「小さな箱」
| 「ねえ、まだあ〜?」 「えっと・・・・次はこうして・・・・・で、その次が・・・・」 都筑の声が聞こえているのかいないのか、返事はない。 「亘理、ちょっと聞いてんの?」 手持ち無沙汰で手にした週刊誌をバンッと閉じて、都筑は目の前で試験管を手にした亘理を見上げた。 「なんや、まだ10分しか経っていないやないか、もう少し待たんかい。」 「だって・・・暇なんだもん。」 昼下がり、召喚課の机の上で、良い感じに眠りこけていたら、実験室に連れてこられた。 『美味しいお菓子がある』 その一言に、ふらふらとやってきた。そしたら亘理は途中だった実験があるからと都筑に言った一言を忘れたかのように器具を持ちだして・・・・。 「ああ、せっかく夢見てたのに・・・・勿体ない。」 都筑は亘理に起こされるまで浸っていたお菓子の国を思い描く。そこには思いつく限りのケーキやクッキー、和菓子・・・・があった。花畑のように自分を包み込むあの甘い香りは本当に夢の国・・・。 誰にも邪魔されない素敵な国・・・・・・。 目を瞑ってうっとりしている都筑に、亘理はふうっと大きな溜息をつく。 「・・・・あのまま俺が連れて来んかったら、会議から戻った方に雷、落とされとったんとちゃうか?」 「あっ・・・」 都筑は目を大きく見開く。 そう言われれば昼前から入っていた会議が長引いて、まだ終わらない。 あの巽のことだ、予定外の時間延長のことでかなりの不機嫌さは目に見えている。確かにあのままあそこで菓子の国を散策中であれば、確かにどんな方法で起こされた事になっていたことか・・・・そのことを考えると、顔が引きつってきた。 「そ、そうかも・・・・」 「このところ仕事がつんで、カリカリしているからな、あいつ。」 「そ、そうだよね・・・」 ここ数日ちょっとしたミスでも酷く怒鳴られたことを思い出した。いつにも増して多い小言と嫌みにあの部屋中がピリピリしている状態だった。 「もうたまんないよね・・・実際。俺なんて1番の被害者だよ。」 頬を膨らませて都筑が言う。 その割には大胆に昼寝をしていたな・・・・と言いそうになって、亘理は言葉をのみこんだ。別に今に始まったことではない。あえて言うことでもないだろう。 「まあ今回は・・・・感謝・・・かな?」 へらっと笑って見上げてくる顔に微笑み返す。 「そうやろ? だから、もう少し待っとき。そしたら美味しいものが出てくるって。」 「うん・・・・・早くね。俺、お腹空いちゃった。」 菓子の夢とか見ていたために余計だ、とか何とか言う都筑に、亘理は思わず吹き出しそうになったが、何とかこらえて再び紙に目を落とした。 その様子を見て、都筑も一度閉じた雑誌をまためくりはじめた。 カチャカチャと実験器具の鳴る音と パラパラと雑誌をめくる音だけ・・・・・ 遠くで人の話す声や庁内の放送が時たま聞こえてくるぐらいだった。 明日のバレンタインが近づくにつれて、閻魔庁内でも少しずつ騒がしくなってきていた。 特に召喚課は庁内でも有名なエリート集団、それもいい男揃い・・・となれば庁内の注目の的になる。中でも都筑は本人に自覚があるのかどうかは分からないが、その容姿と性格で女性職員からの人気はかなりのもの。中には男性職員からも・・・という噂も聞く。 実際、普段ことある事に都筑に涙ぐませる程に仕事を強いる秘書も例外では無いのだろうと思われる・・・・現場を見たわけではないけれど、過去そういう事実があったのでは・・・と思われる行動を亘理も見かけたことがあった。 明日はきっと朝から都筑の周囲は騒がしい。 けれど、そんな騒ぎをよそに、きっと本人にとってはたいした意味もなく、それこそお菓子に囲まれる幸せな一日となるのだろうが・・・。 だから・・・・・少しでも自分の物だけは意味を持たせようかと思った。 都筑を連れてきたのは良かったのだが、急ぎでデーターを出さなくてはいけなかったものをすっかり忘れていたのだった。 出てきた数値を雹の中に書き込み・・・そしてサインをする。 これで書類が完了だ。 出す相手が巽でなければ、少しぐらい遅れても構わないのだが、これ以上の予算カットを味わうわけにはいかなかった。 「終わったで! 都筑! お茶でも・・・・・って、あれ?」 一通りの作業を終え振り返った亘理の目に映ったものは・・・・眠りこけた都筑だった。 「おいおい、さっきまで寝てたやろ?」 半分呆れながらも、笑ってしまう。 「おーい、都筑・・・菓子いらんのか?」 耳元で小さく囁く。 「むにゃ・・・・」 と反応はするが・・・・目は覚めないようだ。 やれやれと首を竦める。 もしかしたら自分の声は都筑の夢の中に入っているのかも知れない。 そう思うと、少しだけ嬉しく思える。 形には出来ない想いを 伝えることが出来ない想いを 今なら言えるかも知れない。 ・・・・短い言葉をそっと伝える・・・・ 少しだけ都筑が笑ったような気がした。 ・・・・これぐらいは許されるやろ・・・・・ そっと髪を触りながら、微笑む。 起きたらまたいつもの自分がその目の前にいるから・・・・。 亘理は白衣の下から小さな箱を取り出した。 そっと都筑の側に置く。 誰よりも早く、そして他の物よりも意味があることを込めて・・・・ それはきっと伝わらないかも知れない。 それでも・・・・。 小さな小さな箱に詰めた深い想い。 いつかそれを形にすることが出来るのだろうか。 望みながらも・・・・怖れている自分がいる。 だから今だけ、誰よりも側にいることを許して欲しい。 「今だけやから・・・」 亘理はそう呟いて、窓から見える空を仰ぎ見た・・・・・。 |
2003・2・10
M・Hinase