花幻影
| むせかえるような香りの中で 僕はあの人と出会いました・・・・。 驚いたように、でも真っ直ぐに見つめてくる瞳から 逃げることは出来ませんでした。 その瞬間から僕は僕でなくなり・・・そして僕になったのです。 そう・・・・あの時から。 【1.出会い】 「おーい、木之本、何処に行くんだよ!」 後ろからかけられた声に桃矢は振り向いた。 「散歩。」 そう言うとまた歩き出す。 「散歩って・・・・おいっ待てよ! おまえがいなきゃ始まらないじゃないか!」 「なんでです?」 「なんでって・・・F女の女の子達は半分以上おまえ目当なんだぞ。だからおまえがいなかったら、がっかりするし・・・とにかく困るよ。」 先輩の情けない様子に桃矢は溜息をつく。 「俺は最初っから嫌だって言ったはずです。 それを無視して勝手に食事会なんて決めたんでしょ。俺は知りませんよ。」 「木之本〜!」 「格好いい先輩達がいっぱいいるからいいじゃないですか。じゃ、そういうことで!」 言うことだけ言うと、桃矢はさっと手を挙げて早足で歩き出した。その背中にまだ何か叫んでいる先輩の声が聞こえたが、そんなことは知ったことではないと無視をした。 大体、部の合宿に来ているのに何でこんな所でわざわざ彼女を作る必要があるのか・・・桃矢はまったく興味がなかった。どうせ、あと3日ぐらいしか此処にいないのに、地元の女子校と知り合いになったところでどうするというのだろう。 少なくとも部の練習を切り上げてまでやる必要のないものだと桃矢は思った。 しばらくぼんやりと歩いていくと、強い香りがただよう場所へ出た。 塀のように取り囲む背より高い木々の向こうからの香り。 ・・・この香りはなんだ・・・ まるで惹かれるように歩く。ぐるっと木で囲まれたその土地はかなり広いようで木々もなかなか切れていない。 ・・・・入り口ってあるんだろうか・・・ 桃矢は少し離れて上を見上げると、ようやく建物屋根らしき物が僅かに見える。 中の土地もかなり広いようだ。 それ以上下がることは他の木に遮られ出来ず、また桃矢は囲いになっている木々の側を歩くことにした。 たいしたことでないはずだ、この香りだって何かの花の香りに違いないのだ。 その正体を見たところでどうするのか、桃矢自身も分からない。見たいのかさえも・・・。 桃矢は何度、もうやめて引き返そうかと思ったか・・・・でもその度に、もしかしたらもうすぐこの木々達が道を開けてくれるかも知れない・・・・そんな希望を持ってしまう。 もう少しだけ・・・もう少しだけ・・・ ただ、ただ、今はその香りに惹かれるだけだった。 何か説明の付かない胸のざわめきに落ち着かなくなる、この香りの導く先に行かなくては、と何かが心の中でざわめいていた。 それは突然だった。 ふと視界が開けたように木々の並びが終わり、門が現れた。 しゃれた洋風の鉄の門はけして重厚な感じではではないが、はっきりとその中の世界と外の世界を分けるように閉ざされている。 ・・・誰かの別荘?・・・ それにしては広いような気がした。 それにもうこの地へきて3日経つが、こんな大きな別荘があるなんて話題にも上らなかった。そう離れてはいない場所なのに。 桃矢は軽く門に触る すると、微かな音を立ててすっと開いた。 鍵は閉まっていなかったのか、あまりにも自然に開いたその様子に桃矢は息をのんだ。間違いなく例の香りはこの中からだ、それは間違いない。 遠くには洋館らしき建物も見える。 いくら香りに惹かれたとはいえ、勝手によその家に入るということに少し抵抗はある。 どうしたものかと桃矢はその場に佇み、そこから見える庭の様子を伺った。 けしてお金をかけた庭ではない、けれどどことなく品のある風情に少しだけ息をつく。説明の出来ないような懐かしさに包まれる気もする。 桃矢は少しだけ足を踏み入れた。 とてつもなく広い庭が続いている。 誰もいない。 とても静かだった。 相変わらずただよい続ける香りも胸のざわめきも止まない。 ・・・どうする・・・・入るか、それとも・・・・ ややこしいことになったら・・・という思いは消せない。 でもこんなにも何かに呼ばれる思いは初めてだった。 ・・・ええい、もう自棄だ! 桃矢は大きく深呼吸をする。 迷いはあるものの、此処で引き返してもきっとずっと気になるに違いない。 それならば、今ここですっきりさせてしまった方がましだ。 もし見つかって咎められても、謝れば済むことだろう。 桃矢はそう思うと、思い切り門を開けて庭の中に入っていった。 庭を歩き続ける。 まったく人に会わない。 やはり誰かの別荘で、今は使っていないのか・・・・。 それでも荒れ果てた感じはない庭を眺めながら、桃矢は庭を歩き続けた。 香りに誘われるように・・・・。 カサッと葉が擦れるような音がして、桃矢は振り向く。 そこには手に百合の花を持った一人の青年が立っていた。 「えっ」 人がいることに驚いた桃矢は言葉を探して慌てる。 青年は黙って、じっと桃矢を見つめていた。 「あ、あの・・・」 とにかく無断で入った事を謝らなければならない。 「あの・・・・勝手に入って、その・・・」 桃矢の言葉聞いた途端、青年の目は大きく見開かれる。 「あ、とにかく・・・すみません。」 ぺこりと頭を下げる。 ・・・・・・返事がない。 しばらくそのままにしていたが、桃矢はゆっくりと頭を上げた。 その青年はまだ驚いた表情をしている。 「あの・・・・」 桃矢は声をかけた。逆にかなり驚かせてしまったのかも知れない。 「あなたは・・・」 その青年の口が動いた。 「あなたは・・・・僕が見えるんですか?」 「えっ?」 「・・・・見えるんですか?」 「・・・・・。」 青年が何を言っているのか桃矢には分からない。 「見えるんですね!」 青年は手にした百合をぎゅっと胸に引き寄せる。 10本以上はあるだろう花束の中に顔を埋めた。 「あ、あの・・・」 桃矢は何がなんだか分からないまま、その様子を見つめる。 ・・・・そして、再び上げた青年の顔は、はじけるような幸せに包まれた笑顔だった。 「あなたには見えるんですね!」 再度問われ、桃矢は無言で頷く。 「嬉しい!」 そう言って微笑んだ青年の顔に桃矢何も言えなかった。 |