『Hands -Home Sweet Home-』
2006年、1月1日。 午前0時。 新しい年を迎えるその瞬間を、岩城と香藤は久しぶりに一緒に過ごす事ができた。 前に一緒に過ごす事ができたのは、香藤の実家に帰った時と、岩城の実家に帰った時だったか・・・ 。 「完全に二人だけで過ごす年越しは、久々だよねー。岩城さん超売れてンのに、 一緒に年越しできるなんてラッキー!」 「お前だって、いつも年末年始のバラエティは出まくってるくせに、よく休みとれたな。 金子さんに無理言っただろ?」 自分お手製のおせち料理に箸をつけ、若干はしゃぎながら肩に寄り添ってくる香藤に、 岩城は半ば呆れた表情で返した。 「えー?言ってないよー?“年明けたらまた頑張る”って、ここ1週間くらい唱えてただけだよ。」 「お前なぁ・・・それは脅迫って言うんだぞ?」 「いーじゃん!そのおかげでこうして一緒に年越しできてるんだからー! ん、これ、我ながら美味い。食べてみ?」 そう言って、もう何度も岩城が口へ運んだであろうだし巻き卵を、香藤は器用に箸で割って 岩城の口元へ寄せた。 もう、お腹いっぱいなんだけどな・・・。 それでも、香藤が差し出してくれる卵焼きは、やはりおいしそうに見える。 そして、食べてみれば、やっぱりそれはおいしくて、それは香藤が『美味い』と言ったから 美味いのではなく、香藤が愛情を込めて作ったものだから美味いのだと岩城は実感した。 「今まで何度も食べてきたものなのに、な・・・」 「うぇ?なんか言った??」 「いや・・・何も・・・」 「えー?ほんと?変なの・・・。ま、いーや」 酒が回っているせいか、香藤の受け答えはいつも以上に楽天的で、多少の事は受け流して くれるらしい。 一緒に年越しを出来る事が相当嬉しかったのか、香藤はまだ酒を飲む気で、熱燗を用意して こようとキッチンへ向かった。 さっきまで見ていた紅白の『世界で一つだけの花』を口ずさみながら、トクトクと酒を注ぐ 香藤の後姿を、岩城は黙って見ていた。 広い背中は近頃また一段と逞しさを増して、岩城はそこに、幼い頃に見た父の背中を垣間見た 気がした。 時に自分を抱き、時に肩を震わせて泣き、時に自分に向けて前を歩く、その背中。 厳格で融通の利かない父の元で育った新潟での暮らしは、岩城にとって必ずしも楽しい思い出の あるものではなかったが、数ある年中行事を東京で一人迎える度、やはり家族の事が思い出されて、 切なかった。 「岩城さーーーーん。初詣、どうする?夜のうちに行っちゃうーー??」 お銚子を湯につけコンロの前に立ちながら、香藤が岩城に呼びかける。 「え、あー、うん・・・そうだな。日が昇ってからだと目立つしな・・・。行ってしまおうか」 ハッとなって慌てて答える岩城に気を留めるでもなく、香藤は言葉を続けた。 「行くんなら、岩城さん、もうちょっと厚着したほうがいーよ?今年は絶対寒いから。 後で服、出しとくねー」 「ああ、悪いな・・・」 「よし、できた、っと・・・。あ、岩城さーん、ちょっと!ほら、もう!お醤油こぼしてるよー!? 染みになるから早く拭いて!?」 キッチンから戻ってきた香藤は、ぼんやりしていてデニムの裾にうっかり刺身醤油をこぼしてしまって いた岩城を見るなり、運んできた熱燗をテーブルに置いて、またキッチンへと戻っていった。 そうしてすぐに布巾を持って戻ると、デニムの裾を布巾で挟んで、何度も叩きながら染みを抜く。 「もう、気をつけてよねー、岩城さん!」 本当は怒っていないくせに、やや怒ったような表情で岩城を見上げる香藤の姿は、甲斐甲斐しく ダンナ様に世話を焼く、嫁そのものだ。 キリのいい所で布巾を置いて、岩城の隣にドカッと座り込み、やはりめざとく岩城の空いた お銚子に目をくれる。 「いーわきさん!空いちゃってるじゃん?」 「や、もうそろそろいいよ・・・。これでもけっこう呑んだほうだぞ??」 「えー!そんな事言わないでよー。せっかく沸かしてきたんだし、もう一杯くらいいっとこーよー!」 いやいや、と静止する岩城のお銚子を取り上げ、香藤は勝手に酒を注ぐ。 「なんなら、イッキコールもするけど?」 そう言って笑いながら酒を注ぎ、岩城の前にお銚子を戻す。 「お前、友達と飲むときもそうやって無理やり酒、勧めてるだろ・・・」 酔っている香藤に調子を合わせるかのように岩城は飲む素振りを見せつつ、だがその実飲まない ようにして、香藤の上機嫌ぶりは保ってやるのだ。 香藤が俺をからかって楽しんでるなら、それでいいか。 楽しそうな香藤を見れば、俺も楽しいからな・・・。 それからいくらか香藤は酒を飲み、やがて身体が脱力し始め、満腹でソファにもたれている 岩城の膝の上に寝転がった。 「岩城さんの膝、気持ちいー。俺、こうやってんの、すごい好き・・・」 やがて、寝転がった香藤の髪に、テレビを見ている岩城の指が無意識に絡まり、何度も何度も反芻する。 そうやって髪を弄ってもらう事も、香藤の好きな事の一つだった。 テレビの中ではというと、普段見慣れている芸能人の面々が新春特別番組に勢ぞろいし、 プライベートでは見せる事のない“仕事用の顔”でステージに立っている。 