『薔薇の花』
| 2月。 都筑は部屋の隅に置いてある休憩用のソファに座っていた。 雪が舞う外の寒さとはうらはらに暖房の効いた部屋の中は一足早い春のようだった。 各職員の机の上に置かれている小さな紙の包みはまるで花が咲いているように見える。 「ふふ、可愛いよねえ。」 そう言いながら自分の前にもある包みからクッキーを頬張る。甘い香りが広がってとっても幸せな気分になってくる。 ふと自分の机の上に高々と積み上げられた書類が目に入るが・・・・・見なかったことにしようと目を逸らす。 朝一番に『今日中に仕上げなさい!』と巽から渡されたものだった。 ぽかぽかと暖かい部屋ではやる気どころか眠気の方が勝ってしまうもの。 幸い今は部屋には誰もいないし・・・・と欠伸をして目を瞑った。 ・・・・都筑さん・・・・ 何処からか呼ばれた気がして振り返る・・・・誰もいない・・・・ でもこの花の香りは・・・・・酔ってしまうほどの甘さ 「?」 前に向き直ると同時に誰かの胸に抱き寄せられる 顔を上げると、そこには・・・・ 「む、邑輝!」 赤い薔薇を持った邑輝が微笑みながら見下ろしていた 「都筑さん・・・・」 そう言いながら近づく顔・・・・ 「わ、ちょっと待て!待ってくれ〜」 「都筑ちゃん!都筑ちゃん!」 身体を揺さぶられて意識が戻ってくる。目を開けるとそこには閂 若葉がいた。 「ちょっと都筑ちゃん、大丈夫?」 顔を覗き込む若葉の顔に都筑はホッと溜息をついた。 「ああ若葉ちゃん・・・・」 「随分うなされているようだったから起こした方がいいのかなと思って。」 「うん、ありがと。助かった・・・・・」 ふうっと額の汗を手で拭う。 ・・・・とんでもない夢だったよ・・・・ 「なんや悪い夢でも見たんか?」 若葉の後からひょこり亘理が顔を出した。 「ちょっとね。」 内容はとても話したくない、都筑は席を立ってコップに水を入れ飲み干す。 冷たい水が気持ちいい。 「それにしても暖房入れ過ぎと違うか、ここ。」 亘理が白衣を脱ぎながら言う。 「え?そう? これぐらいでちょうどいいと思うけど。」 「わ、25度もあるやないか!」 部屋の温度計を覗き込んだ亘理が叫んだ。 「冬だもん、部屋の中は温かくしとかなくっちゃ。」 再びソファに座り込んだ都筑はまたクッキーを頬張った。 「若葉ちゃんありがとね、これ。美味しいよ!」 「そう?昨日作り過ぎちゃって・・・・ちょっと形がおかしくなったのもあるけど。」 「へーき、へーき。」 「ありがとう。・・・・あ、そうだ!忘れるところだった。」 そう言うと若葉は近くに置いたままにしてあった大きな箱をテーブルの上に置いた。 「何?」 「うん、都筑ちゃんにって。さっき係の人に届けてくれって頼まれたの。」 「俺に?」 「なんやプレゼントか?」 亘理も興味深そうに都筑の隣に座り込む。 「とっても甘い香りがするんだけど・・・・・」 開けてみたら?という若葉の言葉に頷きながら都筑がリボンを解くために箱に顔を近づけた。 「?」 「どうした?」 「この香り・・・・」 何かほんの少し前に覚えのあるような・・・・・でもなあ。 都筑は思い直しパッと箱のふたを開けた。 「キャー!すごーい!」 「わーーーー!」 若葉の声と都筑の声が重なった、と同時に都筑はソファから転げ落ちる。 「・・・・・こりゃまた・・・すごいなあ〜」 ひゅ〜と亘理が口笛を吹く。 箱の中身は大輪の真っ赤な薔薇の花束だったのだ。それも見るからに高価そうな薔薇・・・・。 あっという間に花の香りが広がる。 「綺麗ねえ〜」 亘理が箱から抱え上げた薔薇の花束を見ながら胸の前で手を組んで若葉が溜息をつく。 「ほれ、おまえにやと。」 まだ床に座り込んでいる都筑に差し出す。 「い、いらーん。何で俺宛てなんだ!」 「そりゃ、お前、これ・・・」 「何です!騒がしい!」 ファイル片手に巽が入ってきた。 「廊下の端まで声が聞こえていましたよ。職場なんですから、もう少し・・・・・・それどうしたんですか?」 亘理が持っている花束に気付き巽がテーブルのところまで来た。 「亘理さん、誰からか貰ったんですか?」 テーブルの上に広げられている箱とリボンを見て巽が言った。 「俺やない、都筑宛てや。」 都筑さん?とそこで初めて床に座り込む都筑に気付く。 「何やってるんですか?」 「あ、いや、ちょっとびっくりして・・・・あはは。」 「それにしても見事な薔薇ですね・・・で、誰からです?」 巽の問いに亘理が一枚のカードを渡した。 |
| 親愛なる都筑麻斗様 いかがお過ごしでしょうか。 最近貴方に会えなくてとても淋しいです。 また事件でも・・・とは思いますが私も多忙な身、 なかなかそう言う訳にもいきません。 そこで来る2月14日お食事でもいかがでしょうか。 下記の場所にてお待ちしております。 素敵な夜を貴方と過ごしたいと思っております。 邑輝一貴 場所:××× 時間:2月14日 午後6時 |
