「チョコ+α」

「ほらっ!」
戸を閉めて振り向いた都筑の目の前に小さな箱が差し出される。
「え・・・」
箱を見て・・・密を見る。
「えっと・・・」
「いらないのか!」
いつもながらのきつめの言葉が飛び出す。
「えー!いるよ、いる!」
ぐずぐずしていると引っ込められそうな、その箱を都筑は慌てて小箱を受け取った。





うつら・・・・うつら・・・・・
程よくお腹も満腹な昼下がり、報告書を前に舟をこぎ始めた都筑はパシッと定規で頭をはたかれて目を覚ました。
「痛っ・・・なんだよ・・・・って密?」
てっきりいつものように巽かと思った都筑は向かいの席の定規を持った密と目が合った。
「いつまで寝てるんだ、この馬鹿!」
「だって・・・今日はポカポカしてさ・・・」
ガタッと席を立った密に都筑は言葉を切る。
「って・・・・・、密?」
「・・・・ちょっと来い。」
「え?」
「寝てるぐらいなら、顔貸せ。」
「密・・・俺何かした?」
「いいから!」
「・・・・うん。」
訳が分からずに立ち上がった。とにかく今は言葉に従った方が良いようだ。

そしてささっと先を歩く密の後を付いてきて・・・誰もいない会議室へと入ったのだった。





「あの・・・・密?」
受け取った箱を眺めつつ都筑が声をかける。
「何だ。」
「これさあ・・・」
都筑は手の中の箱をそっと撫でる。
「チョコだよね。」
今日はバレンタインの1日前だけど。
「・・・・・」
包装どころか、この時期特有のシールさえも貼られてはいない。
ごく普通の店で売られているままの箱。
「・・・・・それが煎餅にでも見えるのか。」
「もう、密ったら・・・」
なんで物をあげるのに、喧嘩腰で話さなければならないのか・・・とも思うが、まあそこは年上の余裕、都筑はにっこり笑う。
「ありがとう・・・・密。」
「別に・・・・たまたま目に付いただけだから。」
目をそらし、不機嫌そうに言う様子に都筑は、くすっと笑った。
そして箱にもう一度目を落とす。


もしかしたら・・・・密はそういう専門の売り場へとはじめは向かったのかもしれない。
でもやっぱり踏み込めなくて・・・周囲をグルグル回って、様子を伺って・・・結局は普通の売り場へと戻ったのかも。
・・・・勝手な想像だけど。
でも・・・・・・・何となくその姿が目に浮かぶようで、知らず知らずのうちに口元が緩む。





「いつまでもしまりのない顔するな。」
「ひどいよ〜密!」
でも頬の緩みは止まらない、とても幸せな気分だ。
照れ隠しにそっぽを向いているけれど、顔が赤くなっているのが分かった。

・・・ありがとう、密・・・

都筑はもう一度、言葉にはしないまま呟く。

いつの間にか心の中で大きな存在になっていて・・・・もう一度色んな物を信じていけるかも知れない、そんな気持ちにさせてくれた。
そして・・・・何よりも代え難い安らぎとなっている。
本人は目一杯背伸びして、尚届かないと思っているようだけど・・・。

・・・・もう、沢山の物もらっているよ・・・・

これは言えない言葉。
密以上に照れくさくって言えない。
これからも言えるかどうかわからない。
でもいつもいつも・・・・。



「ねえ、密。」
「・・・・なんだよ。」
「どうして1日前にくれたの?」
「・・・・・・」
「ねえ?」
そっと前に回り込んで顔を覗き込む。
「馬鹿! 顔を見るなよ!・・・・いいじゃないか別に!それにそれはバレンタインのなんかじゃ・・・」
「違わないよ。これバレンタインだよね。」
「・・・・・・」
「密・・・」
「好きにしろ!・・・・・・もう行くぞ!」
すたすたとドアの方へと歩き出す。
「ちょっと待ってよ、もう少しここに居ようよ。」
「いつまでもさぼっていると煩いだろ、色々と。」
「それはそうだけど・・・・。」
ふたりの脳裏にある人物の顔が浮かんだ。



「じゃあ行く・・・」
「あ、待ってよ!」
都筑はドアの方に向かう密の腕を取った。
「!?」
「もう1つ・・・・・・欲しいな、俺。」
「はあ?」
「もう1つ。」
「・・・・・それしかないぞ、もう!」
「ん、チョコはね。」
都筑が大切そうにその箱をポケットにしまう。

「じゃあ、なんだ。」
相変わらずの言葉遣いだが、手は振りほどこうとはしない密を嬉しく思う。
「あのねえ、笑って?」
「・・・・・はあ?」
思いもかけない言葉に密が声をあげた。
「密の笑顔見たい!」
「・・・・・・・・なに言ってんだ、おまえは!」
「だって・・・・密笑わないもん。」
「おかしくないのに笑えるか。」
「嬉しい時とかも笑うでしょう? 密は嬉しいことないの? 」
俺と一緒にいても?・・・・心の中で問う。
「あのなあ・・・・」
「あるよね、全くないわけではないよね? じゃあ、笑って。」
「・・・・・ああ、そうですかって笑えるわけ無いだろう!」
溜息をつきながら、心底呆れたように密が言う。
「でも・・・・・・」
「無理だ。」
「・・・・・・・・」



少しだけ会話が途切れた。
ちょっとだけ拗ねてしまったのか口をとがらせて、椅子に座り込んで・・・もらったチョコを見ている都筑を・・・・・・・密は見ていた。
・・・・・まったく何を言い出すのかと思えば・・・・・だ。おまえは幾つなのかと聞きたい。
それでも、此処に1人にしたまま出ていくのも嫌だった。



「都筑。」
もう一度小さい溜息をついて密が呼びかける。
「ん?」
面白くなさそうに都筑が顔を上げた。
・・・本当に子供みてえ・・・
拗ねた目で見上げてくる様子に、抑えられない気持ちが湧いてくる。

「笑顔は・・・・・・・無理だから・・・・。」
密はそっと顔を近づけた。
唇に触れた温かさに都筑も目を瞑る。
時が止まったように感じた。




「・・・・・・これで我慢しろ。・・・・・今は。」
小さく付け足した言葉に都筑は笑顔になる。
いつか、たぶんそう遠くない日に・・・・幸せそうに笑う密を見られるかもしれない。
「うん・・・・ありがとう。」
いつもいつも貰う幸せ。
言葉に隠された想い・・・・・・。
そしてその笑顔を与えるのは自分でいたい。




「行くぞ!」
ドアを開けて密が立ち止まる。
「?」
「明日・・・・貰うの程々にしとけよ。」
誰よりも最初に渡したかった・・・・そんな声が聞こえて。
「密・・・・・・うん!」
大丈夫、どんなに綺麗にラッピングをされたチョコも密のくれた物には霞んでしまう。


「ありがとう、密!」

都筑はその小さい背中に抱きつきながら、耳元で囁いた・・・・・。

2003・2・1
M・Hinase