ふう・・・
雪兎は何回目か分からない溜息をついた。
今日こそは!と気合いを入れて始めたチョコ作りも、段々とペースが落ちてくる。
ちょっと奮発して高価な板チョコを買ってきたのは13日。
けれどどうにも気が乗らなくて、それを眺めて過ごして数日。
今朝起きて考え直し台所に立ったもののやっぱり駄目で・・・。
板チョコを刻んでボールに入れて湯せんを始めた所でとうとう作業は止まってしまった。・・・もうやめちゃおうかなあ〜・・・
雪兎は桃矢の顔を思い浮かべながらまた溜息をついた。




「え?旅行?」
それは13日の晩に突然かかってきた電話で告げられた。
「ああ、今みんなで取り組んでいる研究のでどうしても見学しておきたい施設があって、急だったんだけど、昨日OKの返事が来たんだ。」
心なしか声が無愛想で・・・。
「いつまでなの?」
「んーせっかく出掛けるから、他の所も回ってきたいって考えてる。16日ぐらいになるんじゃないかな。」
「そう・・・。」
「急で悪かったな。」
「ん?ああ、いいよ、別に。勉強だし・・・気にしないで。」
「ああ。帰ったら連絡する。」
「うん。・・・気を付けてね。」
「じゃあ。」
いつもよりも短い電話、きっと気持ちがもう旅行の方に飛んでいるのかもしれない。
雪兎達の大学のゼミは3年から始まるが、桃矢のいる学部は1年から専門科目を収めなくてはならない。その分他の学部よりも専門性が高くなり、学部内の交流も密だ。
そのためか桃矢は勉学のため気の合う仲間達と時々はこうやって研究旅行のようなものに出掛けるときがある。
雪兎は受話器を置いてカレンダーを見た。
明日はバレンタインか・・・・
その日からずっと溜息をついている。




雪兎はチョコ作りもほったらかして居間に戻って寝ころんだ。
ぼんやり天井を見た。
・・・もう17日だもんね・・・
いい加減、機を逸している。
それに女の子じゃない自分からもらっても桃矢はどう思うんだろうと、考えてしまう。
去年はお互い受験で忙しくて、そんなどころではなかったし、まだ自分の気持ちがはっきりしなかった。
でも、この1年でその想いが形になって・・・今に至っている。
いわば、2人にとって初めてのバレンタインだった。
特に意識をしていたわけではないけれど、心の何処かに期待する自分がいたのかも知れない。チョコのやりとりなんてする気はなかった・・・でも目に入る雰囲気に乗せられたのか気付くと店の前に立っていて・・・。
それでも市販の物は何となく避けて、手作りを・・・とか思ってしまった。
普段余り口にすることのない想いを形にするのも悪くないかな・・・・とも考えた。
それが突然の桃矢の留守。
それで気が逸れてしまったような感じで。
それに・・・と雪兎は少しムッとする。
16日には帰るようなこと言っていたのに、何の連絡もなかった。もう17日だ!
仲間には女性もいるから14日にきっと沢山チョコもらって、もうそれで満足なのかもしれない。
やっぱり女性からのチョコの方が嬉しいだろうし・・・。
雪兎は寝返りついでに部屋の隅に置いてある紙袋を見る。14日桃矢の留守を知った大学の女の子達から預かったチョコが入っている。大きな紙袋にいっぱい詰まったそれは彼の人気の高さを示すようで、こんな時は見るのが辛い。
チョコに、そしてそれを贈った女の子達に嫉妬するようで馬鹿馬鹿しいとは思うけど、でも何か嫌だった。
・・・もう、いいや。全部は明日、そうしよう・・・
ぽかぽかと暖かい日射しの入る畳の上で雪兎はいつの間にか眠りに落ちていた。




