夏の夜

・・・・ありゃ、ちょっと早く着きすぎたかな・・・・
待ち合わせの場所に決めた川の土手に上がる階段下に立って、英二は辺りを見回した、彼の姿はない。腕時計を見る・・・・約束の時間にまだ10分あった。
「ま、いいか。たまにはね」
そう呟いて、空を見上げる。
晴れ渡った夜空には星があった。



今日は街のはずれにある川で花火が上がる夜。
小さな祭りだが、打ち上げられる花火の数はそこそこで、結構な人出があった。
段々と集まってくる人々・・・浴衣の姿も目立つ。
どちらかといえば女性の方が多いだろうか・・・・カップルで来ている男女も男の方はハーフパンツにTシャツ・・・・という服装が一般的だった。

英二はふと自分の格好を見下ろす。
幼い頃は着ていたけれど、小学校高学年になる頃からだろうか、全く着なくなった浴衣。今日も1人では上手く着ることが出来なくて姉に手伝って貰った。
今夜は浴衣だ!とかなり前から決めていたにも関わらず、いざ着てみると不安になる。
淡い紺色に所々団扇の模様のある生地・・・・・袖を振ってみる・・・・・上手く着こなせているかどうかがすごく気になる。
共に花火を見ることが出来るのが嬉しくて、祭りということで気分を盛り上げたくて着てみたけれど・・・・なんか着こなせてないような気がして・・・・。
それに二人っきりで出かけるのなんてこれが初めてだったから・・・。
「はああ・・・・・」
英二は大きな溜息をついた。きっと幼い自分は子供のように見えるに違いない・・・・。


「何、溜息なんてついてるの?」
背後からかけられた声に慌てて振り向く。
ニッコリ微笑んだ不二が立っていた。
「あ・・・・えっと、あはは、何でもない」
手を振りながら笑うと
「?」
と、いう感じで首を傾げられた。
それでも菊丸がなんでもない、と言い続けると、くすっと笑った。
「早いね、英二。まだ来ていないかと思ってたよ」
少し意外というような口ぶりだ。
いつもは待たせることの多いのは英二の方だったから。
「だって俺、すごく楽しみにしてたんだから」
そう、約束した日からずっと・・・・
「じゃあ、そろそろ上に上がろうか、良い場所がなくなっちゃうし」
行こう・・・っと英二を促すように先に歩き出した不二の後をついていきながら・・・・・英二はその後ろ姿を見つめた。

濃い紺地にこれまた細かな紺色の縦線が濃淡をつけている浴衣・・・・・中学生とは思えない大人っぽい姿に目を奪われる・・・・・着慣れているのか勿論着こなしも申し分ない。そう・・・・綺麗な姿だった。
すれ違う人たち・・・特に女性だが、はっと不二を見て足を止めている。
その光景が何となく自慢気で・・・・でも何処か悔しくて・・・・英二は複雑な気分になった。
浴衣を着てこよう!っと言ったのは自分だけど・・・・・でも不二には普通の服装で・・・って言えば良かったかも・・・・と思ったりもした。

「英二?」
階段を上りきって、振り向いた不二に声をかけられる。まだ段の途中で佇んでいた英二は上を見上げた。
「どうしたの? 早く上がっておいで」
いつものように微笑んでいる不二に、出来ることならこのまま駆け上がって抱きついて・・・・そして彼は俺のだ!と大声で言いそうになる・・・・・そんなことは出来ないし・・・・それに不二は誰のものでもないんだけど。
「なんでもにゃいよー」
へらっと笑って、2段飛びで駆け上がる。その様子に不二が笑った。
「ほいっ」
というかけ声と共に一番上にたどり着いた英二の手を不二が握る。思いがけないことだった。
「浴衣・・・・すごく似合ってるよ」
「え?」
「さ、行こうか」
言われた言葉に戸惑う英二の手を引っ張りながら不二は人混みの中を進み、英二もまた引っ張られるままに不二の後を追った・・・。







どーんっ! どーんっ!
大きな音が鳴り響く。
「うひゃ」
思わず耳を塞いでしまう英二を笑いながら不二は空を見上げる。
2人は少し雑踏から離れた平たい石の上に座っていた。ひんやりした感触が気持ちよかった。



幾つも重なり合うようにひらく夜の花を不二は見つめる。
そして隣で無邪気に喜ぶ英二を見て・・・・・・小さく溜息をついた。
友達だと・・・・クラスメートだと自分のことを信頼しきっている彼に抱いている自分の中の欲望。
見慣れない浴衣姿にふともたげた想い。
今夜もきっと英二以上に楽しみにいていたのは自分。きっと英二は知らないだろうけど・・・。

でも・・・・それはけして外に出してはいけないもの。
出せば全てが壊れてしまう・・・・きっと・・・・・。
美しく咲いては散っていく花のようだと・・・・・・楽しい時間を過ごしながらも、その考えに囚われてしまう。
後ろ向きの考えが花火をぼんやりと見つめさせた。

