そう あの時・・・・
あの時から俺の目は一人の男の姿を追うようになった・・・・
あの夕暮れの校庭で見たあのまなざしを
「おいっ、何ぼーっとしてるんだ! さっさとランニングに行ってこい!」
部室の窓からぼんやりと練習風景を見つめていた俺はその怒鳴り声に振り向いた。
「なんや、もう来とったんか」
のんびりした俺の口調に部長、跡部景吾の眉が上がる。
「余裕だな、忍足」
「ま、な」
「そんな風にしてると今に足下すくわれるからな」
「ふっ、すくえるものならすくってみいって・・・な」
「ああ?」
ほら、またそんな目をする。いっつも俺を見る時はそんな顔や・・・。
「忍足、てめえ」
「ああ、分かった、分かったって、そんな顔しなさんな、美人が台無しになるで。行けばいいんやろ行けば・・・」
両手を広げて肩をすくめてみる。
そして跡部の横を抜けてドアへ向かった。
「・・・・・何かあったのか」
真横に来た時にかけられた言葉。ふと足を止める。
そう、あったんや・・・・衝撃的な事がな・・・・
わずかな間にお前は何か感じただろうか・・・・でも言うつもりはない。
「あったようでなかったような・・・・そんな感じ?」
背中を向けたまま、ふざけた言葉でごまかす。
さっと跡部が振り向く気配がした・・・そう、きっとまたあの目で、あの表情で・・・。
今は、それを見たくない。
俺が見たいのは・・・・・。
あの・・・・
「じゃあ、走って来ますわ〜」
片手を上げて開きっぱなしのドアから出て行く。
しばらくして・・・・
「ふざけんな! この馬鹿が!」
たたきつけるような罵声が閉めたドアの向こうから聞こえた・・・。
あかんな・・・・見たいのは、あの顔なのに・・・。
グランドに向かいながら溜息をつく。
なのに何故か顔を見れば憎まれ口ばかりたたいてしまう・・・・
伝えたいものが何一つも伝えられない・・・そんな自分が嫌になる。
「おまえのせいやで・・・」
ぽつりと呟く。
あんな顔を
あんな目をする彼を見てから心に焼き付いた・・・・一枚の絵のように。
あれを見なければ、きっとまだ一部員として接することが出来たのに。
夕暮れの中、迷子になった子犬に語りかけ、笑っていた顔。
小さな身体に手を置いて、注がれる視線はあまりにも優しく、そして綺麗だった。
それは自分の中の何かが崩れ落ちていくような感覚だった・・・。
あのまなざしを自分にも向けて欲しい。
あの瞳を見つめたい・・・・。
あの美しさを望むのは贅沢だろうか 不可能なことなのだろうか。
忍足は走り出した。
心の奥深く刻み込まれたあの目。
もう2度と忘れることは出来ない、忘れたくもない。
拳を握りしめる・・・・。
いつの日か必ず あのまなざしを自分へと向けさせてみせると心に誓いながら。
2003・6・25
日生 舞