溜息を数えて・・・

カタッ・・・かすかな音で意識が戻ってくる。


・・・・岩城さん・・・帰ってきたのかな?・・・・


音を立てないように上着を脱いでいる気配。
岩城さんのベッドに背を向けて寝ていた俺はそのままの姿勢で耳を澄ませた。

カサッ・・・・小さな音に見えない動作を思い浮かべる。

いつもなら・・・・寝ていたって、飛び起きて、お帰りなさいのキスでもするけど・・・・今日はそんな気にならない。
・・・だって、早く帰ってくるって言ったのに・・・・
俺は気づかれないように溜息をついた。



「明日は早く帰れると思う。」
そう言ったのは岩城さん。
仕事が早く終わるから一緒に食事でもしようと笑いながら言っていたのは昨日。
なかなか時間の合わない二人だから、その言葉が嬉しくて、俺は岩城さんの首に抱きついて目一杯喜んで・・・・・
・・・・なのに・・・馬鹿みたいじゃん、俺。
夕方早めに帰ってきて、料理本片手に頑張って岩城さんの好きそうなメニュー考えたのにさ・・・・用意を始めた頃に入った携帯のメール。

『今夜は遅くなる。すまない。』

・・・・その一言で終わり、すべて終わり。
何それ・・・・仕事?それとも・・・。
手にした鍋もそのままに一気に気力も萎えたからね。
折り返し携帯にかけても、もう電源切ったみたいだったし。
その後待っても待っても連絡はなし・・・とうとう零時を過ぎてしまって・・・俺はベッドに潜った。
いくら俺でもへこむよ・・・・。

「香籐・・・・」
寝たのか?・・・・囁くような声。
絶対、振り向かないからね!期待させただけ、酷いよ岩城さん。
今日のは仕事?
誰と一緒にいたの?
なんでちゃんと声を聞かせてくれなかったんだよ!

声に反応しない俺に岩城さんの溜息が聞こえた。
・・・そして夜は更けていった。



顔に当たる明るい日差しに目を開ける。
チュン、チュン・・・と遠くで鳴く鳥の声で朝が来たことを知った。
あれからも・・・・色々考えてなかなか寝付けなかった。
でも知らない間に寝ちゃったんだ。
そこまで考えて、はっと起きあがって隣のベッド見る。
そこに岩城さんの姿はなかった。



降りてきた俺の耳にフライパンを火にかける音。
・・・まさか・・・!
俺は急ぎ足でキッチンに繋がる部屋へと入っていった。


「岩城さん・・・・」
思わず声が出た。
岩城さんはそれに気づかずに、慣れない包丁を手にする。

俺よりも遅くに寝て・・・俺よりも早く起きて・・・何しているの?
誰のため?
料理なんてめったにしないのに。
疲れているのに・・・・何してんだよ!
・・・・・俺って、何拗ねてるんだよ・・・・・
そして・・・・岩城さんが溜息をついた。


湯の沸いた鍋を覗き込もうとした岩城さんの後ろから手を廻した。
「わっ、な、なんだ!か、香籐!?」
俺は岩城さんの方に顔を埋めて答えない。
だって何を言って良いのか分からないんだ。
「おい、離せって、危ないぞ!」
それでも俺は離れない。それどころかギュッと抱きしめる腕の力を強めた。
「・・・・・」
カチッ・・・岩城さんが火を止める。
そしてそっと俺に寄りかかった。
「・・・・・香藤。すまなかった・・・昨日遅くなって・・・・終わるはずだった撮影がカメラマンの都合で延びて・・・それで」
ぶんぶんと首を横に振る。
「もういい、いいよ!」
「香籐・・・・」
「いいんだ・・・ごめん。」
揺れていたのは、自分。こんなにも思い合っていることに慣れて、時々見えなくなる。
「謝るのは俺だろう?」
苦笑混じりに聞こえる声に顔を上げる。
少し困ったような顔に俺も少しだけ笑った。
「さ、食事にしよう。」
岩城さんが俺の腕をふりほどいて向き合い、髪をくしゃくしゃとした。
「岩城さん・・・・」
そっと俺が手を伸ばす。
触れあう唇・・・・昨日感じたくて仕方なくて・・・。

段々と深まる口づけに、岩城さんが俺のパジャマを握る。
「ば、馬鹿・・・朝からなんてキスするんだ。」
息をあげながら岩城さんが言う。
「朝食なんていい・・・・岩城さんを食べたい・・・」
「なっ、・・・うっ・・・ん」
再び絡めた舌に思いのすべてをぶつけるように・・・・。



これからもきっと溜息をたくさんつくと思う。
でもその数を少しでも減らせるように、
この愛しい人にさせないように・・・・・。




ちょっぴり辛い夜が明ければ、甘い甘い朝がくる。
いつまでもこんな風に過ごせるように、願いを込めて。



 日生 舞