| 【 Stray Cat 】 「何?けーちゃん、ココ好きなん?」 「…」 「じゃ、こっちは?…こっちも弱いんか。気持ちイイ?けーちゃん」 「……」 「あー、ホンマ可愛ぇなぁ。けーちゃんは。チュウしたろ」 「………」 「けーちゃんからのチュウは?してくれんの?もう、冷たいなぁ、けーちゃんは。でもそこがまた可愛ぇんだけど」 そして再びのちゅっと軽い音を立ててのキスに、ビキッとなにやら硬い物が壊れる音が重なった。 「…………おい」 「ん?何?『けーちゃん』」 「うぜぇんだよ、さっきからブツブツと!!集中出来ねぇから、さっさと帰りやがれ!」 折れたシャープペンを握り締め、ミーティング・テーブルからきっと睨みつける跡部の視線は、部活終了後、着替えながらもなかなか帰ろうとせず、部室のソファに寛いでいる忍足に向けられた。 「そら俺も帰りたいんはヤマヤマなんやけど、けーちゃんが帰してくれんのやもん。な、けーちゃん?」 『けーちゃん』と言うその呼び名を耳にする度に、引き攣る跡部のこめかみを無視し、にっこりと微笑みながら忍足が視線を落とすのは、自分の膝の上。 この上なく優しいその声に、甘えるように応じたのは、膝の上に寝転がる一匹の黒い猫だった。 跡部は先程から一向に進んでいない部誌の上に、へし折ったシャープペンを転がし、忌々しげに一人と一匹を眺めやる。そんな視線をものともせず、忍足は黒い小さな毛並みを撫で続け、猫は喉を鳴らしながら瞳を閉じてのご満悦状態。 一人苛立っているのが馬鹿馬鹿しく思えるその光景に、思わず溜息が出る。 「大体そいつ、宍戸は『クロ』、岳人は『タマ』、ジローは『ジジ』って呼んでたぞ」 「野良さんは、幾つもの名前を持っとるもんやで?」 ある日、突然窓から入り込んできたこの猫は、時折この部室を訪れるのがいつの間にか習慣になっていた。それでも野良ゆえの警戒心か、大勢の人間がいると寄り付きもしないが、一人もしくは二人だけだと遠慮なしに入ってくる。そんな状況のせいなのか、気が付けば一匹の猫にそれぞれ各個人が好き勝手に名前を付けていた。 「だからって、何で『けーちゃん』なんだよ」 「こいつの瞳、跡部と同じ色しとるんや。だから跡部景吾の『けーちゃん』。別にええやん。俺だけが、呼ぶんやし」 「それが嫌だってんだよ。バーカ」 「あ。酷いわ、景ちゃん」 「どさくさに紛れて、んな呼び方するな、気色悪い」 「全く、あっちの『けーちゃん』は怖いなぁ。な?けーちゃん」 膝の上からヒョイと抱き上げ腕の中に抱え込むと、猫は嬉しそうに忍足の胸に顔を摺り寄せる。 「……随分、手懐けたもんだな」 「人徳ってモンは、動物だってわかるんやろ」 「だったらそいつ、バカ猫決定」 「馬鹿な子ほど可愛ぇもんや、な?」 指先で頬の辺りを撫でてやると、顎を差し出しそこを撫でろと催促をする。 同じように頬を撫で、噛み付かれていたのは宍戸だったろうか。いずれにせよ、忍足に対しての態度とはかなり違っていたのは確かだ。 いつの間にこんなに手懐けたのかと思い、同時にそれが猫だけでない事に気が付いた。 2年になると同時に、氷帝に編入して来て半年程。 たったそれだけの時間しか経っていないと言う事に驚きを覚えるほど、忍足は学園内に、そしてテニス部に馴染んでいた。監督自らの引き抜き、つまりはレギュラー争いを約束されている人物と言う事で、部内でも敬遠される存在であったのはほんの僅かな期間だけで。気が付けば忍足の周りには人が集まり、3年生との世代交代を果たした今、部長になった跡部に次ぐ副部長と言うポストに押し上げられる程、忍足はテニス部内での信頼を得ていた。 多分忍足は、手懐けると言うより、警戒心を解くのが上手いのだろう。 警戒心を解いてしまえば後は入り込むのは簡単だ。忍足と言う存在を、自然に受け入れそして打ち解けてしまう。 かく言う自分もそれに近い状態になってきてしまっている。 気が付けば忍足のペースに巻き込まれ、思い返せばあきれる程くだらない事にムキになったり、レギュラー陣との馬鹿騒ぎに付き合う羽目になったりと、忍足の近くにいると、ともかく自分のペースは乱される事ばかりだ。そんな事は、これまで一度も無かった事で、最初はそれがとてつもなく不快だったのに。