「時」

『すまない。明日の夕方からしか会えない・・・・』
13日の朝にかかってきた電話。
「うん、分かった。」
短く答えた雪兎に桃矢が悪そうに答える。
「ごめん・・・。」
気にしないで・・・・、となぐさめて受話器を置いた。
雪兎は目の前のカレンダーを見る。
高校時代に騒がしかったあの日々を思い出した。





登校するなり待ちかまえていた女生徒に取り囲まれて、何が何だか分からないうちに持たされて・・・・という事から始まったバレンタイン。
教室に辿り着くまでにあちらこちらから出てきた人影に驚きながらも、その一つ1つに笑顔で応えて・・・・正直、教室に入る頃にはぐったりしていた。
でも、ここでもまた同じ事、入れ替わり立ち替わり・・・・とやってくる。
段々、何に御礼を言っているのか分からなくなってくる。
始業を知らせるベルが救いになるなんて・・・・本当に奇妙なイベントだ。
授業が始まってようやく一息つく。
ふと、桃矢を見ると、あちらも同じらしく呆れたように肩をすくめて合図をするのがおかしくて。
すでに桃矢の足元に紙袋が1つ出来ているのも・・・・。
そしてそれは他人事ではないことも・・・。

休み時間は他のクラスの子が顔を出す。
『なんでお前達ばっかり・・・』
と、どんどん増えていくチョコの量に同級生が少しばかり拗ねてみたり。
それでも・・・・ただ楽しく過ごしていた時だった。
別にチョコの数なんてどうでも良いけれど、でも何となく学校全体がそわそわして・・・・・。
あれはあれで幸せだったんだろうな・・・・と。






大学に上がって同じような事は繰り返されるけど
年を重ねていく分、その意味合いは重くなっていくようで・・・。
半分泣きながら渡された物にはどう答えて良いか分からなくなって・・・・。
だってその頃にはもう自分の中の想いに気づいていたから。
『ごめんね』
そう言い続けて・・・・。
だんだん何に対して謝っているのか分からなくなって。

そして・・・・切ない気持ちも覚えた。
何かの歌にあった・・・・
恋を知らなければ、悲しむ事もなかったって。
だからって桃矢を大切に思うこの身持ちは変わらないけれど・・・・・。
時々少しだけ恋を知らなかったら・・・・と思う事もある。
気づかなかったら、自分はどんな風になっていたのだろう。





頭を振る。
明日は会えるのだから、いいじゃないか。
そう、自分を励ます。
テーブルの上には用意した物・・・・・小さな物。
日ごとに大きくなるこの想いを詰めた物。


「さて・・・」
気持ちを切り替えるように台所に向かう。
作りかけのチョコも仕上げないと。
少しだけ苦みのある大人のチョコに。


バレンタインの前夜、
少しだけ切ない気持ちになりながら
でも幸せな明日の為に・・・。
沢山の想いを込めて。



2003・2・10
M・Hinase