名前を呼んで





眞魔国、血盟城の昼下がり未来の魔王陛下ユーリはお昼寝中だ。
見回りもかねて回廊をゆっくり歩いていると高い笑い声が聞こえてきた。
あまり関わりたくない声の主ではあるが聞こえてくる場所が場所だから大丈夫だろうとそっと近づく。


「グウェンダル、随分とくだらないことで悩んでいるのですね。ユーリ様に名前を呼んで欲しいなどと。」
「くだらないだと。それはお前がちゃんと名前を呼んで貰っているからそう思うんだ。」
まだ4才のユーリは俺たち兄弟とギュンターの名前をちゃんと呼べなかった。
それぞれグー、コン、プー、モーと呼ばれている。
俺も含めて皆ユーリが可愛くてそれに甘んじていた。
しかし、母上と高笑いの声の主、アニシナのことはきちんと呼んでいる。
幼いながらも二人の怖さを分かっているんだろう。
だけどグウェンダルがアニシナに相談するほどユーリに名前を呼ばれたがっているとは思わなかったな。
そう言えばヴォルフラムもお昼寝前のユーリに何とか名前を呼んで貰おうとしていたな。


「いいかユーリ、僕の名前はヴォルフラムだ。ヴォ、ル、フ、ラ、ム。さあ言ってみろ。」
「ぶ、ぶお、ぶお、ぶ、ぶ・・・・・・」
だんだん声が小さくなり俯いてしまったユーリの顔をヴォルフラムが慌てて覗き込む。
「あ、こら泣くな。泣かなくていい。プーでいい。プーでいいからもう泣くな。」
「ほんと?」
まだ目に涙を浮かべながらそう訊ねるユーリの頭をヴォルフラムは優しく撫でた。
「ああ、本当だ。」
「ぷー大好き。」
そう言って抱きつかれたヴォルフラムはなんとも複雑な顔をしていた。
その心中俺も察するよヴォルフラム。


「ダメだ、それは絶対にダメだ。」
グウェンダルの大きな声に現実に引き戻される。
「なぜです。この私の発明した魔動学習枕『寝る間に学ぶくん』にあなたの名前を吹き込んでユーリ様に使って頂けば目覚めた時にはバッチリ名前を呼んでくれますよ。」
それを聞いて俺は地球に行った時に言葉を覚えるために使われたものを思い出した。
おそらくあれと同じような原理なのだろう。
あの時の寝覚めの悪さを思い出して俺は軽く身震いした。
あんな思いをユーリにさせるわけにはいかない。
しかもアニシナの発明品となれば安全性も疑わしいことこの上ない。
「ダメだと言っているだろう。そんな危険な物をユーリに使わせるわけにはいかん。」
俺はグウェンダルの言葉に思わず頷いていた。
「では危険かどうかまずあなたが試してみればいいではないですか。」
「・・・・・」
どうやら話が怪しい方向に行きそうだ。
巻き添えを食わないうちにこの場を離れた方がよさそうだ。


そろそろ目を覚ます頃かもしれないとユーリの寝室に行ってみると誰かの声が聞こえた。
そっとドアを開けて覗くとギュンターが枕元に跪いてなにやらブツブツ呟いていた。
聞き耳を立てると「ギュンター、ギュンター、ギュンター・・・・・」と自分の名前をひたらすら繰り返している。
どうやらアニシナの魔動枕と同じことを自力でやっているらしい。
俺は呆れて扉を軽くノックして部屋に入るとギュンターに言った。
「名前を呼んで欲しい気持ちは分かるけどユーリの安眠を妨げるのは感心しないな。」
「コンラート。」
「そんなに焦らなくてももう少し成長すればちゃんと呼んでくれるようになるよ。」
「いーえ、あなたはまだ名前の一部で呼ばれているからそんなことを言っていられるのです。私なんか牛の鳴き声で呼ばれてるんですよ。この悲しみは誰にも分かるはずがありません。」
「ギュンターもう少し声を落とさないとユーリが起きてしまう。」
しかしこの忠告は少し手遅れだった。
ベッドの上のユーリがもぞもぞと動きぼんやりと目を開けた。
「ユーリ、目が覚めてしまいましたか?」
ユーリは何度か瞬きをした後ふんわりと笑った。
「こん、もー。」
途端にギュンターの顔がメロメロに緩んだ。
ギュンターのこの顔が俺たちの気持ちを象徴している。
どんな名でもユーリに呼びかけて貰えることがとても幸せなことなんだ。


