 甘い生地に少し苦みのあるチョコが入ったクッキー。 口の中でそれらが溶け合うのを味わいつつ、都筑は目が合わないようにして巽を盗み見た。 ・・・・これは手作りだよね・・・・・ この深みのある美味しさは市販ではない。 今までだって巽の手作りの菓子は何度か食べたことがあるからそれはすぐ分かる。 で、チョコ入り。 此処が問題なのだ。 都筑だけが呼ばれてお茶を此処でしていることや 朝のお茶とお昼、そして3時のおやつと、とても会社勤めとは思えないような待遇はこの際、別として。 今、問題なのはこのクッキーがチョコ入りということなのだ。 都筑は聞きたい言葉をのみこむ。 『これはバレンタインのチョコ?』 こんな風に聞けたらどんなにか楽だろう。 いつもの戯言のように、軽く・・・。 でもそれは無理だった。 だって・・・・今日は朝から・・・・だもんな。 都筑はぼんやりと今日、巽が出した物を思い出してみた。 朝、書類を出しに来たついでに勧められたのはココアだった。それもちゃんと粉から溶いて作ってくれたもの。一緒に出された物は色んな形に加工されて、その上にアーモンドが乗っているチョコ。 昼。 『冷蔵庫の整理をしようとして、作りすぎましたから』と無駄が嫌いな巽が珍しく多めに作ったらしいお弁当。彩り鮮やかに盛られたおかずの様子、そしておそらく調理に手のかかっただろうと思われる料理の数々。 けれど箸を勧めていくうちに段々それは余った物なんかではなく、ちゃんとした意図の元作られたことを感じてきた。 それは・・・・自分に食べさせる為・・・・・ではないかということ。 味付けも都筑の好きな物で、デザートのチョコがかかったショートケーキまで都筑の好みで・・・・。 そして・・・・おやつ。 此処まで来たらもう間違えようもない・・・・そんな気がする。 巽の自分に対する思い。 それの存在を示してるこれらのものが伝えるもの。 その答えはただ1つだ・・・。 でも・・・・それが聞けない。 もし 「何のことですか?」 と見当違いを鼻で笑われたら、 遠い昔、味わったあの苦い思いを再び味あうことになったら・・・・。 そう考えると形にするのが恐かった。 都筑は小さく溜息をついた。 ・・・・気づいているんでしょうか? 巽はクッキーをかじりながら、甘いココアを飲んでいる都筑をそれとなく見つめる。目が合わないように手にした書類と交互に。 都筑への思い。 ずっとずっと変わらず、いやきっと昔より深くなったこの思い。 そろそろ・・・・と思い、悩みに悩み抜いて今日朝からもてなしている。 いつもは課にお土産でもらった物や予算から買っている菓子類を都筑のおやつに当てたりしているのだが今日ばかりは違った。 巽なりに気合いを入れた物ばかり。 明日がバレンタインと言うことでおやつに少しだけチョコを混ぜてみた。それに手作りの物を・・・と思いお弁当まで作ってきた。 それならばいっそバレンタインの当日に作ればいいが、そこまではまだ踏み切れず、無駄なあがきと自分で呆れながらも前日に都筑へと思いを込めて・・・・。 それを知ってか知らずか都筑はその美味しさに頬を緩ませて、幸せそうに食べていた。 もし気づかれなくても、それはそれで良いのかも知れない・・・。 そうも考えてもしまう。 1度は手放した物をもう1度同じ形で手に入れることは難しいことも十分承知している。 だから・・・・もし都筑がもう自分を欲することがないとしたら、その時は潔く身を引かなくては・・・・と。 巽は都筑に気づかれないように、小さく小さく息をついた。 隣の部屋が少しだけ賑やかになった。 休みを終えて職員が戻ってきたみたいだった。 そろそろ都筑も席に戻らないといけない。 ぐっとカップの底の甘い所を飲み干す。 もう今日のおやつの時間はおしまいだ。後は帰るだけ・・・。 カタンとカップを置く音に巽が顔を上げた。 つられるように都筑も巽を見た。 「!」 今日初めて至近距離で目があう。 「あ、あの・・・・美味しかった。」 目が離せないままに都筑が言う。 「それは・・・・良かった。」 巽もまた都筑から目を逸らすことが出来ない。今度逸らせばもう取り返しのつかないものを失いそうで・・・・。 ・・・なんて切ない目をするんだよ・・・巽・・・ 都筑の胸はぎゅっと締め付けられる。 その表情はいつもの巽ではなくて・・・・・まるで今にも泣いてしまいそうな程の悲しい瞳。 思えばいつもそんな目で見つめられていたように思う。 その視線を感じながらもあえて見ないふりをして過ごした年月。 待つ事だけを覚えた日々。 でも・・・・もうこんな目をさせるなんて嫌だ。 ・・・・・もう言葉なんかいらない・・・・・ 都筑はそう思った。 この悲しいほどの優しさを映している瞳を見ることが出来たのだから。 いつまでも自分が傷つくことを怖れて前に踏み出さないままでいると、きっと何も手に出来ないまま全てが終わってしまう・・・・。 都筑は・・・口を開いた。 伝えなくてはいけない言葉、それを言うのはきっと今だ。 「巽・・・・・・・・・」 決心したのに次の言葉が出ない。 好きだと、ただその一言を伝えればいいのに・・・・。 「あの、あのね・・・」 これじゃ、いつもと同じだ・・・・。 上手く出てこない言葉に唇を噛んで・・・・。 その様子に巽の顔がふっと緩んだ。 「・・・・・・いいですよ、何も言わなくても・・・。」 「・・・・・・・・」 でも、それじゃ、伝わらない。 「でも・・・・」 「もう・・・届きましたから、あなたの思い。」 「え?」 「あなたにも届いたでしょう?・・・・・・私の思い。」 「巽・・・」 「きっと持っている言葉は同じですよ。」 だから・・・・。 「うん・・・・・」 涙が出てくる。 こんな事で泣くなんて・・・でも涙が止まらない。 それは嬉しいのか、土壇場で言えなかった自分が悔しいのか分からなかった。 巽が立ち上がって、都筑の隣に腰を下ろした。 そっと肩を抱いてやると素直に都筑が身体を寄せてくる。 「私たち・・・・・遠回りしましたね。」 「・・・うん」。 「でも、もうそれもおしまいですね。」 コクリと都筑が頷いて・・・・・。 「明日・・・」 「・・・・・はい?」 「明日・・・家に行ってもいい?」 都筑が囁く。 「勿論・・・・・美味しい夕食を約束しますよ。」 「うん・・・・ありがとう。」 ・・・・ごめんね、いつか、いつか言うから・・・・ そしてその時は巽の言葉も聞かせて・・・・・ 待ち望んだ言葉はまだ胸の中。 でもそれは何よりも確実に相手へと伝わる思い。 明日渡す形に今日言えなかった言葉を沢山沢山詰め込んで・・・・・。 「好き」 2人はその言葉を、心の中で何回も繰り返していた。 |
2003・2・13
M・Hinase