カチャ・・・カチャ・・・
スプーンが時折皿に当たる音だけが響く。
夜8時・・・・夕飯にしてはいつものことを考えれば早いほうだった。
岩城が2杯目かの水をコップに注ぎこんだ。
「あの・・・・」
上目遣いで見つめてくる香藤を無視して、岩城はカレーを口に運んだ。
途端、眉をひそめてしまう。
なるべく影響のないところを掬ったが、どうしても焦げ臭い香りはぬぐえない。
「あの・・・岩城さん・・・」
さっきより少しだけ、ほんの少しだけ声のトーンを上げて話しかけてくる香藤を見る。
「あ、あのね・・・・香ばしいカレーだよね〜た、たまにはこういうのもいいかなあ〜とか・・・・・あははは」
呼びかけたものの、何と言っていいのか分からないままに香藤は言葉を続け、それを聞いた岩城はますます表情を険しくしてしまった。
「・・・・・・・ごめんなさい」
どうしようもなくて・・・・謝った。
岩城がコップをまた手にした。
「・・・・・まったくおまえって奴は・・・・」
溜息混じりに言われる。
香藤は顔を上げられないままに、小さくなる。
「・・・・・だって・・・・・つい・・・・」
「つい・・・が多すぎるんだ、おまえは!」
「でもでも岩城さんだって!」
と、顔を上げると岩城と目があった。慌てて下を向く。
「俺が何だ」
「え・・・・その・・・・・だって岩城さんだってノッテたし・・・」
「・・・・・で?」
「え? ・・・・してもいいって言ったじゃん・・・・」
「1回だろ、俺がいいって言ったのは!」
岩城は香藤を睨み付けた。

事務所から意気消沈して戻ってきた香藤を慰めているうちに、つい流されてコンロの側でやってしまった・・・・・。それ自体はもうお互いの事なので、岩城もそれは・・・・・と思っている。
しかし火を止めなくては・・・・と言う岩城を離さずに、2回3回と訳が分からなくなるまで抱き続けた香藤のおかげで、出来上がった岩城のカレーは・・・・・見事に底が焦げてしまった。
気付いた時には香ばしい香りで部屋が包まれていて・・・・・・。
慌てて、他の容器に取り上げたが・・・・鍋の底にはしっかりと分厚い焦げの跡が残ってしまった。換気をしても尚残っている部屋の香ばしさだけが余計感じられた。


「・・・・・・ごめんなさい」
心の中では、あんなに可愛い岩城さん見て1回で止められるわけないじゃん!とか思ってもそれは口に出せない。これ以上何か言おうものなら本当に収集がつかなくなってしまう。
ここはぐっと我慢して謝ることにした。それが一番平穏な終わらせ方だ。
・・・・・それにどうせあの焦げた鍋を磨かせられるのだ・・・・そう思うと大きな溜息をつきたくなった。

「・・・・・ついだ分は食べろよ!」
香藤の心の声を知らない岩城は、がっくりと謝る香藤に少しほだされたようで、声のトーンが少し落ちてきた。
「うん・・・・」
それだけ言って香藤は再びスプーンを手に取った。


カチャ・・・カチャ・・・カチャ・・・・・またその音だけが響いた。


「岩城さん・・・」
ようやく皿をあけて、水を喉に流し込んだ時、香藤が口を開いた。
「なんだ?」
「・・・・・・今日はありがと」
「?」
「・・・・・岩城さんの言葉嬉しかった・・・・岩城さんが幸せだって言ってくれて嬉しかった」
「・・・・・・・」
・・・・確かに自分が口に出した台詞だが、あえてこんな風に繰り返されると言われると恥ずかしくなる。
「べ、別に本当の事だからな、何を今更・・・・・ほらっ、そんなことよりも早く片づけてしまえ」
嬉しそうに微笑む香藤を見て入れられなくて・・・・岩城は目をそらす。
その様子を見て、香藤はますます微笑んだ。
皿の残りを口に入れてしまうと・・・・ぐっと水を飲む。
冷たい感触が喉を通っていった。




夕食の後、案の定鍋磨きをさせられ、風呂に入り寝室へと香藤が上がっていったのは夜中の零時をまわっていた。
ドアを開けると上体を起こして本を読んでいた岩城が顔を上げた。
「あれ? まだ起きていたの? もう寝てるかと・・・」
濡れた髪をタオルで拭き取りながら香藤がベッドに近づくと、自分のベッドの方に来いと手招きされた。
「ほら、髪がまだ濡れてるじゃないか」
そう言うとベッドに座り込んだ香藤の髪をタオルで包むようにして拭いていく。
優しく挟むようにして水分をふき取るその動作がとっても気持ちよくて香藤は目を瞑った。
「・・・・・いい気持ち」
「そうか?」
「・・・・・もう怒ってない?」
「ああ。ちゃんと鍋も磨いてたようだしな」
「もう大変だったよ〜」
もうこりごりという風に香藤が呟く。
「これに懲りたら、あんな所で何回もさかるんじゃない」
「は〜い」
「ふう・・・・」
仕方がない奴だと言いたそうに岩城は息を吐く・・・・でも手は優しく香藤の髪を扱った。
そして香藤はその感触を追い続けた。



今日は珍しく岩城が香藤を抱き込んで眠った。
まるで母親が子供抱きしめるかのように・・・・。
それが香藤にとってはとっても嬉しかった。今夜ばかりは素直にその胸で眠りにつく・・・。

"・・・・おまえに求められて愛された役や映画はきっと幸せなものになるさ・・・・・・"
岩城のその言葉が心に染みわたった香藤だった・・・・。




焦げたカレーも甘いものになる・・・・・・!?
今夜の夕食はまた2人にとって思い出深いものになるかもしれない・・・・・。