『それぞれの想い』


ついこの前似たような光景を見た気がする・・・・と密は街を歩いて思っていた。
目に入ってくるのはハートのピンク色とチョコレートの茶色。
つい先日は赤と緑しかなかったあのイベントを思い出す。
あの時よりももっと軽いノリの曲がひっきりなしにかかっているのもしゃくに障る。
人混みを避け平日を選んで地上に出てきたのはいいが、それでも落ち着かない雰囲気に包まれて溜息が出た。
どうして今自分がこんな時期に一人で頭痛の起きそうな所にいるのか・・・・・
それもこれもすべては1週間あまり後のイベントのためだった。

ある有名菓子店の前に佇む。
華やかに飾られたバレンタインのディスプレイに足が止まる。
この店は前に都筑と地上に来た時に立ち寄った所だった。
立ち寄ったと言っても買い物をした訳ではなく、都筑が店のガラスに張り付いて、わーわーお菓子のことを言っていたのを先を急ぐ密が無理矢理引き剥がした・・・という思い出したくもない恥ずかしい思いをしたという場所。
本当なら2度と来たくない店だった。
でも・・・・たぶんここのチョコなら美味しいはずだから・・・・と余りこういう場所には詳しくない密は思ったのだ。


バレンタインなんて馬鹿らしい行事だとは思う。そんなものに踊らされるのは嫌だと思った。
それに別に自分は恋をしているのではないのだから。
けれど何となく・・・・本当に何となくなんだけど、今年はチョコを渡してやろうか・・・・という気になった。
正月が終わってから煩く側で騒ぐ本人のせいもあったが、都筑が美味しそうに食べる顔が見たいかなと、ふと思ったから。それが自分からのものなら尚更いいような気がした。
都筑は素直に物事を喜ぶ質だ。
それは見て気持ちのいいくらいに喜ぶ。
あまりの無邪気さに見ている側まで微笑むことがあった。
このことは亘理も同じようなことを言っていた事を思い出す。
・・・・・何も言わないけれど、きっとあの人もそうなんだろうな・・・・
密はいつも彼に対して小言ばかり言っている男のことを思い出す。
と、そこまで考えていた時に中から女の子の集団が出てきた。
中を覗き込むと他に客はいない。
「よしっ」
密は小さく呟くと扉を押して店の中へと入っていった。




「ありがとうございました。」
店員の声に送られて外へ出た密は手の中にある包みを見て息を吐いた。
リボンを付けるのは断ったが、流石にこの時期、可愛いラッピングをされてしまった。
白地にピンクのハートが目に痛かった。
考えていたより少し予算がオーバーしたが仕方がない。なんか自分自身を慰めてやりたい気分だった。
時計を見ると3時。
私用で・・・・と巽に簡単に言って出てきたのでそろそろ戻らないといけないだろう。
他に買い物もないし、と密が向きを変えた時。
「おや、奇遇ですね。」
その声に密は身体が固まる。
忘れもしないその声にゆっくりと振り向く。
「お買い物ですか?」
口元に微笑みを浮かべながら自分を見下ろす白い姿を密は睨みつけた。




「亘理!出来た?」
ばーんと勢いよくドアを開けて部屋に入ってくるなり大声を上げる都筑に亘理は持っていた試験管をつい落としそうになる。
「わっ・・・・都筑、ノックくらいしろや。」
薬を試験管に入れる前で良かった・・・・と胸をなで下ろす。
「あ、ごめん!でも亘理だって課長室によくノックなしで入るじゃん。」
「あーまあ、あれはな・・・・。でもここは実験室や、お前の出す音に驚いて俺が薬落としたら大爆発ってこともあるかもしれんやろ。」
「・・・・・そんな怖いことしてんの?此処で?」
「ま、そんなこともあるって言う例えや例え!」
ふうん・・・・と納得のいかない顔で亘理のすることを見ている都筑に亘理が顔を上げる。
「あ、頼まれたものならそこに出来てるで。」
「ホント?サンキュー!」
都筑は亘理が指した机の上の小瓶を手に取る。
「これこれ!良く聞くんだよね、二日酔いの薬。」
小瓶の蓋を開け匂いをかいで確認してにっこり笑う。
「そりゃ、まあこの俺が処方したんやからなあ〜効いて当然!」
「確かに効くよ。この前も助かっちゃった。あ、でも・・・・」
「なんや?」
「これ・・・・変なの混じってないだろうな。」
都筑の疑いの目に亘理ははあ〜っと大きく溜息をついて首を振る。
「悲しいなあ〜、おまえとは長い付き合いなのに、まだ信用してもらえんなんて・・・・・」
「あ、いやあ・・・・信用しないっていうか、今までの事があるし・・・・」
今まで散々の実体実験をさせられた身としては、いくら良く効く薬を作ってもらっても一抹の不安は残る。
「大丈夫や、それは本当に生粋の二日酔いの薬や。」
実験はチョコに限るしな・・・・と心で言葉をつなぐ。
お楽しみは後日や!と頭の中でガッツポーズをとる亘理だった。
「そうか、ならいいや。ありがとう!」
じゃあ、とドアに向かう都筑に亘理が声をかけた。
「都筑!」
「今日時間あったらご飯でも食べに行かん?」
「え?今日?」
「ああ、美味しい店見つけたんや。酒も飲めるし。」
うーん、と都筑は貰った薬をポケットに入れる。
「ごめん、今日は約束があって・・・・・巽の所で夕食を食べることになってるんだ。」
「なんや、そうかあ。残念やなあ。」
笑って軽く言葉を流す。
「今度そこに行こうぜ、給料貰ったらさ!」
「ああ、そうやな。」
「じゃ、行くね。」
バイバイと手が振られて、ドアが閉まった。
「・・・・・下手なナンパみたいやな・・・・・また先越されたわ・・・・・」
走っていく足音が遠くなっていく中、亘理はドアに向かって呟いた。