その中には、年始の時代劇スペシャルに出演予定の宮坂と小野塚もいて、やはり揃って “イケメン路線”の顔をして番宣を兼ねて映っていた。 「あはははは!あいつら、すごい無理しちゃってるよねー!!宮坂なんか、もう、顔引きつってんじゃん!」 「そんな事言って、お前だって、仕事の時は随分真面目な顔してるじゃないか。ま、俺といる時の ような顔を終始されても、それはそれで困るけどな・・・」 「え、俺、岩城さんといる時しか見せない顔は、絶対テレビでは見せないよー!? ってか、岩城さんにしか見せれない顔、岩城さんのいないスタジオで作れって言われても、無理だし!」 「でもお前、惚気始めたら、俺に見せてるよりももっとだらしない顔、見せるだろう・・・」 「えぇ〜〜〜〜、それ、ひど〜〜〜!だって愛する岩城さんの事語るのに顔緩まなくなったら、 俺、オシマイじゃん!?愛あればこそ、の顔なんだよー!?」 「お前なぁ・・・」 どうしてこう照れるような事を、臆する事なく言えるんだ、コイツは・・・。 “愛してる”なんて、そういえば俺、香藤には面と向かって言った事、無いんだよな。 言い過ぎた方が軽いとか、真実味が無くなるなんていうのはよく聞くし、俺も、今までは そう思うタイプだったしな。 香藤は、言う。 何度も言う。 でも、いくら言われても、それは全然嘘っぽくない。 言われる度に、岩城は香藤に愛されているのだと実感できる。 言葉が大事なのではなくて。 その言葉を伝える時の“心”が大事なのだ、と、香藤と出会ってからの岩城は思うようになった。 「あ、もう1時過ぎたじゃん!岩城さん、そろそろ初詣、行こっか?あんまり遅くなると、 その後の事も・・・いろいろ・・・時間押しちゃうから、さ」 その後って、おい、何なんだ・・・。 その酔っ払った状態で、そんな元気あるのか? 「そうだな、そろそろ行くか」 フッと噴出しそうになるのを堪えて岩城が答えると、その言葉を待っていたかのように香藤は 立ち上がり、岩城の服を準備するために2階へと駆け上がっていった。 ガタガタと忙しなく動き回る音が聞こえ、岩城の目に、クロークの中から暖かそうな羽織り物を 探しているらしい香藤の姿が浮かぶ。 きっと、ついでにバッグやらコートやらも持ってくるだろうし、去年買っていたお守りの類も 探している事だろう。 岩城がまだ幼くて、母親がいた頃・・・そういった事は久さんと一緒に母親がやっていて、 年が明けた朝の初詣では、風邪を引かないように、と羽織り物を着せてくれた。 深い雪の中、朝早くから出かける初詣というのは、幼い岩城にとっては面白くもない行事だったが、 母に手を引かれて歩くのは、嬉しかった。 香藤、お前は・・・。 ソファに寄りかかって香藤を待つ間、岩城は、今自分がどれほど幸せかを強烈に思い知った。 幼い頃にいた家族は、自分が家を飛び出す事で失い、悪ぶっていた少年時代は友達と呼べる 存在も少なく、本音で付き合える恋人もいなかった。 だが、香藤と出会ってから、岩城はそれらを取り戻したように思う。 「香藤は・・・」 恋人のように甘え、 友達のように俺をからかい、 父親のように時に俺を導き、 母親のように俺を気遣って、 そして、 また恋人に戻って俺を愛する。 香藤は、俺が失くしていたものを、たった一人で全て取り戻してくれた。 「新年早々・・・感傷的だな・・・」 ・・・トタトタトタ・・・。 階段を降りてくる音が聞こえて、岩城は立ち上がってドアの前で待ち伏せた。 「岩城さーーーん!準備できたよ!服着て・・・って?」 ドアを開けてリビングに飛び込んできた香藤を、岩城はそのまま抱き寄せた。 「え?え?何?岩城さん・・・どしたの??」 突如理由も分からず抱きしめられた香藤は、見事に慌てふためいている。 他人に愛情を注ぐのは得意だが愛される事には不慣れな香藤を、岩城はよく知っている。 こうして不意打ちを食らわした時の香藤は、普段イヤというほど持っている余裕を完全に失って、 まるで子供だ。 「服、持ってきてくれたんだろ?着ていくよ、初詣・・・」 「え?あ、ああ、うん・・・じゃ、コレ着て?」 いつも通りの穏やかな笑顔で服を受け取る岩城は、それこそ、いつもとなんら変わらない。 変わらないが、どこか、いつも以上に幸せそうに見える。 突然抱きしめられたのも香藤にとってはサプライズだったが、それは嬉しい以外のなにものでも なくて、香藤は、岩城が幸せそうに見えるなら、それはそれで構わないと思った。 「じゃ、いこっか、岩城さん」 「ああ」 外はひんやりとした寒気が立ち込めていて、足元から芯まで冷えて容赦なく熱を奪う。 少しでも熱が逃げないように、神社まで向かう道のりを、二人は、終始寄り添いながら歩いた。 その姿は、それこそ、一生を添い遂げる愛を誓った夫婦そのものだ。 岩城の、幼い頃母親に引かれた手は、今、香藤に引かれている。 岩城は思う。 この手を引く人間は、来年も、その次も、そのまた次の年も、ずっと、香藤という存在なのだろう、と。 (終) by ルカ様 |
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