「ん・・・」
唇に何か触れたような気がして意識が戻る。
ぼんやりと雪兎が目を開けると、そこには桃矢の顔があった。
「ん・・・・え?とーや?」
「おはよう、ゆき。いや、もうおそようか?」
口元に笑いを浮かべて見下ろしてくる顔を見返す。段々思考がはっきりしてきた。
「とーや!」
「おっと。」
ガバッと起きあがった雪兎に慌てて桃矢が身をひいた。
「な、何?今なんかした?」
「あ?ああ、あんまり可愛い顔して寝てるからな、ちょっとな。でも不用心だぞ、玄関の鍵開けっ放しだったじゃないか。」
と、桃矢は片手で口を押さえる雪兎を見ながらウィンクをした。
「とーやったら・・・いつ来たの?」
「さっき。ほんの10分前。呼んでも返事がないから上がってみたら、ゆきが寝てた。しばらくゆきの寝顔を見てたんだけど、飽きたからな、起こした。」
「そう・・・」
寝顔をじっくり見られていたことがすごく恥ずかしい、雪兎は何となく視線を逸らした。「でも僕は別に女の子じゃないから、不用心ってことは・・・」
「ゆき・・・男とか女とか関係ないだろう?泥棒には同じ家さ。」
「そ、そうだね・・・ごめん。」
無意識に女の子と自分を比べていた自分が少し恥ずかしくなった。
でも・・・・やっぱり連絡をくれなかったのは癪に障る。
「ま、わかりゃいいけど・・・ほらイチゴ、買ってきた!甘いらしいぜ。」
ガサガサと袋からイチゴを出す桃矢は雪兎が俯いたままなのに気付いた。
「ゆき・・・・どうした?」
「・・・いつ旅行から戻って来たの?」
「昨日の夜だ。」
「じゃあ、何故電話ぐらい・・・」
「したさ。」
何度も、と桃矢は答えた。
「それで・・・、あ、そうだ。」
と桃矢は突然電話機を置いてある所へ飛んでいく。
「もしかして、ここが・・・・あ、ほらやっぱり!」
「何?」
「モジュラーが外れてる。」
「え?」
「だからか・・・・」
桃矢はモジュラーをはめ込むと、
とーや?と後から覗き込む雪兎に向き直った。
「昨日、何回も電話したんだぜ。旅行先からと戻ってからも。でも全然繋がらなくて・・・家に荷物置いて出ようとも思ったんだけど、ちょうど父さんが熱出して、さくらが一人でてんてこ舞いしてたから、出られなかった。」
「おじさんが?大丈夫なの?」
雪兎は驚いて目を大きく見開いた。
「ああ、少し疲れ気味だったところに風邪が入ったらしい。夜中に医者に来てもらって看てもらったから、今はぐっすり眠っているよ。大丈夫だ。」
そう・・・と雪兎はひとまず胸をなで下ろした。

ホッとした様子の雪兎を見て桃矢がそっと手を伸ばす。あっという間にその腕の中に抱き込まれる形となって雪兎は慌てた。
「え?何、とーや!」
「・・・・ごめん。寂しい思いをさせて。」
「そんな・・・僕の方こそ何も知らなくて・・・・ごめんなさい。」
桃矢は雪兎の髪の毛をそっと撫でた。
「いや、おまえは悪くないから。せっかくのバレンタイン、ごめんな。」
「とーや・・・」
・・・気にしてくれてたんだ。
「なんかバツが悪くて・・・あの日電話でも謝れなかったし、出先でも結構時間がなくて大変だったから。」
とーや・・・?それであんなに無愛想で短い電話だったんだ・・・・そうかあ・・・・
それなのに自分一人で空回りしてたんだね、僕。とーやを信じなくて・・・ごめんね。
言葉には言わないけど。
「いいよ、もう。・・・とーや。」
雪兎はギュッと桃矢を抱きしめる。


「なあ、ゆき。」
お茶を入れる用意を始めた雪兎に後から声がかかる。
「チョコ、あるんだろう?」
「え?」
「それもらっていいか?」
「何で知ってるの?それにまだ・・・」
「知ってるも何も、これだけ家中甘い匂いになっていたら気付くだろ?」
言われてみて雪兎は初めて意識した。ずっとこの中にいたからまったく分からなかった。
それに寝ている間にきっと桃矢は台所のほっぽり出したままのチョコも見たに違いない。
雪兎は今更ながら顔が赤くなった。
「イチゴに付けて食べるとおいしいぞ、きっと。」
ほらっとパックの綺麗な大粒のイチゴを見せて桃矢が笑った。
雪兎はお茶を持って桃矢の側にいく。
「とーや・・・・そうだね。食べてくれる?」
僕からのチョコだよ、と小さく耳打ちをする。それから例の紙袋も指さして預かっていることも伝えた。
「ゆきのがあればいいよ。というより・・・・おまえがいれば何もいらないけどな。」
「とーや・・・」
ありがとう・・・・目を瞑ってそっと唇を寄せた。


チョコレートよりも、もっと甘いキスを・・・・。
2人だけのバレンタイン。

2002・2・18
M・Hinase

★ええ、バレンタインネタです。それもタイトルが予定と変わりました。
本当に楽しみにして下さっていた方には申し訳ないほど遅れました。
ごめんなさい・・・・連載も止まっていて、悠長にこんな事書いている
場合ではないのは十分承知ですがUPしました。
で、こんな展開に・・・・キャラのせいにしてるよ、私(>_<)。
でも、思わず長く書けてちょっと嬉しかったりする私もいるのだ。