俺は今、二泊三日の撮影予定で地方ロケに来ている。 秋の特番のサスペンスドラマのクライマックスとなる撮影だ。 俺の役は、犯人の妻の昔の恋人という設定なのだが、 出番は少ないのに、事件解決へのキーパーソンの一人となる上、 このドラマの監督から求められる、一瞬一瞬の演技に独特の雰囲気を 求められるという、ある意味、最も難しい役どころだ。 ゴールデンタイムという時間枠を無視しても、 俳優としての実力が問われる、小作品ながら辛口のドラマになる。 それにしても、本当に俺は………… 思わずため息が漏れた。 すまない………香藤。 やはり、おまえが心配した通り、夕方になってかなり熱が出てきてしまった。 大事をとって、もっと早くに薬を飲んでいれば良かったのに……… 俺は、今朝早く出掛けの玄関口で、香藤とかわした会話を思い出す。 いつものように、いってらっしゃいのキスをしようと、何気なく俺の唇に 触れた香藤が、一瞬おかしな顔で俺の顔を見据えると、少し小首を かしげながら眉間に皺を寄せた。 「岩城さん? 熱! 熱あるじゃん! 夕べは何ともなかったのに… んあ〜〜っ、不覚っ!俺としたことが不覚だよ〜〜っ! 今の今まで気付かなかっただなんて…… 大丈夫? ───ていうか、今熱ある自覚、ある?…ど?」 そう言って香藤は、俺の前髪を持ち上げて自分のおでこをくっ付けてきた。 「ん?そうか? そう言われてみれば…… おまえのおでこが何となく冷たく感じる」 「ほら〜〜絶対にあるって!いつもは俺の方が体温高いもん」 俺の体のことなら、たぶん俺より何でも解ってしまうおまえ。 香藤にそう言われて、自分の体が少し熱っぽいことに初めて気付いた俺は、 苦笑しつつ少し反省だろうか。 「でも、これくらい大丈夫だ。心配するな。 あっても微熱くらいだろうから。 ──ん?今の清水さんだな? じゃ、香藤、行ってくるから」 「ほんとに?大丈夫?無理しちゃダメだよ?ね? 岩城さん、放っておくとすぐに無理しちゃうんだから〜〜 二泊三日だなんて、俺、心配でたまんないよ」 「わかったわかった。無理はしないよ。 そんな、あんまり子供扱いするな。 ……おまえも、気をつけてな?」 「……………うん…………行ってらっしゃい」 心配そうな顔でそう言いながらも、俺の体を放そうとしない香藤。 しようがない奴だな。 チュッと、その唇に行ってきますのキスを落としてやると、 香藤は渋々といった渋面で、やっと俺をその腕の中から解放した。 さっき清水さんから、おまえがどんなに電話口で慌てていたのかを 聞かされた。 バカ……… 携帯が圏外になっている。しょうがないな、こんな山奥じゃ。 つながらない携帯に、思いっきりイライラしまくっただろう 香藤の顔が目に浮かぶ。 具合の悪い俺の代わりに、旅館からおまえの携帯に、気を利かせて 連絡を入れてくれた清水さん。 いつもながら、俺たちの良き理解者の彼女。 本当にありがたいと思う。 実は撮影が夜の撮りに入った頃、休憩時間に急にグラッときてしまった。 その瞬間、変に躓いてはかえって危ないと思った俺は、 傍らにあった木に手をついてしゃがみ込んだ。 気を失ったとか、倒れ込んだとか、そういうわけでは決してない。 なのにそこを運悪く、たまたま通りかかった女性スタッフ二人に 目撃されて──── 監督を初めスタッフの皆さんから、また明日もありますからと、 俺には有無を言わせず、宿泊先の旅館に送り込まれてしまった。 人の揚げ足を取り、弱味につけこもうとする輩が多いこの業界にあって、 こんな生ぬるい俺に、嫌味のひと言もなかったどころか、 皆さんからとても暖かい言葉をかけられた。 こんな時に体調を崩すなんて、役者としての自己管理を問われても 実際仕方のない状況なのに。 申し訳なさと、ありがたさと……… 俺は心の中で頭を下げた。 香藤と出会い、二人の時間を共有するようになってから、俺の人生の 全てがうまくまわりだしたように思う。 そう、何度も思う。 ………香藤…………… こんな俺が、皆さんにはほんとに申し訳なく不謹慎なことだが、 今……おまえの声が聞きたい。 俺のこととなると、途端に冷静さを失う心配症のおまえ。 香藤も今、俺の声が聞きたいと思ってくれているだろうか。 薬がだいぶ効いてきたのか、眠気が徐々に増してきた。 眠ってしまう前に香藤の声が聞きたい。 少しでいいから。 最近俺は、ことおまえに関しては、堪え性がなくなってきているように感じる。 いい歳をした男が。 