カチッ。
ライターで火をつける音に密は通りを見ていた目を向かいの男に戻した。
口元のタ煙草に添えられる細く長い指。
そして薄い微笑みを浮かべている表情に店内の女性の目は釘付けだ。
周りに自分達はどう映るのだろう・・・・ふと密は思った。

通りで偶然に会って、誘われるままに此処に入った。
ささっと無視して帰ろうかとも思ったが、先日の件のこともあってついてきた。
それにこんな所でどうこうしようとは邑輝も思わないだろうという考えもあった。
手にしていた薔薇の花束はやっぱり都筑宛てのものだろうか・・・・。
「砂糖もミルクも入れないんですか?」
運ばれてきた珈琲に口を付けると邑輝が意外そうに声をかけてきた。
「あの人は沢山入れますよね。甘党ですから。」
黙ったままカップを置く密に何かを思い出すように邑輝は話す。
「大人なんですね・・・・・」
ふっと笑うしぐさが癪に触る。子供が背伸びして・・・・と言外に言われたような気がした。
「邑輝・・・・・おまえ、あいつにちょっかい出すな。」
「はい?」
「惚けるな。あんな薔薇なんか送ってきやがって・・・・迷惑だ。」
「ああ、あの薔薇ですか。綺麗だったでしょう? うちのバラ園で育てた物です。やはり薔薇は赤に限るでしょうか。赤い薔薇はプロポーズの時に使うといいのですよ、それから・・・」
「誰も薔薇の事なんか聞いちゃいない! もうあいつに関わるな!って言ってるんだ。」
その言葉にくすくすと邑輝が笑う。
「別に君は関係ないでしょう? これは私と都筑さんの事です。私が都筑さんをご招待したんです・・・・それとも彼が君に頼んだのですか、断ってきて欲しいと。」
「・・・・っ」
邑輝は珈琲に口を付けた。

「ねえ、そろそろ認めてはいかがです?」
しばらく会話の途切れた後、空のカップを前に邑輝が口を開いた。
「・・・・・何?」
くわえていた煙草を灰皿へと押しつける邑輝を密は見つめる。
「もう君も気付いているはずですよ。いつまで目を背けているんですか。」
「何のことだよ。」
すうっと邑輝の目が細くなる。
「・・・・私と都筑さんが同類だって事ですよ。」
周りの雑音が消える・・・・・。
邑輝の言葉だけが耳に残る。・・・・同類!?・・・・
「な、何言ってんだ!あいつはおまえとは違う!一緒にするな!」
「同じですよ。」
真っ直ぐに密を見つめる顔にはもう微笑みはない。
「私には分かるのです、ふたりは同じ生き物だと。・・・・たぶん都筑さんも感じていますよ。」
「違う!」
「認めたくないのは分かりますが・・・・・でも同じなんですよ。」
「邑輝!」
バンッと密がテーブルに手を叩きつけた。
店内の客がいっせいに2人の方に目を向ける。

立ち上がった密の顔を少し見上げるようにして邑輝はニッコリと再び微笑んだ。
「おやおや、お店で騒ぐなんて子供のようですよ。静かにしなさい。」
「てめぇ・・・・!」
睨みつけても軽く流されてしまう。密は舌打ちをすると出口へと足を進めた。
もうこれ以上こんな奴と話しても無駄だ。
「あ、坊や。」
その声に思わず密は振り向く。
「これを届けてもらえますか?」
邑輝は傍らに置いてあった紫の薔薇の花束を差し出す。『わー』とか『キャー』という小さな歓声が店のあっちこっちからあがった。
「これも綺麗でしょう? まるであの人の瞳のようで。」
うっとりと薔薇の香りを楽しむように顔を薔薇に近づける。
「自分で届けやがれ!」
そう言い放つと密は店を出た。


通りを走っていく密の後ろ姿を見送る。
「やれやれ・・・・貴方も大変ですね、都筑さん。同じものは仕方ない・・・・と思うのですが。」
と再び薔薇へと目を戻す。
「お会いできるのを楽しみにしていますよ・・・・・」
そしてそっと薔薇に口づけを落とす。
甘い香りが身体を包み込んでいくのを邑輝は感じていた。

2002・2・8
M・Hinase