目覚めたユーリを馬に乗せて城から少し離れた草原にやって来た。
「ユーリ、あなたが魔王になる頃にはここに野球場を作りますからね。国の事業というわけにはいかなから仲間達と少しずつですけど必ず作りますから。」
「やきゅうじょう!?」
ユーリの小さな目がキラキラしている。
父親の影響を受けてもうすっかり野球好きのようだ。
「そうだ、今バットを作ってるんですよ。うまくできるか分かりませんけどね。」
「ばっとー!ばっとー!」
そう言いながら傍に落ちていた枝を拾って嬉しそうに素振りをしているユーリを見てふと思いついた。
「ユーリ、俺のこと呼んでもらえますか?」
「こん?」
突然の俺の言葉に首をかしげながらもユーリは呼んでくれた。
「そう。じゃあ今度は俺の名前の後にバットって言ってみてください。」
「こん・・・ばっと。」
「もっと続けて言ってみてください。」
「こん、ばっと。」
ユーリは素直に俺の言葉を聞いてくれた。
「ありがとうございます。じゃあ今度はバットじゃなくてラッドって言って貰えますか?」
「・・・らっと?」
やはりまだ難しいだろうか?
「トじゃなくてドです。セカンド、サードのド。」
ついさっきギュンターを嗜めた言葉を思い出して自嘲する。
俺だって少しでも早く名前を呼んで欲しかったんだ。
「らっ・・・ど?」
たどたどしいながらも俺の望む言葉を綴ってくれたユーリを思わず抱き上げる。
「そう、そうです。上手ですね。じゃあ今度は俺を呼んだ後にラッドって言ってください。」
抱き上げられたのが嬉しかったのか褒められたのが嬉しかったのかユーリは満面の笑顔になった。
そしてまた俺の望みを叶えてくれようと一所懸命言葉を綴る。
「こん・・・らっど。」
「そう、もっと続けて。」
「こん、らっど。・・・こんらっど。」
愛しい人の声で初めて紡がれた自分の名前に喜びがこみ上げる。
「ユーリ、ユーリ、ありがとうございます。」
ぎゅっと抱きしめると苦しいのか腕の中で身じろぎした。
嬉しさのあまり少し力を入れすぎてしまったようだ。
「ああ、すみませんユーリ。あまりに嬉しかったので。もう一度言ってくれますか?」
ユーリは「なにを?」と言うようにちょっと首を傾げた後俺の顔見てにっこり笑った。
「こんらっど。」
「もう一度お願いします。」
「こんらっど、こんらっど。」
「そう、それが俺の名前です。今度からそう呼んでくれますか?」
腕の中の愛しい人はコクリと頷いてくれた。


「こんらっど、おなかすいた。かえろー。」
「そうですね、帰りましょう。」
俺は名前を呼んで貰える幸せを噛み締めながら三人をどう宥めようかと考えていた。
俺にあたられるのは一向に構わないが三人の争いが激しくなってユーリに害が及ぶのは避けなくては。
愛しい人がここにいる間心穏やかに過ごせるように。
それが俺の一番大事な使命だから。



おわり





こぼれ話


ユーリとコンラッドが帰ると血盟城にどんよりとした空気が流れた。
翌日は朝から目に見えぬ火花が飛び交って異様な緊張感を醸し出していた。
しかしそんな緊張感をよそにお城で働く者の間では悲喜こもごもが繰り広げられていた。
「あ〜あ、結局大本命のコンラート様に落ち着いちゃったのね。」
「呼びやすさから考えてもコンラート様以外考えられないじゃない。」
「俺もそう思ったんだけどな。大穴狙いでグウェンダル閣下にいっちゃったよ。」
「呼びやすさならギュンター閣下もいい勝負だけどあの方は壊れっぷりが災いしてるよな。」
「私は一番年齢が近いヴォルフラム様に賭けたけどやっぱり呼びづらかったのね。」
ユーリが来てから城で働く者たちの間で四人の中で誰が一番最初にちゃんと名前を呼んで貰えるかが賭けの対象になっていた。
主催者のメイドたち曰く「ユーリ様名前を呼んでトト」
昨日コンラートが名前を呼んで貰えたことで予想が当たった者たちに配当が支払われた。
大本命だっただけにそう多い配当ではなかったが懐が少し潤った。
そうなると味を占めてまた言い出す者がいる。
「コンラート閣下の次に名前を呼んで貰えるのは誰が賭けよう。」
前回外した者たちも今度こそとそれに乗る。
そしてグウェンダル、ヴォルフラム、ギュンターのいじらしく涙ぐましい努力を興味津々で見守るのだった。
何かと大変なお城勤め、日々の楽しみは必要である。



'05.7.17  グレペン




以前いただいた「呼び名」の続編になりますv
きゃああ、陛下!可愛すぎ!
どうしてくれよう!!と言うぐらい可愛いです!
で、既にアイドルです(笑)
そして・・・他の者を慰めたり、諭したりと牽制しながら
自分の名前を最初に呼ばせる次男! グッジョブです!(爆)
爽やかさに隠れた腹黒さが最高です、次男!(笑)
やっぱり次男はこうでないとね!(^o^)

グレペンさん、可愛くて萌える話ありがとうございます!
もう最高ですv
ああ・・・・陛下可愛い・・・・らぶv