・……今では。 忍足が近くにいる事が当たり前で、それを悪くないと思っている自分がいる――――。 「あ。こら!けーちゃん」 「…ぇ?うわっ!」 慌てたような忍足の声に我に帰った跡部の視界に、黒い塊が過ぎる。 それと同時に、グシャリと紙がひしゃげる音が部室に響いた。 「……まぁ、猫がおるとよくある光景やな」 確認するように跡部の手元を覗きこんだ忍足は、そう呟きながら、小刻みに肩を震わす跡部の肩を宥めるように叩いた。 「ざけんなっ!このバカ猫っ!!またイチから書き直しじゃねぇかよ!」 へし折られたシャープペンにじゃれかかった猫の足は、見事にその下にあった部誌の紙面をひしゃげさせそして破っていた。端正な字が綴っていた今日の部活の内容は 、ところどころ肉球の跡が付いており、このまま提出することを憚られる状態だ。 そしてその原因は、忍足が立ち上がった為に誰もいなくなったソファの上を占拠し、へし折られたがゆえに予想もつかない転がり方をするシャープペンで遊んでいた。 「あー、もう。あのバカ猫、連れて帰れお前。これ以上邪魔されたら、何時になったって終わらねぇ」 「いやアカンわ。けーちゃんは野良やし」 「何で、お前にあんだけ懐いてんだったら、いっそ飼い猫にしちまえ。飼えねぇ環境じゃねぇだろ?」 「ちゃうって。野良猫は懐いたように見えても、実は飼い猫よりもプライド高いから、束縛されんの嫌うんや。無理やり飼おう思ても、直ぐに逃げられて終わりになるだけ。…猫の方から、転がりこんで来ない限りはな」 「へぇ……って、それじゃ何の解決にもならねぇだろうが」 いっそ紐にでも繋いで置いて、二度と邪魔をさせないようにしてやるかと考えた跡部を察したのか、それはやめとき、と忍足が苦笑交じりに釘を刺した。 「俺が帰れば遊び相手がおらんようになるから、寝るかどっか行くか、勝手にすると思うで」 忍足はそう言いながら鞄を手にすると、ソファに近づく。しかし、先程まであれだけ甘えていた姿はどこへ行ったのか、猫は忍足を一瞥しただけで、おもちゃと化したシャープペンで遊び、気にも止めていない様子だった。 「な?つれないやろ?」 跡部の方を振り返って笑った忍足は、それでもそんな猫の気まぐれささえ楽しんでいるようにも見えた。 「……良いから、さっさと帰れ」 「はいはい。こっちも、つれないわ」 わざとらしい忍足の溜息を無視し、使い物にならなくったページを破ると、跡部は新たなその個所に先程記したものを写し取り始める。 その背中の向こうを忍足の靴音が過ぎ、ふと止まった。 「なぁ。帰る前に、『けーちゃん』にお別れのキスしてもええ?」 「いちいち、俺に聞くな。勝手にしろっての」 何で猫にキスをするのに自分に聞いてくるんだと思った跡部の顎に、忍足の指が触れるとそのまま引上げられた。 そして……。 唇が触れ合ったのはほんの一瞬。 しかし、跡部が何が起こったのかと把握するにはそれ以上の時間を要した。 「ほな、『けーちゃん』vまた明日」 機嫌良さそうな声だけを残し、忍足の姿が部室の扉の向こうに消えるまでの時間を。 そしてそれを把握すると同時に、思わず朱が指した頬を、見られなかったのは幸いだったかもしれないが、またしても忍足のペースに巻き込まれた自分が腹立たしいような情けないようなそんな気分で一杯になる。 何よりも、不快に思わず嫌悪感も抱いていない自分に、跡部は深い溜息を付いていた。 本当に、いつの間に。 いつの間に、自分は………。 ……けれど。 ふいに感じた視線を追えば、ソファの上の猫の蒼い瞳が自分を見ていた。 「……そう簡単に、手懐けられてたまるかよ。なぁ?」 ふっと笑った跡部に答えるように、にゃぁと猫が鳴いた。 |
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| こちらもあずま様のフリーSSですv お、忍足・・・・見事なタラシっぷりですわ☆ すばらしいです(*^_^*)。 跡部サマが妙に可愛くって・・・・忍足がすごく楽しんでそうで・・・・v でも『けーちゃん』、いいなあ、こんな猫ちゃん、私も欲しいです。 あずま様ありがとうございます、大切にしますね☆ あずま様のサイトへはリンク部屋よりどうぞv |