『夕暮れに・・・』




 
桜花散る緋に染まる夜半の月遠い昔を手繰るゆびさき

 香藤に誘われて、花見に来ている。
夕暮れの少し手前、人影もまばらでここ数日の忙しさが嘘のように
ゆったりと時がながれてゆく。
東京よりも一足遅れの桜は、ここ数日の好天で見事に咲きそろったところだ。

「ほんと偶然見つけたんだよね、ここ。
ロケで来たときはもう葉桜だったんだけどね、散ったあとの花びらで
いっぱいだったからさ、きっと咲いてるときは凄いんだろうなって
思ってたんだけど・・・ほんと、見事だね」
隣りを歩く香藤の声は感嘆の響きに満ちている。
「そうだな」
昨日来たときには八分咲きだったのが、今日は満開だ。
「ちょっと休もうか」
香藤に言われて、桜の咲いている土手へと上がり腰を下ろした。
桜の枝が頭上に広がり、
薄紅の蕾や誇らしげに咲いている花々が降り注いでくるようだ。
植えられた桜は、道を挟んで反対側の角からも真っ直ぐ伸びている。
運動場の外周を取り囲む形だ。中で子供たちがサッカーをしているのが見える。
「ねえ岩城さん・・・桜ってさ、まさに日本人って感じだね」
香藤の言葉は、会話を求めるふうでもなかったので黙って聞いていた。
「・・・だってさ、一気に咲いてまた一気に散るじゃん。
今の時代の俺たちには無いけどさ、昔の人って言うかさ、サムライな感じするよね」
「そうだな、椿は花びらが散らずに花そのものが落ちるから武家では嫌ったし。
潔さという点では桜は見事に日本人の心を捕らえたんだろうな」
「椿って駄目なの?」
「ああ、首が落ちるみたいだろ?花そのものが落ちるから。
斬首を連想させるから忌み嫌われたんだよ」
「ザンシュ?」
「首を刎ねることだ」
「ああ・・・なるほどね。
椿は雪の中でも咲くから、好まれるのかと思ってた。強いし、鮮やかだしさ」
「ひとつ賢くなったか?」
笑い混じりで言うと、香藤が拗ねたように頬を膨らませた。
ちょんと指でつついてやる。
「ぶー」
「土手に上がって見てみるか?行くぞ」
並木は、土手の内側にある。土手の向こうには大きな川が流れているらしい。

「うっわ、すごいねえ。満開だよ、綿あめがたくさん並んでるみたい」
「ふふ、お前の喩えは食いものか?」
確かに桜は見事だった。
一列に並んだ桜は色みも様々で、輝くばかりに白いものもあれば、
ほんのりと桃色に染まっているものもある。
西日を受けるそれらは、見事としか言い様が無く。
ただただ静かに眺めるばかりだ。
「目線が変わるとまた違うね。遠くからの眺めも見事だよね」
俺は黙って頷いた。
右手には満開の桜並木、左手には滔々と流れる川。
目を上げると山並みが夕陽にその影を濃くしていた。
「ありがとう、香藤」
「うん」
「お前が誘ってくれなかったら、こんな時間は持てなかったからな」
「最近ずっと忙しかったしさ、俺も岩城さんとのんびりしたかったんだ。
でもさ、桜咲いててよかったよ。ちょっと賭けの気分だったんだよねー」
「・・・お前らしいな。でも此処は本当に静かでいいな」
桜並木ももうひとつ角を曲がると、花見用の雪洞が吊るされていて
遅い時間には夜桜見物をしながらの宴会で賑やかになるのだろう。
「岩城さん、見て」
振り返ると、香藤が少し離れたところの桜を指さしている。
土手の終わりのあたりにも桜が咲いているのを見つけたようだ。
「行ってみようか」
香藤はいきなり俺の手を取ると歩き出した。
「こら、やめろ、離せ」
「大丈夫だよ、誰も居ないし。あそこまでならいいでしょ?」
こんなところをマスコミにでも見つかったら、と思うが確かに周囲には誰も居ない。
そう考えて苦笑が洩れた。
それに俺も・・・。
香藤の手は温かで俺を安心させてくれる。
それでも、照れ臭くてうつむき加減で歩いた。
「ここも綺麗だねぇ、ほら川に向かって枝が迫り出してるよ。
古そうだよね、ここのは」
「並木のは植えられたものだろうしな、これは元からここにあるんだろう」
「咲き方もちょっと違うね、花が丸く固まって咲いてるよ」
「ああ・・・たくさんの白い鞠を付けてるみたいだな」
「なんか看板があるよ、古戦場だって」
そこには、桜の咲いている場所の対岸が薩長軍との戦いの場だったと書かれてあった。
「このあたりは幕府軍側の藩が治めていたあたりだからな」

―そのとき―
一陣の風が吹き抜けた。
風は桜の枝を大きく揺らし、花びらを散らせていった。
「岩城さん!」
ふいに大きな声で香藤に呼ばれ、繋いでいた手をぐいっと引かれて
逞しい腕の中に抱き込まれた。
「岩城さん、岩城さん、岩城さん・・・」
苦しいほどに抱きしめられて声が出せない。
どれくらいそうしていただろうか、気が付くとあたりはうっすらと夕闇に
包まれ始めていた。
「・・・香藤」
俺を抱きしめたままの香藤をそっと呼んでみる。
「・・・かと思った・・・岩城さん」
「どうした・・・香藤?」
香藤は恐々といった様子で腕をゆるめると、迷子のような顔で俺を見つめてくる。
「岩城さんが攫われちゃうって思った・・・さっきの風。
ふいに目の前が桜の花びらでいっぱいになって、岩城さんが見えなくなったんだ。
だから繋いだ手を絶対に離しちゃいけないって思った」
そう言うと、香藤はもう一度俺をきつく抱きしめた。
「大丈夫だ、俺は何処にも行かないし、お前はその手を離さないんだろう。
違うのか?」
耳元で香藤の頭が振られる。
「離さないよ、絶対に離さない」
「・・・俺も離れない」
暫くすると香藤は腕をほどき、また俺と手を繋いだ。
俺繋いでもらった手を、香藤のジャケットのポケットに入れると
香藤がポケットのなかでぎゅっと握り締めてくれた。
極上の微笑み付きで。




         桜花散る緋に染まる夜半の月遠い昔を手繰るゆびさき





★きゃああ、ようこさんから70000hit記念に頂いてしまいました〜vvv
ありがとうございます〜m(_ _)m
桜に囚われそうな岩城さんを抱き閉める香籐くんがツボです〜
桜の持つ美しさと美しさ上の畏怖を感じさせるお話です・・・
本当に本当にありがとうございました!!!
大切にしますv