「Scene」
・・・・まだ時間があるね・・・・ 雪兎は腕時計で確認する、4時を少し過ぎたところ、約束の時間まで1時間あまりある。 こんな時に限ってバイトが早く終わってしまう。 中途半端な空き時間をどうしよう・・・そう思ったとき、ちょうどコンビニの前を通りかかった。 今日はさくらと桃矢が腕をふるってご馳走を作るから、と夕食に招待されていた。 今回はさくらが作るようで、桃矢は補助しかしないようだが。 普段から週に3日、多いときはそれ以上も木之本家で食事をする事が多い雪兎にとって、あらためて招待されるというのも変な感じだ。 「その日は記念日ですから!」 ちょうど1週間前の夕食時に笑顔で言ったさくらの顔を思い浮かべながら雪兎は首を傾げた。 「何の?」 そう聞き返した雪兎に、内緒です、と言われて、次に桃矢を見たら 「ま、そういうことだ。」 と、簡単に片づけられて・・・藤隆はにこにこと笑っているだけだし。 そこで、その話題は終わってしまい結局は今日この日まで分からないまま。 何度か桃矢に聞いてはみたが、 「来れば分かるよ。」 とか言われて。 記念日・・・・って言ってたんだよね・・・何の記念日だろう・・・ あれから色々考えてみたけれど思いつかない。 まあ、後何時間もすれば分かるのだからいいのだが。 目的がある訳でもなく、雪兎はぱらぱらと手にした雑誌をめくる。 ちょうど開いたページにバイクが載っていた。 ・・・あ、とーやが乗っているのと同じタイプだ・・・ それだけなのに、ちょっと嬉しく感じる。 今度またこれで少し遠出をしようと言っていたことを思い出す。 と、その時突然背後から声をかけられた。 「月城? 月城じゃん。」 「え? ああ、唯野くん。」 振り返った雪兎はコンビニの制服姿で立っている同級生の姿を見た。 「バイト?」 「ああ、もう終わり。月城ってここら辺?」 「ちょっと方向が違うかな、今日はバイトがあったから。」 そうかあ、と言いながら少し考え事をしている唯野は友人が多い。 人懐こい性格が重宝がられているようだ。 「なあ、ちょっと時間ある?」 「なに?」 「今日さ、合コンあるんだよね〜行かない?」 「これから桃矢のとこ行くから、ダメだよ。」 「木之本のとこ?」 「うん。」 「でもさあ、メンバー足りないんだよね・・・どうにかならない?」 「無理だって。」 雪兎は苦笑する。あいつは結構押しが強いからな・・・と言っていた桃矢の言葉が浮かんだ。 「おいっ、唯野。あがったんなら何処か余所で話せ。」 交代で入ったバイトに注意され唯野は体の向きを変える。 「は〜い。な、まだ時間あるだろう? ちょっとそこら辺でお茶でもしようぜ。待ってろよ。」 言いたいことだけ言って、奥へと戻っていく唯野の背中を見ながら雪兎は溜息をつく。 すこし迷ったが時間があるのは確かだ、30分ぐらいなら構わないだろう。 雪兎は雑誌を棚に戻した。 「それでさあ〜やっぱりダメ?」 「しつこいって・・・」 珈琲を口にしながら唯野を見る。 「だってさあ、月城来ると絶対相手が喜ぶって! 予想外の大物登場ってさ!」 盛り上がるんだけどなあ〜と背もたれに体を預ける。 「僕が行ってもつまんないよ、唯野くんがいれば大丈夫だよ、きっと。」 場を盛り上げることに関しては高校時代から長けていた。 「月城がいれば、それでOKなんだけどなあ。どうしてもダメ?」 「どうしてもダメ。」 雪兎はにっこりと微笑み返す。 「ああ、ラッキーとか思ったんだけど・・・・どうしよう〜」 そう言いながら唯野はテーブルに突っ伏す。 物腰が柔らかいけど、そう簡単に物事に流れされない雪兎のことは唯野も充分承知だ。 「・・・・・でもさあ、お前達仲良いよな〜ホント。」 突っ伏したまま顔だけ雪兎の方に向けて言う。 唯野は雪兎が転校してきてからのクラスメートだ、特別に・・・ということはないが仲は良い方かもしれない。 「木之本ってつき合いが悪いっていうことはないけどさ、誰かとつるむってなかったもんな。よっぽどウマが合うんだな。」 そうだろうな・・・と雪兎も思う。自分は本当に自然にその傍にいたのだけど・・・。 「羨ましいぐらいだってみんな言ってたぜ。」 「そう?」 「ああ、なんてたって学校の人気を2分するような2人が組んでるなんてさ・・・・。大学入って学部が変わってもちっとも変わらないみたいだし・・・・いいよなあ〜そういうの憧れるな。」 いつの間にか自分と桃矢の話になっているのが可笑しくて雪兎は笑った。 人気があるとか、そんなこと特に意識している訳ではないし、ただ今は桃矢と同じ時間が過ごせることだけが楽しい。 それだけだ。 「・・・・・で、さあ、やっぱダメ? 行こうよ!」 コンパのことも忘れてはなかったらしい・・・・、その言葉に雪兎はまた笑った。 コンコン。 窓際に座る自分たちの横でガラスを叩く音がした。 「あ、木之本!」 