| 「で?」 カードを読み終えた巽は冷めた目で都筑を見下ろした。 「何が?」 「行くんですか?」 「ば、馬鹿!行く訳ないだろう!邑輝だぞ!」 「でも豪華な食事食べられるで〜」 亘理がにやりと笑う。 「え?」 都筑の目が少しだけ大きくなる。 「・・・・都筑さん。」 見せて見せて、と若葉がカードを手に取る。 「あ、このレストラン、季節のデザートが凄い人気だって雑誌に載ってたとこよ。」 「え?デザート?」 「うん、すっごい美味しいんだって!フランスでも有名なパテシエを招いてるって。」 口を半開きにして若葉の話を聞いている都筑の頭の中にはあらん限りの想像力をもって豪華な食事とデザートが舞う。 「・・・・・都筑さん!」 巽の声が部屋中に響く。 「は、はい!」 その声に我に返った都筑が思わず正座する。 「あんた・・・・今心が動いたでしょう。」 「え?」 「豪華な食事と美味しいデザートが頭の中を回った・・・・・そうでしょう?」 「そ、そんなことは・・・・」 あははは・・・・と笑う都筑の後ろで亘理と若葉はそのレストランの事について盛り上がっていた。 神妙に巽の話を聞く振りをしながらもそちらの方に興味がいっている都筑の様子に巽は溜息をつく。 「とにかくこのご招待は断るとして・・・・」 一瞬縋るような目をした都筑をあえて無視して巽は言葉を続けた。 「この花をどうしましょうか。」 「どうって?」 若葉が花束を抱えて巽を振り返る。 「飾ればいいやん、ちょうど花が切れてたやろ? 課長室やらここやらに・・・・」 「何言ってんですか?嫌ですよ、こんな花飾るのは。」 「うっ、俺もちょっとイヤかな・・・・夢を思い出すし。」 「夢?なんやまた見たんか、あいつの夢。」 そう言えば前も見た・・・・とか言ってたなあ〜と亘理が呟く。 「わ、亘理!」 慌てて都筑が亘理を遮る。 「・・・・・都筑さん、あんた・・・・あんな医者がいいんですか。」 「いや、だから悪い夢って言ってるじゃん、もう!」 「でも見るんですね!」 「だーかーら、好きで見てんじゃないって!人の話聞けよ!」 「でも夢って深層意識でしょう?」 「若葉ちゃーん!」 「都筑さん・・・・・あんたね・・・・」 ループのような会話が繰り広げられている中、密が部屋に入ってきたが入り口で足を止めて露骨に嫌な顔をするのに亘理は気付いた。 「坊?」 「なんでここにあいつの気配が・・・・」 あ、これこれっと亘理がほったらかしにされている花束を振った。 「薔薇・・・・・都筑にですか。」 あいつが贈ってくる相手は一人しかいない、密は舌打ちをする。 「そうそう、それで今夫婦げんか中♪」 密は後の方で騒いでいる2人(とそれを笑って見ている若葉)を見る。 「また何か言ってきたんですか。」 「おお、食事に招待やて。行かん!とは言うとるけど、心は揺れているみたいやで。」 はあ、と密は頷いた。 「あ、亘理さん!」 「ん?」 散々都筑に文句を言った巽が声をかける。 「その花束の行き場所、いい所がありました。」 みんなの目が巽に集まる。 「蝋燭の館へ持っていきましょう。」 「伯爵の所へ?」 やっと立ち上がった都筑が声をあげる。 「あの変態が送ってきた花です、飾るのはやはり同じ部類のいる所に・・・・が一番でしょう。」 ニッコリと笑う彼に一同呆然となる。 「た、たつみ・・・・」 「かー、きっついなあ。」 「ということで亘理さん、よろしくお願いします。」 「は?俺が?」 「暇だったんでしょう?」 「暇やったら、都筑かてそうやん!」 「あ、じゃあ俺が・・・」 いいんです、と巽が花を受け取ろうとした都筑を制する。 「お願いします、亘理さん。」 ・・・・花に触らせるのも嫌ってことかいな・・・・ 「・・・・わかった、わかりました。ほな行ってくるわ。」 ついでにワトソンさんのお茶でもご馳走になろうと亘理は思い直す。 「坊も行くか?」 「いえ、俺は・・・・」 邑輝を感じさせるものの側には余り居たくない。密は首を振る。 「そうか、じゃあな。」 亘理は白衣を引っかけて部屋を出ていった。 「さ、片付けて!仕事してください!」 気を取り直すかのように巽が言い、その声でぼんやりと亘理を見送っていた密は部屋の方に目を向ける。 「分かったよお。」 「それに何です!この温度は! 無駄ばっかりして!」 そう言いながら室内の温度を下げに巽が調節器の方に向かう。 「もうそんなに文句ばっかり言わなくてもいいじゃん!」 頬を膨らませて散らかしっぱなしになっていた箱を若葉と一緒に都筑が片づける。 落ちていた邑輝のカードに都筑の手が触れた。 少し迷って・・・・そっとポケットにしまい込,む。 ちらっと巽を見て、そしてまた片づけを始めた都筑の様子を密は召還課の戸口に寄りかかりながら無言で見ていた。 |
2002・2・2
M・Hinase