花火

「花火がしたい?」

8月の昼下がり、遅れに遅れた書類を手にして課長室へ入ってきた都筑は

あっけらかんに言った・・・・”花火がしたいんだけど、いいよね?”・・・・と

無邪気な笑顔と共に。

・・・・・・

「巽? 聞いてる?」

巽の最初の問いに思いっきり「うん!」と答えた後、

しばらく反応の無い巽に都筑は問い返した。

「ねえ、巽ったら!」

「・・・何処で?」

「え? あ〜出来れば巽の家で出来たらいいな〜と」

「・・・何故です?」

「亘理のところは色んな薬品置いているから引火が怖いだろ? 密は自宅は使いたくない!って言うしさ、俺の所は、ほら前に花火が飛んで火事を起こしかけたし」

・・・ああ、そう言えばそんなこともありましたね・・・と巽は少し遠い目をする。

火の粉が古いアパートに飛んで大変な騒ぎになった。

あの後管理人にえらく怒られたことを思い出す。


「な、いいだろう? 巽の家は縁側もあって、庭も広いし・・・日本の夏っていうのが揃っているんだよね!」

分かったような分からないような理由を話す都筑を呆れながら見た。

「それでうちですか」

そう答えながら、巽は手元の書類を見た。

これはいつの事件の物だろう・・・・日付がちゃんと記されていない・・・・しかし、紙の状態から見て今年の事件ではないだろうと思われる。

こんなものを何も悪びれることなく持ってきて、反省するどころか言い出したことは花火だ。

一体どう言い返してやろうかと顔を上げた時、都筑が言葉を繋げた。

「密に楽しんで欲しいんだ・・・・」

「・・・・黒崎くんに?」

巽は言おうと用意した言葉を飲みこんだ。

「この夏の暑さ、すごいだろ? すっかりまいっていてさ・・・でもそれでも意地はって頑張って・・・・俺もそれが分かっているから、少しでも・・・と思ったんだけど、やっぱり迷惑かけるし」

「そうでしょうね・・・」

巽の同意に都筑が”うっ”と息を呑んだ。

でも負けずに話を続ける。

「・・・で、何か俺したくってさ」

「それで花火ですか」

「うん・・・・何も出来ないけど、みんなでわいわい騒ぐのもいいかなとか」

”どうかな?”という目を向ける。

「・・・騒ぐ・・・ですか」

「ちょうど北海道組も帰ってるし、さっき話したら若葉ちゃん達も今夜は時間あるって!」

なんだかもうすっかり段取りが出来ているようだ。

ふうっと溜息をつきながら考える。

暑さにまいっているのなら、ゆっくり休ませてやれば・・・・と思わないでもないが

何かしたいという都筑の気持ちも分かる。

それに何よりも次から次へと入ってくる事件の後始末に一番心が疲れているのは実は・・・・という事を考えれば、都筑の気持ちを汲んでやりたい気もあった。

例えそれが自己満足の範疇であっても・・・。

「だから後は場所だけなんですね?」

「そうなんだよ、ね!お願い巽!いいよね?」

”面倒くさい”とか”片づけをちゃんとするのか”とか言いたい言葉はある。

でもやっぱり自分は彼の言わない言葉、そして見せない気持ちを探ってしまう。

彼が笑っていればいるほどに・・・・。



「・・・・いいですよ」

たっぷりと時間をかけて巽は返事をした。

「本当に?」

「ええ、大した物は出来ませんが少しつまめる物も用意しましょう」

つい、言わないでいいことまで付け加えてしまう。

「ありがとう!!巽!!」

「いえ別に・・・わっ!」

バンと机を乗り越えるように抱き付かれ、椅子ごと後へと倒れそうになる。

「都筑さん!あぶない!」

思わず声をあげてしまった。

でも・・・子供のようにはしゃいで、喜ぶ都筑を受け止めながら、巽はその身体に腕を回した。

処理中の書類が多少散らばったが、まあ後で良いだろう。

色々言いたいことがあるけれど、今は・・・今日は良いだろう。

少しだけ甘い顔をしよう・・・そう巽は思った。

久し振りの都筑の温もりをスーツ越しに感じながら巽は目を瞑る。



今夜は楽しい、そして騒がしい夜になりそうだ・・・・

たまにはそれもいいだろうと巽は自分を励ました。







残暑お見舞い申し上げます

2006・8・18 日生 舞