ヘルメット片手に少しムッとしたような表情をした桃矢が立っている。 雪兎が軽く手を挙げると、首を軽く振り少し先で止めているバイクを指す。 どうやら迎えに来てくれたらしい。 「じゃあ、僕行くね。」 伝票を取ろうとした雪兎に唯野が手を振る。 「いいよ、ここは。俺が誘ったんだし・・・・木之元に言ってもダメだろうなあ〜。」 諦めきれない様子に雪兎は 「頑張って!・・・・じゃあ、ご馳走様。」 と席を立つ。途中で振り返ると唯野がごそごそと携帯を取りだしていて、その様子にまた笑って店を後にした。 「早かったね。」 桃矢の差し出すヘルメットを受け取る。 「さくらのやつが気合い入ってるからな、予定よりもどんどん早く出来たもんで手が空いたし。ゆきこそバイトが早かったんだな。」 どうやらバイト先まで迎えに行ったようだ。 「うん、今日は早めに終わっちゃって。時間合わせに・・・って寄ったら唯野くんがバイトしているコンビニで。」 それであそこにいたのか、と問われ、頷く。 合コンに誘われたと雪兎が言ったら、桃矢が少し眉を寄せたのが分かった。 それでも、どうした?と聞かないのが桃矢らしい。 「少しだけ・・・・遠回りして帰るか。」 バイクにまたがった桃矢が言う。 「え?」 「まだ早いし、ここのところこいつも動かしてなかったしな。」 ・・・・ゆきとも出かけてないし・・・・そんなセリフに聞こえるのは自分の勝手だろうか。 少しだけ、嬉しくなる。・・・小さな事だけど。 「ゆき?」 ヘルメットを持ったまま少し照れくさそうに笑う雪兎を桃矢が見る。 「うん、行くよ。でも・・・いいのかな、時間。」 「6時半には戻るって言ってあるからな、まだ余裕だろう。」 後ろに乗り、桃矢の腰に手を回す。 ずっと見てきた桃矢の背中・・・・最近は自転車に2人乗りすることは少なくなったな、と雪兎は思う。 通学も自転車を使っていないし、朝同じ時間に行くとは限らないし・・・・。 「とーや。」 エンジンをかけた桃矢に雪兎は声をかけた。 「なんだ?」 「・・・今度さ、自転車で出掛けない?」 あの頃のように、ゆっくりと風を全身で感じて、桃矢の背中を見ていたい。 それはいつまでたっても変わらない想い。 「・・・ああ、そうだな。久しぶりに、それも良いかもな。」 動き出したバイクの揺れに身体を任せる。 今、桃矢も同じ想いを感じてくれればいいな・・・・と雪兎は目を瞑る。 月城雪兎として始まった人生の出発点だ。 これからだってずっと・・・・・。 雪兎は腰に廻していた腕を少しだけ強める。 背中を通して桃矢が答えてくれた様な気がして、雪兎は幸せを感じていた。 大切な、大切な宝物。 ★ーーー★ 「え? そうなの?」 豪華な料理が並んだ食卓を前に雪兎は目を丸くする。 「はい! 今日は雪兎さんが初めてこの家に来てくれた日なんです!」 「そんなの祝うか・・・普通。」 パクパクと料理を口に運びながら桃矢が答える。 「お兄ちゃん!」 うーっと唸りながら桃矢を睨みつけるさくらをよそに桃矢は涼しい顔で食事を続ける。 「まあまあ桃矢君、さくらさんは嬉しかったんですよね。」 その声にぱあっと、さくらの顔が綻ぶ。 「そう、そうなの、お父さん。もうっ、お兄ちゃんたら無神経!」 「へいへい、悪うございましたね。」 「もうっ!」 いつものように繰り広げられる口げんかを見つめる雪兎に藤隆が微笑んだ。 「頑張ったんですよ、さくらさん。もう何日も前からメニューを考えて。遠慮しないで食べてくださいね。」 「・・・はい。」 心の中に広がるものがある。 「さくらちゃん、本当にありがとう。美味しくいただくね。」 もっと本当は色々言ってあげればいいのに、上手く言葉が見つからない。 「はい、食べてください!」 雪兎の言葉ににっこりさくらが微笑む。 ・・・本当になんてあたたかい所なんだろう・・・ 優しいシャワーを浴びているような気持ちだ。 「これ、塩味強くないか。」 「え? 嘘!」 桃矢の言葉に慌ててさくらがそれを摘む。 「嘘。」 さくらが口に頬張ったのを見て桃矢が答える。 「うーっ、お兄ちゃん!」 賑やかな食卓、大好きな人たち、本当に自分はなんて素敵な宝物を持っているのだろう。 誰にも渡せないもの。 「ありがとう・・・・・」 雪兎はもう一度、そっと呟いた。 こんな幸せな時が、どうかどうか続いて行きますように・・・・ そう願いながら。 |
2002・6・25
M・Hinase
| ★雪兎さんが原作で桃矢君の自転車の後ろに乗っていたシーンが好きです。(2人乗りは良くないけど、それはまあ置いといて・・・;) アニメでは別々に乗っていたんですけどね。でもああいう感じで雪兎さんは桃矢君の背中が好きかな・・・とか、端から見たこの2人というのも・・・とか、雪兎のさんの幸せは桃矢君とだけのことではないよな・・・とか・・・・す、すみません、入れ込みすぎました; でもまあ、そんなとこです。(書き逃げ!) |