布団の中から這い出して、部屋の電話の受話器を手に取る。 ………やはり……やめようか……………… いや────── 俺は苦笑しつつ、結局外線、それに続いて香藤の携帯ではなく 自宅の方の番号を押した。 もう、香藤は帰っているだろうか。 トゥルル……トゥルル……プッ 「はい!もしもし?!」 うっ……耳が痛い。大きな声を出さないでくれ、と心で少し文句を。 「香藤……」 「岩城さん?!岩城さんなのっ?!」 「ああ、すまん。心配かけた」 「岩城さん〜〜〜〜〜っ!良かった〜〜! 俺もう、心配で心配で、どうしようかと思ってたところ。 何度も携帯にかけたんだよ? けどつながんなくてさ…… 今時ずっと圏外だなんて、すっごい山奥なんだね。 さっき清水さんから聞いたよ。 でさ…岩城さんの具合が悪いって聞かされて。 あ、ほら、今朝、熱あったでしょ。 やっぱあれ、風邪の初期症状ってやつだったんだよ。 俺の心配した通りだったでしょ? ──あ、ごめん、つい嬉しくってさ……まくしたてちゃったね。 岩城さん、今、大丈夫なの?熱は?」 「いや、あいにく熱はまだ下がってないけど、 たぶん、今夜眠れば大丈夫だと思うから」 「ああっ!もう、ダメじゃん!そんな─── ……でも、ありがと! 岩城さんの方から電話してくれて。 俺、すごい嬉しいよ。声聞けて」 「香藤………」 「あ、そういや、えと…ええ〜っと、ちゃんとご飯食べれた? 薬は体に合ったの飲んだ? 水分は多めに取らないとダメだよ? と…今何着てる?あったかくしてる? あっ、そうだ!それより部屋のロックはちゃんとかけた?」 次から次へと、よくこんなにも口が回るものだ。 でも、香藤のこの気持ちが嬉しい。 本当に俺のことを心配してくれているのが、この受話器を通して 伝わってくる。 おまえの声。大好きな、少しハスキーな香藤の声。 俺だけのもの。 熱のある体に染み込んで、余計に俺の体を熱くさせる。 愛しさで、胸の動悸が………汗ばんでいる俺。 「────て、ん?どした? 岩城さん?……大丈夫?」 「ん?ああ、大丈夫だ。 おまえがあんまりいっぺんに聞くから、何から答えたらいいのか わからなくなっただけだ」 「へ? ああ、ごめんごめん〜〜そうだね、アハハ。 こういうの、俺の悪い癖だよね。 ごめんね」 「ハハ… いいんだ……おまえの声聞いたら、何だか気が抜けて…… 安心したみたいだ」 「っ!岩城さん〜〜〜!(ま〜たこの人は…直球だよっ!嬉泣) お、俺、そっち行きたいよ〜〜っ! なんで瞬間移動できないんだろね!」 「バ、バカ!何言ってるんだ。 今おまえがここに瞬間移動してきたら──── 俺はごめんだ」 「ああっ?!何それ〜〜そんなこと言う?ひどいよぉ岩城さん」 「プッ、すまんすまん。 ………と……香藤……悪いけど、そろそろ休む。 おまえも戸締りちゃんとしろよ?」 「うん……………ありがと、岩城さん。 岩城さんもちゃんとあったかくして、ゆっくりと休んでね」 「ああ、おやすみ、香藤」 「おやすみ……愛してる、岩城さん………」 「…………ああ、俺も………」 チュッ、とフレンチキスをかわし合い、お互いに受話器を置いた。 いつものように、俺が先に。 香藤………俺だって、やっぱり受話器を先に置くのは嫌なんだぞ? 解ってるか? たぶん、俺はもう、おまえがいないと生きてはいけない。 今の自分が、香藤とこうなる以前の俺よりも弱くなったのか…… そう問われれば、そんなつもりはないと答える。 だが、そんな風にふと考えてしまうという事実は、やはりどこかで…… 常に、香藤に相応しい自分でありたい。 いつまでも、香藤が俺の存在を恥じぬよう。 俺は─────── いや、もう今夜はこれ以上考えるのはよそう。 耳に残った香藤の声が、消えてしまわないうちに眠りにつこう。 今夜はおまえの夢をみよう。 たれ目で可愛いおまえの夢を。 おやすみ、香藤…………… 2005・4 すふらん |
★またまた素敵なお話をいただいてしまいました!
読み終わって頭に浮かんだのは「熱」v
岩城さんの「熱」を感じられるお話です〜v
ふたりの会話がすごくらしくって・・・
読みながら”ああ、言いそう!”とか
”ドラマCDを聴いているかのよう”(声優さんの声で聞こえる!)
すごいなと思いました
岩城さんの控えめで でも誰よりも熱いものを見ましたv
もうとっても”萌え”させていただきました!!
すふらんさん 素敵なお話本当にありがとうございますv
大切に飾らせて貰います(*^_^*)