| 【4.それぞれの想い】 「じゃあ、桃矢はその食事会には出なかったんだ?」 「ああ、興味もないしな。」 出会って2日目。 午前の練習を終えた桃矢はまたこの館を訪れた。 もしかしたら今日は辿り着けないかも知れない、会えないかも・・・そんな小さな不安があったが、何の苦労もなくこの庭に入ることが出来た。 気のせいか昨日よりも距離が短い感じもした。 庭に入った途端、奥から駆けてくるゆきの姿にほっと息をついた桃矢だった。 目の前に置かれたカップに手を伸ばしながら、桃矢の答えにふーん、と言ったままのゆきに首を傾げる。 「・・・・なんだ?」 「あ、ううん何にも。」 「そうか?」 「うん・・・・ただ、多くの人と話をするのって楽しいかな・・・って思ったから。」 桃矢は自分のカップに紅茶を入れるゆきを見つめる。 「・・・・まあ、賑やかではあるけどな。でも楽しいかどうかは人数じゃないと思うぞ。」 「え?」 「現に俺はこうやってゆきと過ごしていることが楽しい。」 その言葉にゆきは目を見開く、そしてけらけらと笑い出した。 「桃矢ったら!」 「な、なんだ? 本当のことだぞ!」 赤くなりながら話す桃矢の顔を微笑んで、 「ごめん、ごめん。だって真面目な顔で言うから・・・・」 と言い、言葉を繋げる。 「・・・・そう思ってくれて嬉しいな・・・・。」 ゆきは目を伏せる。何よりも嬉しい言葉・・・・。 「本当のことだ。」 「うん・・・・・ありがとう。」 ふたりは同時にカップに口を付ける。庭の百合が今日も風に優しく揺れていた。 「ゆき。」 しばらく学校のこととかを話した後、庭を散策しながら桃矢が口を開いた。言わなければんらないこと・・・。 「・・・・俺、明日の昼前に、ここを発つんだ。」 足元に咲きかけの百合を見つけしゃがみ込んだゆきは、その言葉に動作を止めた。 「・・・・そう、なんだ・・・。」 「明日で合宿終わるんだ・・・。」 ゆきには顔を上げなくても桃矢がどんな表情をしているのか分かる気がした。花に触った指が冷たくなっていく。 桃矢はこの地に住んでる訳ではない・・・・そんなことは最初から分かっていたのに、初めて語り合えた嬉しさに、つい忘れていた。 会ったばかりなのに、そんな気がしない程にうち解けて、もうずっと前から知っていたようなそんな感覚に包まれていた。 そしてこれからもこれが続くかのように・・・。 だから終わりが来るなんて、考えもしなかった。いや、考えたくなかったのかも知れない。 「ゆき」 花を見つめ黙り込んでしまったゆきに桃矢は声をかけた。 「・・・・・」 「ゆき?」 「え?・・・・あ、ああごめん。」 ようやくゆきは顔を上げる。 「そっか・・・・さびしくなるね。」 今日一日しかない時間・・・それまで後何回この目を見つめることが出来るのだろう。 自分を見下ろしてくる桃矢を見つめ返す。 「ゆき・・・・・一緒に住んでいる人ってどんな人だ?」 「え?」 意外なセリフに目を丸くする。 「一緒に・・・って。」 「ゆき一人で住んでいるんじゃないだろう? 家族・・・なのか? それとも誰か・・・」 言いにくそうに言葉を選ぶ桃矢に、ゆきは微笑んだ。きっとずっと聞きたかったことに違いない。昨日会ってから今まで沢山の事を話しけれど、そのほとんどは桃矢のことだ。桃矢の家族のこと、学校のこと、友達のこと、そしてサッカーのこと。 でも自分が話したことと言えば、庭のこと・・・・ただそれだけ。 今まで庭の外に出たことがないし、特に他に話す事もなかったから自分では何も気にはしていなかったのだけど・・・・・。 「うん、もう一人・・・・いる。家族・・・・みたいなのかな、とても優しい穏やかな人だよ。」 「そうか。・・・・・なあ、会えないか、その人に。」 ゆきの顔をから微笑みが消える。 「会って、どうするの?」 「・・・・・」 「桃矢・・・・」 ゆきはゆっくり立ち上がった。 「尋ねるの? 僕のこと。」 「ゆき。」 「何もわからないから?・・・・・どうしてここにいるとか、本当の僕の名前とか・・・」 「・・・・・」 「桃矢、僕は君に秘密にしていることなんてないよ。嘘をついている事も。」 「そんなこと、俺は思っていない! ただ・・・」 「聞いて、桃矢!」 ゆきの声が庭に響く。初めて出す大きな声だったのかも知れない。 「・・・・・・今まで何も疑問に思わなかったんだ、ここで過ごすことも庭から外に出たことがなかったことも。でも・・・・でもね、桃矢が僕を見てくれて、話が出来て・・・・桃矢のいる世界、この庭の外にある世界を知ったんだ。今ね・・・・正直、僕自身混乱している。知らなくてはいけないこと、知りたいこと・・・・色んな事が渦巻いていて。でも・・・・・それを知るのは自分が一番でありたい。例え桃矢でも・・・・・。」 「ゆき。」 「・・・・上手く言えないけど、大丈夫のような気がしてる。きっと・・・会える。」 「・・・・・」 「僕は君に会うためにここにいたような気がしてるから。」 ゆきは笑った。 桃矢の手がゆきの頬に触れる。 「ごめん・・・・・泣かないでくれ。」 「え?」 その言葉で初めて自分が涙を流していることにゆきは気づいた。 「あ、あれ?! おかしいね、僕・・・・。」 慌てて手の甲で目を拭う。 「ゆき!」 桃矢がたまらずにゆきの身体を引きよせ、強く抱きしめた。細いその身体はすっぽりと桃矢の腕の中に包まれてしまう。 「桃矢・・・・」 「会えるよな、必ずまた・・・俺会いに来るから!」 拭いた涙がまた零れ出す。 「うん絶対・・・・・会えるよ。僕も会いに行く!」 もう他に何も言えない。 何時?とか何処?とか・・・・そんなものではない、ただ会いたい! それだけの想い、たった一つの願い。 「ゆき・・・・」 桃矢の小さな呟きにゆきは顔を上げる。 いつの間にか周囲は夕陽に染まっていた。 見上げた桃矢の顔が辛そうで、悲しそうで、そして・・・・愛しい。 「ん・・・・・」 少しだけ震えるそのぬくもりを受け止めるため、桃矢は顔を近づけていった。 夕闇の中いつまでも離れようとしない姿を彼は見つめていた。 「今夜・・・・ですね。」 分かっていたことなのに、とうに割り切っていたことなのに、こんなにもまだ心が騒ぐ。 「あと少しです。」 彼は窓から部屋へと目を向ける。見慣れた風景・・・・愛用していた小物・・・・数々の何よりも愛おしいもの達。 自分のすべき事は今夜で終わるのだ。 彼は再び窓から見える庭、森、山を見た。 長く愛した風景をその目に焼つけるように・・・・・いつまでも、いつまでも。 |