『桜降る庭で』




「・・・まったく、あなたという人はどうしてこう・・・」

巽の呟きは最後まで続かなかった。
眠っているとばかり思っていた都筑の腕がしなやかに巽の首に回されたのだ。

「狸寝入りですか・・・どうしたんです?」

ぎゅっと抱きついている都筑の細い背中を巽はゆったりと抱き寄せた。

「・・・夢をみてたんだ」

顔を巽の胸につけたままぼそぼそと都筑が呟く。
ほんの少し肩が震えている。
穏やかそうな顔をしていたのに・・・!と巽は苦々しい思いで都筑の背中を優しくさすり始めた。

「夢の中ではあなたひとりだけだったんですか?」

「ううん、違う。俺だけじゃない、お前も居た」

「私が居るのに悲しいんですか、困りましたね」

それには答えず、都筑は子供がいやいやをするように頭を振った。

「どうしました・・・あなたが居て、私が居て、他にも誰か居たのですか」

うん、と頷くような仕草を見せた都筑が顔を上げて巽を見詰める。
その瞳が切なげに揺れているのを見た巽は、ここが桜の庭だということも忘れて都筑の眦に唇をよせた。

「綺麗な花畑に居るんだよ、俺達。
 一面に薄紫の都忘れが咲いているんだ。
 でも、俺は巽に近づけないんだ。
 手を伸ばせばのばすほど遠くになる。
 すーっと逃げるように遠くなるんだ。
 その代わりにあいつの、邑輝の影が近づいてくる。
 俺は動きたいのに動けなくて、巽を呼ぶのに声が出なくて。
 それでもやっと走って追いついて、巽は黙って俺を抱きしめてくれた。
 嬉しくて巽の顔を見ようと思って見上げたら・・・邑輝だった。
 やっぱり巽は俺のこと・・・って思ったら悲しくて寂しくて・・・」

「何言ってるんですか!私はここにこうして居るじゃありませんか。
 もう二度とあなたの側から離れたりしませんから。
 そんな余計な心配や不安に捕らわれることなどありません」

巽は力を込めて都筑を抱きしめた。
辛い夢を忘れさせたかった。
都忘れ・・・花言葉は「ひとときの憩い」・・・あまりにも象徴的だ。
時を経てもそのこころに深く沈む傷をいとも簡単に抉り出してしまう邑輝の存在が心底疎ましい。
腕の中の大切な人をどうしたら傷つけずに守れるのだろうか・・・

人の細胞は、日々生まれ変わっていると言う。
死神となったこの身が人と同じであるとは思わないが、どれほどの苦しみや悲しみを抱えてもなお
生まれたばかりのようにまっさらな心で全てを見てしまう都筑の性質は人のそれに似ていると思う。
愛おしく思いこそすれ、決して忌み嫌うような性質では無い。
それは都筑の周りに集う誰もが思うことだろう。
だからこそ、守りたい。
いつも笑顔で居て欲しい。


まずはその笑顔のために。

「都筑さん、あなた忘れてませんか、今日が何の日か」

「へ?」

巽の腕の中で落ち着きを取り戻した都筑がいつもの調子で答える。

「まったく・・・イブ、ですよ。クリスマスイブ」

「あっ!」

「本当に忘れてたんですか、珍しいこともあるものですね。
 それなら必要ありませんかね、ケーキもディナーも」

「ええっ! 巽、準備してくれてたのっ!」

「なに言ってるんですか、毎年騒ぐ癖して。
 今年だって今月に入ってからずっと煩く言ってたじゃありませんか」

「そ、そうなんだけど。巽、何だか興味なさそうだったし、忙しそうだったし。
 駄目なら我慢しようかなとか、密たちと遊ぼうかなとか思ってたし」

思い出させて良かった。
危うくこれまでの努力が無駄になるところだった・・・これだから都筑からは目が離せない。

「こんな桜だらけの場所じゃ雰囲気が盛り上がりませんからね、すぐに帰りますよ。
 ほら、泣いてないで顔を拭きなさい」

「なっ、泣いてなんてない!
 なに恥ずかしいこと言ってるんだよ」

「ふうん、そんなこと言っていいんですか、都筑さん。
 ケーキは無しにしますよ?」

「うえぇ、そんなの嫌だよ!
 おっ、俺も手伝う! クリームの味付けするから、任せろよ」

途端に巽の眉間にしわが寄る。
ここで許してはいけない・・・そんなことをさせたら・・・想像するだに恐ろしい。
都筑の味付けときたら、これこそ式神ですら失神するのではないかというほどなのだ。

尻尾をぶんぶんと振って嬉しそうな顔で巽を見上げてくる都筑をいかにして丸め込むか・・・
もとい・・・納得させるかが問題だ。

「味付けは今日は私がしましょう。都筑さんにはデコレーションをまかせますよ」

「えええーっ! そんなこと言って、いつも俺に味付けさせてくれないじゃないか」

「気のせいじゃないですか? それに都筑さんのデコレーションのセンスは誰も叶いませんからね。
 今日は特別な材料を揃えてますからね、ぜひお願いしたいんですよ」
 
「本当にそう思うのか?」

「当たり前でしょう。さあ、帰りましょう、冷えてきましたからね」

いまひとつ釈然としない顔の都筑を引っ張るようにして巽は帰路に着いた。



悲しいことも辛いことも苦しい想いもふたりでなら乗り越えられる。
傷つけあったこともあるけれど、少しずつ近づいた距離はまた一歩その歩みを進めてゆく。

桜の庭に降り注ぐ聖夜の満月は遠ざかるふたりの背中を見守っていた。

Happy Merry Christmas.



07.12.23 ようこ



※何時もお世話になっているようこさんが
最近、闇末に嵌られたと聞いたので・・・おねだりしてしまいました(^o^)
そしたら、なんとこんな素敵な作品が!
ありがとうございますvv
とっても素敵な巽都作品です〜感動です!
ようこさん、大切にしますねv