Too Much  (恋しくて)



 『二度と、離さない………愛してる!』



香藤演じる主人公が、ヒロインの肩を抱き寄せ唇をそっと重ねてゆく。

抱き合う二人、徐々に深まるキス………



 プッ ─────────



TVのスイッチをオフして、俺はテーブルの上にリモコンを戻す。

カタン、と、無機質な音がリビングに響いた。



はぁぁ……… 



今夜帰宅してから、何度目かになるだろうため息。

香藤のいないリビング。

もう、エアコン暖房もいらなくなった季節だというのに、今夜は少し冷える。

もし今、あいつがここにいてくれたとしたら、

このリビングの温度も、もっと暖かく感じられるのだろうか。

何も映らなくなった暗い画面を見つめながら、俺はふとそんなことを考えた。



しかし───

最近のメディアに踊る“演技派若手俳優 香藤洋二”

ん………俺をこんな気持ちにさせるくらいだ。

そんなコピーも、あながち大袈裟な話でもないってことか。

苦笑いに口元を歪めながら、今度はそんな風に感じた自分に少し呆れていた。



いつもの俺なら、こんなドラマを観たからといって、

別段気にとめることもなく、互いの仕事なんだからと割り切ってしまえている。

第一、香藤の演技レベルが上がり、役者としてそんな評価をされる────

それは香藤自身のみならず、俺にとっても何より嬉しいことだから。



だが、今夜はいくらドラマの中の役どころとはいえ、

他人の肩を抱く香藤の姿など、ハッキリいって俺は見たくなかった。



その理由は………解っている。

ここのところ、まるで両事務所で示し合わせたんじゃないか?と、

思わず疑いたくなってしまった程、互いのスケジュールに微妙なズレがあった。

仕様がないことだと割り切ってはいたものの、これだけ微妙に、

何度もずれまくられると、さすがに俺も苛ついていた。

こういう状況が続くと、いつも怒りまくる香藤は勿論、言うに及ばずだった。

一週間余り、一度もお互いの顔を見ていない。

そのすれ違いの有様を上げ出したら、余計にため息が止まらなくなるのだが。





………一昨日はこんなことがあった。

当日になって急なスケジュール変更があり、夕方から入っていた、

TV局での打ち合わせとインタビューの予定が昼過ぎに繰り上がった。

え?………と、ふと自分の記憶にひっかかりを覚えた俺は、

手帳を確認してみた。

そこには、まさにその時間帯、香藤がそのTV局でドラマの収録。

と、香藤の字で記されていた。



いつも自分のスケジュールが決まると、いそいそと俺の手帳に書き込みながら、

いついつ、どこどこ、一緒のTV局だよ!などと俺にチェックを入れるあいつ。

俺はいつも、ただ呆れ顔で香藤を無視してやるのだが。

ああいう香藤の嬉しそうな顔をふと思い出すと、つい口元が緩む。

香藤………………



あ、いや。

少しの時間でも、今日こそ香藤に会えるかもしれない。

そんな期待をしてしまった俺は、ちょっとしたイタズラ心から、

あいつを驚かしてやりたいと、それを香藤に知らせずに局へ向かったのだ。

だが蓋を開けてみれば、同じ局内に香藤がいることがわかっていながら、

時間が押しまくり連絡など一切取れずじまい。

気がつけば、次の打ち合わせ場所へと移動する清水さんの車の中で、

俺はいつのまにか眠ってしまっていた。

わずかな時間の逢瀬すらかなわないまま一日は終わり、

結局俺は、深夜を過ぎて、自宅ではないホテルのベッドの上に

疲れきった体を投げ出したのだった。

このことを香藤が知ったら……怒るだろうな………





そう───────

日増しに強くなるこの苛つきの原因が、この、香藤に会えないという現実から

来ていることは、もう、認めざるを得ない事実だった。

そのことに、俺はとっくに気付いている。

あんなTVを観ただけで、こんなに心乱されている俺。

もう、誰というよりも、自分自身に言い訳ができないのだ。

俺に向けられる香藤の情の深さ以上に、俺の、香藤へと募る

この気持ちの強さの方が、たぶん今は大きくなっているのだと思う。

そして、そんな俺自身を、今は素直に認められると思っていた。



香藤………お互い、こんなに忙しいスケジュールだというのに、

お前は暇を見つけて、しょっちゅう俺にメールを送りつけてくる。

お前のその気持ちは嬉しいし、口では邪険にしてしまう俺だが、

本当はすごくありがたいと思っている。

だがその内容が、その………最近は、その本文のほとんどが、



 >岩城さん、会いたいよォ〜〜!(ToT)