全てのこともこんなものかも知れない・・・・そう思う。
いくら鮮やかに開いても、それは永遠じゃなくて・・・・いつの間にか消えてしまう陽炎のようで。
次から次へと開く花に自分を重ねたりしてしまう・・・・。
そんなことは無意味なことだと分かっているのに。




「・・・・不二?」
花火が上がり歓声が沸くたびに
「すごいね」
とか
「ほら英二、見て」
とか言っていた不二が黙り込んだことに気付いた英二が横を見た。
光に照らし出される顔が少し悲しそうに見えるのは気のせいだろうか・・・・・・。

そう言えば・・・・と英二は考える。
時々・・・・時々だけど・・・・そしてそれを見ることは本当に少ないのだけど・・・・
不二はこんな表情をすることがある。
そのことに気付いているのはそんなに多くないと英二は思っている。
だっていつも不二は笑っているから・・・・。
いつもはにこやかで優しくて頼りがいがあって、面倒見が良くて・・・・部でも何かあったら・・・・とよく相談事を持ち込まれているようで。
実際、末っ子で手がかかる・・・・とよく言われる自分の世話を焼いてくれている・・・・・同じクラスになってからずっと。そんな不二は強くて、穏やかで・・・・英二の憧れだった。


「不二?」
「え?・・・・・・あ、ごめん。何?」
じっと不二の顔を見つめた・・・・・でもそれはさっきまでの不二ではなくて、もういつもの彼がそこにいた。
優しく微笑む不二がいる。
「・・・・どうかした?」
「なんでもないよ、ごめん」
そう言うとまた空を見上げた・・・・英二も見上げた。
何となく・・・何となくいつもと違う空気が此処にあった。
あんな表情をするのに・・・・それを見せない、見せてくれないことがちょっと悔しい。
不二の1番近くにいるのは自分なのに・・・・・と。

英二はそっと不二の手に自分の手を重ねる。途端、はっと不二が英二を見た。
「英二・・・・?」
「そんな顏・・・・しちゃイヤだ」
「英二」
「不二にはいつも笑っていて欲しい」
「英二、何言ってるの?」
「もし・・・・どうしてもしたいんなら、俺の前だけにしてよ」
「・・・・・・英二」
言った途端、さっと目を背けた英二は、足元の草を睨み付けている。
・・・・・・重ねられた手がぎゅっと力を込められて握られた。
・・・・・英二・・・・・・

どーーーーんっ!
ひときわ大きな花火が2人を照らす。
・・・・そして闇がまた訪れた


「・・・・・・じゃあ、そうする」
「え?」
不二の言葉に英二は俯いていた顔を上げる。
そこにはしっかりと英二を見つめる不二がいた。
「英二にだけ見せるようにする」
「不二・・・・」
かーっと顔に熱が集中するのを感じた。
今・・・・・自分は何と言ったのだろう・・・・・ついいつもと違う空間でとんでもないことを口走ってしまったかもしれない。
「あ、あの不二?」
「・・・・・約束するよ」
「あ・・・・・」
にっこり笑う不二が、でもいつもよりもずっとやわらかな笑顔の不二がそこにいた。


「・・・・・・・うん」
僅かの沈黙の後、こくりと頷く英二は真っ赤だった。
その間も咲き続ける花火に何度も2人は照らし出される。
「英二・・・」
そっと呼びかけると少しだけ身を寄せてきた。不二も動いて肩が触れ合うほどに近づく。
まだ手は握られたままだった。




信じて良いのかも知れない・・・・。
まだこの想いがどういうものか、自分でも分からないけれど・・・・。


思わずくちばしってしまった言葉・・・・
でもあんな表情の不二を見ていたくなくて・・・・笑って欲しくて・・・・


互いの思いを夜空に咲く花に重ねる。
2人は無言で空を見つめ続けた。



「英二・・・・」
最後の花火が消えた時、小さく不二が呟く。
「・・・・何?」
「・・・・こっちむいて」
「・・・・・・」
その言葉に身体が固まった・・・・・でも・・・・でもそれは自分も求めているもの。
少しだけ・・・・少しだけ向けた英二の顔をそっと不二が優しく包む。
「英二・・・・」
そう囁かれて・・・・・英二は目を閉じた。
重ねられたぬくもりが身体中に広がる・・・・・。


「好きだよ」
途中離された合間に言われ、そしてまた重ねられる。
英二は持っていた団扇を落とし、不二の背中へと腕を回した。



・・・・・・これからは俺だけだよ・・・・・・不二・・・・・・




特にキリ番設定をしていない此処のサイトですが・・・・
きりの良い番号を踏んで頂きました、ますみんさんに・・・・v
「夏祭りで不二菊」といただいたのですが、
妙に暗いような健全な中学生のようなものになってしまいました;;;
なんて白い不二でしょう(爆)
どうしたんだ・・・・・私;;


ますみんさまへ
白い不二様と可愛い菊ちゃんです
テーマは『純愛』でした(違)

いつも本当にありがとうございます
心より感謝を込めて・・・・

BY日生 舞
2003・8・29