| 「季節の中で」 谷を渡ってくる風が心地よい。 雪兎は両手を思いっきり上に伸ばし、背伸びをした。 長時間車に揺られていたせいか身体の節々が伸ばして欲しいと言っているようだ。 「気持ちがいいね、とーや!」 雪兎は車から降りて傍らにやってきた桃矢を見上げた。 「景色のいい所だな。」 二人は山間の小さな町にやってきていた。 国道を走っている時から道路の下の方に見える町。 山と山にはさまれた狭い盆地にたくさんの茶色い瓦が並んでいる。 国道から町へと降りるこの道は片方を山、 そしてもう片方をうっそうと生えた木々が取り囲み、 昼間でも薄暗く感じる。 途中木々が途切れ下の町が垣間見える場所へとやってきた。 二人は車を停め町を見下ろす。 「随分降りてきたように思うけど・・・・まだこんなに見晴らしのいい場所なんだね。」 「ああ、道路からかなり下に町があるんだな。」 「人はどれくらい住んでいるんだろう・・・。」 「さあ・・・」桃矢も見当がつかない。 「6000人余りですよ。」 不意に後から声をかけられる。 その声の方向に振り向くとカメラの三脚を持った初老の男性が立っていた。 「あ、こんにちは。」 突然の事に驚きながらも雪兎は挨拶をした。 「こんにちは、何処から来たんだね?」 「東京からです。」今度は桃矢が答える。 「それは遠い所から・・・・小さい町ですが博物館や美術館もあります、楽しんでいってくださいね。」 男性はそういうと手に持っていた三脚をガードレール、ギリギリに設置する。 そしてバックからカメラを取り出すと三脚に取り付けだした。 「町を撮るんですか?」 男性の動作を興味深そうに見ていた雪兎がたずねる。 「いや、町もいいですが、今日は他の物を撮るんですよ。」 「他の物?」 「ええ、SLが走るんですよ、もうすぐ。」 男性は腕時計を見て、あと30分か・・・・と言った。 「SL?SLってあの機関車の?」 顔を見合わせた二人は同時に聞き返す。 「ええ、この時期、週末土日に走るんですよ。」 「そうなんですか。」 カメラのレンズの先に目をやると町の真ん中を線路が走っている。 かなり距離があるため迫力のある写真を取るためには望遠が必要なんだろう。 「もうここでSLを撮り続けてどれくらい経ちますか・・・・ 春の風景を走るSL、 夏の暑さのなか走るSL、 そして秋の実りの中を走るSL ・・・・冬は観光のオフシーズンなのでお正月しか走りませんが、 それぞれの季節で違った表情が、いいもんなんです。」 ゆっくりと語る男性の話を聞いていると実際には見たことがないのに 桃矢と雪兎は折々の季節の中を走るSLの姿を見たような気がした。 「僕、SLって本物を見たことがないよ。」 「俺もだ。」 「なら是非見てやってください、SLも喜びます。」 にっこり微笑んだ男性は、下に降りていけば間近に見られるポイントがありますよ・・・ と教えてくれた。 桃矢と雪兎はお礼をいい車に戻って教えてもらったポイントへと急ぐ。 田んぼのあぜ道をしばらく歩くとすぐ目の前が線路という所までやってきた。 あと5分・・・線路から程良い距離の所で二人はSLを待っていた。 観光で走っているとはいえ本物のSLだ、妙にうきうきしている自分に何となくおかしくなってくる。 雪兎ははやる心を抑えながら桃矢の隣で辺りを見回す。 町のはずれのせいか人影はない。 足元の田んぼでは穂を付けた稲が頭をたれている。 なんか全身で秋を感じているようで嬉しかった。 ぽーっ!短い汽笛が聞こえてくる。 と同時に車輪がまわる音がだんだんと大きくなってきた。 山間から煙が先に見える。そして・・・・黒い塊が顔を出す。 間近で聞く音は思ったよりも大きく力強い。 すごいっ!初めて見る本物に二人はただただ魅入ってしまった。 6,7両の客車を引いてSLは町中へと走る。 この町で3時間ほど停車してそしてまた来た道を戻るのだという。 列車の中から手を振る子供に手を振り返す。 SLはもう一度、ぽーっと汽笛を鳴らすと町中へと消えていった・・・。 「・・・・すごかったね。」 興奮さめやらぬ状態で雪兎はふーっと息を吐いた。 「でかかったな・・・・」 SLで無くてもあんなに間近で汽車を見ることがなかった桃矢もまだ心ここにあらずのようだ。 雪兎は深呼吸をした、空気がやっぱりおいしい。 「とーや、おなかすいた! 何か食べに行こう!」 桃矢の腕を引っ張る。 「あ? ああ、そうだな。何か名物のもの食べよう!」 駆けだした雪兎の後を追う。 初っ端から素敵なことに出会えた喜びに この連休が楽しいものになりそうな予感でいっぱいになりながら・・・・。 爽やかな風が黄金の田んぼの上を駆け抜けた。 二人の秋は始まったばかりだ。 |
2001・9・4了
M・Hinase
| ★これはリハビリのつもりで書きつづったもの。 なんとも言えない内容ですが・・・・; でも一気に書けました。当時私はこういうところに住んでおりましたね・・・。 |