………バカ………………



俺だって会いたいんだ、おまえに……香藤。

会って、おまえのその熱い体温を肌で感じたいっ。

メールをあまり返さない俺。

………すまん。

携帯に不慣れな俺が、百面相しながらカタカタ打つの、

人に見られるのが何だか恥ずかしいんだ。

最近一人になれる時間が極端に少ないから、返信しようと思うと、

どうしてもそんな風に人目を気にしてしまうんだ。

お前はきっと人目もはばからず………

────やはり少し頭痛がするな。





しかし、そう願っていた俺たち、いや、この場合俺にか────

昨日、ちょっとしたハプニングがあった。

昨日の3時頃のことだった。

その日もご多分に漏れず、込み合ったスケジュールを何とかこなし、

俺を乗せた清水さんの車は、ある番組にゲスト出演をするべく、

入り時間ギリギリになって、ようやっとその局の駐車場前へと到着した。

思わぬ場所で、道路工事による渋滞に巻き込まれてしまったからだ。

そして清水さんの車が、まさに駐車場内に進入しようとしたその瞬間。

何気なく、ふと向けられた俺の視線の先に、小さく映った見慣れた車。

金子さんの車だった。



────っ……香藤っ?!



だが、その後部座席に座る、愛しい男の明るい後ろ髪を確認したと同時に、

金子さんの車はさらに小さくなり、建物の影へと見えなくなってしまった。



すぐに携帯をかければ良かったのに、俺はそうしなかった。

出来なかったのではなく、かけなかったのだ。

普段、お互いの仕事の性格上、電話をかけあうことにも気を使って

我慢している俺たち。

共に移動中だということがわかっていれば、せめて遠慮なく、

携帯電話という手段を使って話す事くらい出来たはずなのに。

実際、ここのところ、声さえろくに聞いていなかったのだから。



「岩城さん?あのぅ………どうかされたんですか?」



その時清水さんも、後部座席で大きく体を捩じらせて振り返った俺に気付き、

わざわざ尋ねてくれたというのに、だ。



「いえ、何でも………何でもありません」



俳優としてそこそこの成功を収めている俺は、普段通りの顔をして

毎日与えられた仕事をこなす。

けれど、心の中ではこんな、香藤への押さえ切れない思いが渦巻き、

精神の均衡がいっぱいいっぱいになってしまっている───などと。

いくら清水さんが俺たちの関係を最初から知る理解者で、

こんな業界の中、限られた数少ない信用できる人間なんだと解っていても、

男である限り、こんな情けない自分、晒したくはない。

第一、いつも自分の為に誠意を尽くして奔走してくれている清水さんに、

こんな俺を知られて、余計な心配などかけたくもなかった。

実際俺は、その場面でそう思ったのだ。



清水さんも金子さんも、ベテランの敏腕マネージャーだという以前に、

本来の人間性自体、本当に気配りの出来る優しい人柄なのだ。

俺たちは恵まれた環境にいる。

そういう意味では本当にラッキーだったのかもしれない。





────しかしそれが………

俺の変な意地がもたらした、浅はかな考えの結果だと気付いたのは、

昨夜、真夜中を随分過ぎてからのことだった。

眠れなかった。

体は疲れているはずなのに、自分のとった行動と本心のギャップに、

たまらなく苛立ちを感じて後悔の念にかられた。

そして気付いた。

俺のこのどうしようもないプライドが邪魔をして、

自分を常識ある大人?節度ある俳優?

またそんなくだらないものを正当化したんだという真実を。



俺はまた………………



香藤という、今や俺にとって唯一無二な存在を得て、

少しずつ、何度も生まれ変わった俺。

虚勢を捨てて、少しずつではあるが、自分の中での素直な自分を

認められるようになってきた─────そう思っていたのに。





今日は比較的ゆったりとしたスケジュールだった。

だが、不安定な心に寝不足も手伝ってか、気分は最低最悪だった。

香藤は昨日から明晩まで、地方ロケでこの家には戻らない。

そして、明日の昼過ぎから他番組の地方ロケの俺。

また、すれ違い。

俺が今夜家に戻っていることは、たぶん香藤も知っているはずだ。

電話くらいかけてよこすだろうか………



TVの音が消されて、シンと、何の音もしなくなった家の中。

俺はゆっくりとリビング内を見渡した。

窓を閉めている限り、時折ご近所の犬の鳴き声が聞こえてくるだけの、

閑静な住宅街。



────────────



ふいに、ブルッと寒気を覚えた。

ダメだ────────

思考が、マイナスへと傾いていくのを止められないっ。

かつて味わったことのある恐ろしい想像を俺はまた………

また、バカみたいになぞりそうになっている。

思い出しただけでもゾッとするというのに。



あの、インレポの撮影後。

香藤演じる公村の死を体験したその夜。

俺は眠れない夜を過ごし、情けないことに、

貫徹で帰宅した香藤の腕に縋って泣いたことがあった。

「あんな思いは、二度とごめんだっ!」と。

いい歳をして、あの腕に抱き寄せられてやっと、体の震えを止めた俺。

あの時と、同じ感情が呼び覚まされる。

思い出したくもないあの恐怖感。



嫌だ………………



心臓の鼓動が徐々に早鐘を打ち出す。

打ち消そうとして頭を振ってはみたものの、消えない。

苛つきが、完全に不安と恐怖感へとすり替わってしまっている。



どうしたっていうんだ、俺は。

いつのまにこんな………

教えてくれ、香藤。

俺は、疲れているだけなのか?

香藤───────



頭がガンガンしてきた。

俺はその場にじっとしていられなくなり、思わずソファから立ち上がった。



 カチャ ガチャ



───っ?! 



 カチッ バタン!



立ち上がった瞬間に耳に届いた音。



────ドクンッ!



俺は冗談抜きで、心臓が口から飛び出るかと思った。



えっ? 



 パタパタパタパタパタ………ガチャ

  

そして─────── 

 

「岩城さんっ!!!」



「?! 香藤っ」



リビングに飛び込んで来た男は、唖然とする俺の体に、

そのままダイビングよろしく、有無を言わせずに飛び付いてきた。

そのあまりの勢いを俺は受け止めきれず、二人してソファに倒れ込む。

香藤は性急に、俺の唇を貪るように奪った。

きつく抱きしめられて息も出来ない。

でも、もうそんなことはどうでも良かった。

酸素なんて、後でまとめて吸ってやる。

今ここに香藤がいる。

どんなことがあっても、香藤が俺の側にいてくれる限り、

俺は生きていけるのだから─────



お互いの舌を激しく絡め合わせながら貪り、狂おしく、かつてない程

きつく互いを抱きしめ合いながら、俺はそんなことを思った。

だが、そんな風に考え事ができたのは最初のほんの一瞬。

すぐに何も考えられなくなってしまう。



酸欠で頭が朦朧となってきた頃、ようやく俺の唇は解放されて、

せわしなく酸素を取り込む。



「ゴホッ、ゴホッゴホッ ハッ、ハッ、ハァッ 

 か、香藤〜〜〜っ! 俺を、俺を殺す……つもりか?!」



────ともかく、口ではしっかりと怒ってやらなければ。



「ご、ごめん!岩城さん〜〜〜!」



必死になって謝りまくる香藤の情けない顔を………オマケだ、

俺は咳き込みながらも、更にきつく睨みつけてやった。



しばらくして、やっと俺の呼吸が整ってくると………?

何を見ている?

香藤はそれ以降何も喋らず、そのままじっと俺を見つめている。

俺は不思議に思った。

そして、



「岩城………さん?」



困ったような声音と香藤の顔。



「ん? なんだ?」



香藤の妙な態度に、俺は初めて自分の状態に気付く。 

俺は──────? 



不思議なものだ。自覚した途端に、急に視界がぼやけた。

泣いていたつもりなどなかったのに。

香藤が俺の目から流れ落ちたものを、羽のように、そっとその唇に吸い取る。 

俺の瞳を、真っ直ぐに見つめてくる恐いくらいに真摯な表情の香藤。

この涙のわけを………求めているのか?

だが、俺はといえば、こんな時におかしいのだが、

俺の全身にかかる香藤の体の重みがここちいい、と、

そんな事を思っていた。

俺は変なのだろうか………



「………岩城さん?」



「………おまえが、あんな………………するからだ」



「へっ?」



途端、訳が解らない、といった表情を向ける香藤の首根っこを、

俺はグイッと自分に引き寄せた。

香藤の体臭が俺の鼻腔を掠めて、体のしんをジンッと痺れさせる。

さっきまでの不安定な自分が、まるでウソのようだと思った。

言葉にならない強い思いを、あらためて自覚する。

もう………本当に降参だ。

今度こそ、自分の気持ちを偽らず、もっと素直な自分になろう。

変な意地など、どぶに捨ててしまおうと思った。

自分を偽ってこんな苦しい思いをするなんて、二度とゴメンだ。

おまえのことが愛しくてしようがない俺を、もう、ごまかさない。

清水さんに笑われたって………かまわない。

おまえの素直さを、少し俺にも分けてくれるか?

香藤、また手を貸してくれるか?





「香藤………おかえり」



「うん!ただいま、岩城さん! 

 あ………と、ずっと会えなくて、淋しかったぁ!」



互いに極上の微笑を与え合う。

俺だけの─────香藤。



2004・4 すふらん



★とっても素敵な春抱きのお話をいただきましたv
岩城さんの想いが溢れ出ておりますvv
誰よりも強い想いを持っているのにそれを素直に出せない
岩城さんのジレンマがすごく伝わってきます〜
車で互いに通りすぎる場面、実際にありそうですよね!
「俺だけの香藤」というところがすごく好きです

本当にすふらんさん、ありがとうございます!